2025年02月18日

「思考の穴」

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アン・ウーキョン (Woo-kyoung Ahn) 著
花塚 恵 訳
ダイヤモンド社 出版

 イェール大学の心理学教授が書いた本です。本教授の講義『シンキング (Thinking)』に登録した学生の数は、2019 年だけで 450 人を上回ったそうです。その人気は、『日常においてさまざまな決断を下すときの判断力の向上』に役立つ内容にあり、その評判から書籍化に至ったようです。

 この本のテーマ、認知心理学が長年研究されてきて、ひとは非合理的な判断をしてしまう心理傾向があることが広範囲で明らかになってきました。わたしたちは、認知において、思い込みや直観などに左右されてしまう傾向があり、その誤った判断は『認知バイアス』と呼ばれています。『バイアス』とは、あるがままを見ることができないことを指しています。

 著者によれば、認知バイアスのなかでも、『確証バイアス』 (自分が信じているものの裏付けを得ようとする傾向のこと) が最悪だそうです。しかも、この本を読めば、誰もが確証バイアスを含むあらゆるバイアスにとらわれていると認めざるを得なくなります。ひとは合理的な判断ができないようになっていると思うと、暗い気持ちになりますが、著者はそのメリットにも触れています。それは、脳のパワーの節約、『認知能力の倹約』です。この世にある、あらゆる可能性を模索し続けることは、途方もないエネルギーを要します。だから、ひとは、『意思決定をする際は、ある程度満足したところで、それ以上の探求をやめる』わけです。この行為は、『満足する (サティスファイ)』と『十分である (サファイス)』を組み合わせた造語『サティスファイス』と名づけられたそうです。

 おもしろいのは、人生を通じて行なわなければならない類いの探求をどれだけ最大限にし、どれだけサティスファイスする (満足したところでやめる) かは、個々人によって大きなばらつきがあると判明したことです。しかも、適当なところで満足せずに最大限探求するマキシマイザーと満足した時点で探求をやめるサティスファイサーでは、後者のほうが幸福度が高いことがわかっています。たとえば、いまよりいい仕事がないか、常に目を光らせているよりも、いまの仕事に満足しているほうが、充実感ややりがいを感じられるということなのでしょう。著者は、確証バイアスが最悪といいつつも、サティスファイスの副作用と捉えることもできるとしています。

 著者は、認知バイアスの専門家でありながら、それでも認知バイアスから逃れられないと書いています。つまり、わたしが認知バイアスから逃れられる道はないということです。そうであれば、せめて幸福度を高められるというメリットに目を向けつつ、ここで学んだ、認知バイアスというものの正体を意識しながら過ごしたいと、わたしは思いました。

 そして、ある程度それを実現できそうな気がしました。それは、この本で紹介された数多くの研究結果のひとつに着目したからです。その研究では、英語を母語とするひとたちとは別に、広東語を母語とし、米国に来て間もない人たちにも同じ実験を実施し、ふたつの集団で明らかな違いがあるという結果になりました。著者は、個人主義と集団主義の社会の違いを原因としてあげ、中国のように集団主義で育った場合、他者が何を考えているのか、自分は他者からどう思われているかを絶えず意識しているため、自らの思いこみにとらわれにくくなっていると考えています。

 ただ、他者が考えていることも考慮する必要がありますが、そればかりを気にすると弊害も生まれます。要は、バランスが大事だということです。自分の幸福との兼ね合いを考えつつ、円満に社会生活を送るために、認知バイアスに対する知識が役立つことは間違いなさそうです。
posted by 作楽 at 20:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 和書(その他) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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