
佐藤 愛子 著
小学館 出版
「九十歳。何がめでたい」を読んで、違和感を覚えたものの、ほかの作品なら、また数十年前のように楽しめるのではないかと思って読みました。昔は、この作家はわたしの気持ちの代弁者だと思ったり、文章に溢れるユーモアのセンスに喝采したり、爽快な読後感を味わえましたが、そんな経験は、今回叶いませんでした。
印象に残ったのは、ふたつのことです。ひとつは、老いると、たとえ執筆を続けていても、わたしたち現役世代の感覚から離れてしまうのだろうということです。著者と同世代の読者にとっては、おもしろく読めるのかもしれませんが、わたしには何も響かなくなっていました。もうひとつは、この作家の世代、つまり戦争を経験したひとたちが何かを書き記すということがこの先なくなるということです。著者は、『戦争というものがいかに人間を愚かにするものか。それを批判しながら、抵抗出来ずに同調してしまうことのおかしさ、滑稽さ、弱さ、不思議さ、そして国家権力の強力さ、それをいいたい』と、書いています。そういった、経験からくる感覚、現代において『同調圧力』と呼ばれるもののルーツを知っているひとたちが書かなくなってしまって大丈夫なのだろうかと不安を覚えました。
時代が移りゆくように、ひとも去る者と新しく登場する者との入れ替わりがあるのだと、しみじみと感じました。