
高殿 円 著
KADOKAWA 出版
心の底ではわかっていながら、目を背けてきたことがそのままことばとして綴られている、わたしにはそう思えた作品でした。
世の中に持つ者と持たざる者がいることは歴然とした事実です。時代によって『腕力』を持つ者が有利になることもあれば、『金銭』や『地位』を持つ者が有利になることもありますが、持つ者と持たざる者に隔たりがあることに変わりはありません。本作では、『人間の幸福は、たいてはどの女の腹から生れ落ちるかで決まった』と表現されています。
本作の主人公、環璃 (ワリ) は、北原 (ほくげん) の月端 (げったん) の女王で、同じく王族出身の夫と 13 歳で結婚したあと 16 歳で子供を産み、底辺の人々が羨んだであろう暮らしをしていました。それがある日、月端を含むすべての国の頂点に立つ燦 (さん) という国の差し金により、夫を含む一族が根絶やしにされます。子とふたり生き残ったものの、子が人質となっているため、環璃は、燦に完全に支配された状態に陥ります。
本作では、その『支配』がテーマのひとつになっています。『かつて自分たちを苦しめた支配であることに、支配に回った者は気づきもすまい』と、支配を受けた痛みを忘れて支配する側に立つ者の愚かさが指摘される場面があったり、支配される者に『牙を剥く以外の選択肢を与えそれを自主的に選ばせることで、喜んでこちらに同化させること』が本当の支配だと語られる場面があったりします。
支配され苦しむ環璃が願うのは、確神 (ゲゲル) と呼ばれる確たる神とともに生き、子を取り戻すことです。確神とともにあれば、男を一瞬で灰燼 (はい) にする力を得られ、支配に屈することなく生きることができるのです。
しかし、環璃に訪れた転機は意外なものでした。旅の途中で知り合った女性を信じ、彼女に自らの国を与え、彼女の過去を知りたいと願い、心を預けたことをきっかけに思わぬ道を辿ることになります。
『やっと、わたしのものを分け与えることができた、と環璃は思った』という一文を読んだとき、状況が本当に変わるのは、結局、人を大切にし、人から大切にされたときなのだと、目を背けていたことを直視させられた気がしました。