
三浦 しをん 著
集英社 出版
「政と源」というのは、国政と源二郎という幼馴染みのふたりを指します。ずっと墨田区Y町という(現代にしては)長閑な町に住み続けている御年74歳の幼馴染みです。政は、銀行員として勤めあげたあと、妻と別居しているため、ひとりで暮らしています。一方、源のほうは、つまみ簪の職人を現役で続け、若干二十歳の若者を弟子にとり、妻に先立たれたとはいえ、毎日賑やかに暮らしています。
この対照的なふたりのうち、寄らば大樹の陰と堅実に豊かな暮らしを目指してきた政の視点で、彼らの日常が語られるのは、政が良しとしてきた価値観が世間一般で受け入れられてきたからかもしれません。
現役を退いた政は、娘のところに身を寄せている妻から電話一本もらうわけでもなく、孫の七五三の祝いに呼ばれるわけでもなく、銀行員時代の付きあいが続いているわけでもなく、唯一の人付き合いが政という状況にあります。高度成長時代を働いて過ごした日本の男性が多かれ少なかれその状況を理解できる立場におかれているわけです。
一方、破天荒な源のほうは、毎日やって来る弟子の徹平やその恋人マミと食事をともにし、ときには美容師のマミに白髪を染めてもらったりもします。
そんなふたりが共に過ごしてきた時間、そしていままさに続いている日常は、滑稽なような、悲哀を帯びているような、なんともいえない味わいを醸しています。三浦 しをん独特のくすっと笑える場面が、子供にかえったようなふたりの掛け合いに似合っていて、読んでいるあいだ、Y町に幼馴染みを身近に感じられます。