2025年09月30日

「ババヤガの夜」

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王谷 晶 著
河出書房新社 出版

 叙述トリックにすっかり騙されてしまいました。ただ、あと味は悪くありませんでした。種が明かされたとき、それまでに覚えた違和感を思い出し、腑に落ちたためです。違和感の正体を突き詰めるタイプの読者なら、トリックを見破ることができたかもしれないと感じました。ただ、この叙述トリックには、気になる点がふたつありました。

 ひとつは、設定として不自然だと思う点、つまり普通なら逆にするのではないかと思った設定があったことです。それがなんとなく、わたしたちの固定概念に作家が問いかけているように感じられました。主人公は、『男に見えるものと女に見えるものが一緒にいれば、すなわちそれは夫婦と見られる。カタにはまった世の中ほど騙しやすい』と語っています。わたしたちは、ひとに対し、いったんレッテルを貼ってしまえば、そのひとのことを理解しようという気持ちを失うと作家に思われているのかもしれません。

 同様に、中心となる登場人物の女性ふたりについて、作家は、その関係性を明らかにするつもりがないようです。雇用関係とか、恋人同士とか、家族とかの関係を否定はするものの、敢えて関係性に名前をつけていません。そして、ふたりがそれぞれ相手に対し抱く感情についても、名前はつけていません。ただ、『愛ではない。愛していないから憎みもしない。憎んでいないから、一緒にいられる。今日も、明日も、来年も、おそらく死ぬまで』と、主人公に吐露させています。なんにでもレッテルを貼ってしまうわたしたちに対し、名前のつかない関係や感情が確かにあると伝えようとしているのかもしれません。

 もうひとつ気になったのは、種明かしの際、漢字で書かれた名前に初めて振り仮名がふられていて、トリックの一部になっていたことがわかります。疑問に思ったのは、外国語にする際、名前はどう処理されたのかということです。この本は、英国推理作家協会賞 (ダガー賞) を受賞したそうなので、英訳はされていると思います。翻訳の際、苦労されたかもしれません。

 叙述トリックはもちろん、それ以外も話題になる要素のある作品だと思います。
posted by 作楽 at 21:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 和書(日本の小説) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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