
ソン・ボミ 著
橋本 智保 訳
書肆侃侃房 出版
『私の夫は三十六歳だが、新聞や雑誌を切り抜いてスクラップしている』という一文で始まるこの本を読むうち、スクラップブックがひとの人生を象徴するものに見えてきました。
ひとは、自身のことでさえ、すべてをわかっているとはいえず、まして自分以外のひとのことは、その一部を見ているに過ぎないことをあらためて思い知り、それがまるでスクラップブックのようだと感じたのです。
あるひとの人生を第三者が見たとき、そのひとのほんの一部だけを見て、スクラップするようなイメージです。各人の取捨選択は異なるため、同じひとの人生も、スクラップするひとによって違って見えるに違いありません。もしかしたら、自分自身を含め、見たい部分だけをスクラップブックにして、ひとの人生だと思いこんでいることもありえます。
ただ、この物語のスクラップブックは、主人公の人生における点のひとつが切り抜かれている点に意味があります。遠い世界のできごととして報じられた記事が、主人公の人生に点在する数々のできごとのひとつとして、ほかの記憶と線でつながれていきます。その過程の叙述には、なぜか惹かれます。
主人公が、ある小さな町で過ごした幼きころの記憶を辿り、父との再会を機にその記憶を違ったかたちで認識する過程を読みながら、なぜか自身の昔が呼び起されると同時に、自分の記憶の不確かさをあらためて感じました。