2023年02月25日

「希望の怪物 現代サブカルと「生きづらさ」のイメージ」

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田村 景子 著
笠間書院 出版

 現代サブカル (アニメや映画、マンガやライトノベル) において、希望が怪物とともにどう描かれているかをまとめたものが本書です。希望がフィクションに描かれるのは自然なことだと、わたしは考えます。人が希望を抱きにくい状況が数多くあるなか、こうあって欲しいという理想がフィクションに登場するのは、不思議ではありません。ただ、その希望と『怪物』という組み合わせがテーマになっているのが興味深く感じられました。

 怪物とは、『既存の日常、既存のあたりまえから外れた、驚くべきことやものであり、その存在によってあたりまえの日常を揺るがし、あたりまえの日常に破滅的な危機がせまるのを知らせる異様な「警告者」』だと、著者は、書いています。怪物と警告者のイメージが結びつかなかったのですが、著者によると、怪物 (monster) という語は、ラテン語の monstrum (凶兆、警告の意) が由来になっているそうです。monstrum は、種村季弘さんによれば、『世界没落』を指しているそうです。

 この本の指摘でなるほどと思ったのは、警告が生まれる素地が時代とともに変化してきたという点です。「風の谷のナウシカ」(1982 〜 94) や「AKIRA」(1982 〜 90) の背景には冷戦時代と核戦争の恐怖があり、「寄生獣」(1988 〜 95) には産業文明や戦争によって汚染された地球と人間の存在意義への懐疑、「新世紀エヴァンゲリオン」(1995 〜 98) には未来が今よりもよくなりはしないというバブル崩壊後の諦観、「砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない」(2004) には子供をとりまく虐待と貧困、「巨神兵東京に現わる」(2012) には東日本大震災・福島原発事故がつながっています。

 さらには、何が怪物なのかも変化していると著者は見ています。3.11 以降の怪物の物語には、人間であったはずの主人公が紛うことなき怪物だと判明する、もしくは主人公が怪物になるタイプが目立つと分析しています。一番怖いのは、身近な人間だという警告が発せられているのかもしれません。それは、古くから脅威と捉えられていた地震を機に、原子力発電所は安全だと言い続けた電力会社、根拠もなくそれを信じていた国民、原子炉建屋が吹き飛び都内の浄水場の水からも放射性物質が検出されても影響がないと言い続けた政府を見て、怪物は身近な人だと捉えるようになったということかもしれません。

 米ソの対立や戦争を恐れる社会に比べ、身近な人を恐れなければならない社会のほうが怖い気がするのは、わたしだけでしょうか。
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2023年02月11日

「ひとりのときに」

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高橋 茅香子 著
horo books 出版

 この本の奥付の隣に『horo books は 100 部から 700 部発行の超スモールプレスです 売り切れ後は、増刷はしません』とありました。わたしがこれまで読んできた本とは、まったく違う発行方法のようです。流通経路も違うのか、カバーにはバーコードの印刷もありません。

 ここには、2021 年の『98 字日記』(著者は、98 文字でまとめた日記を 2011 年から毎日 Web で公開しています) とエッセイ 5 編がまとめられています。98 文字で日記を書くのは『文章を書く上で自分に課す鍛錬』と説明されています。なぜ 98 文字なのかについては説明がありませんが、ここまで文が短いと、その文が生まれた状況などを想像する余地が大きく、共感など読者に生まれる感情が、より多様化するのではないかと思いました。

 著者は、身分証を見せる機会があった折り、「98 字の方ですか」と、声をかけられたことがあるそうです。共感したり気づきを得たりする読者が存在することを知ることができるのは、ひとり鍛錬を続けているだけではあり得ないことで、素晴らしいことだと思います。

 わたしがこの本で一番共感できたのは、次のことです。『タイトルを「ひとりのときに」としましたが、私は「ひとり」をとりわけ強調したいとは思いません。幼い頃からひとりでいることが好きではありましたけれど、ひとりが一番いいと人に薦めることはしません。ただ、ひとりでいる時の充足感があってこそ、他の人との触れ合いを大切にできると、いつも感じています』。

 増刷してどれだけ利益を伸ばせるか腐心する出版もいいと思いますが、本に対する思いを実現するだけで増刷しない出版もあっていいと思いました。
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2023年01月29日

「今日着る服がない!を解決する魔法の呪文」

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佐藤 加奈子 著
TAC 出版 出版

 着る服がないわけではないのに、今日着る服がないと常々思っているのは、いま着ている服に納得がいっていないためだと思います。でも、なぜ納得がいかないのか、突き詰めて考えてみたことがありませんでした。

 服にかかわる仕事をされているだけあって、著者は、どういうことで服が似合ったり似合わなかったりするのか分析されてきたようです。分析のヒントとして、ネックラインに着目することを勧めています。要は、異なる襟の服を着比べてみるわけです。そういった手順を踏んで、自分に似合う服を知ることは、しっくりくる、納得できる服を選ぶのに役立ちそうです。

 また、服をどう組み合わせるか迷ったときのアドバイスも参考になりそうです。著者は、色としては、グレーを推しています。年齢的に派手過ぎると思う色、似合わないと思ったダークトーンなど、グレーを合わせると中和効果があるそうです。わたし自身は、ピンクなどのパステルカラーが好みですが、グレーとなら、可愛くなり過ぎずにまとまりそうに思えました。

 アイテムとしては、ベストを勧めています。身体の線を拾いそうなカットソーやニットとの相性が良く、体型をカバーする効果が得られるそうです。参考にしたいと思います。
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2022年11月18日

「解決できない問題を、解決できる問題に変える思考法」

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トーマス・ウェデル゠ウェデルスボルグ (Thomas Wedell=Wedellsborg) 著
千葉 敏生 訳
実務教育出版 出版

 社内教育などで認知バイアスを学ぶ機会が増えました。広辞苑によると、『バイアス』とは、『偏向』のことだそうです。色眼鏡、思いこみ、固定観念などに言い換えられるケースも多いことばだと思います。

 素人考えですが、認知バイアスは、脳が効率化を求めた結果ではないかと推測しています。つまり、ひとつひとつ吟味していては時間がかかり過ぎる状況において、これまでの経験などをもとに近道をして判断したり、心理的負担を極力減らそうと不安をなかったことにしたりといったことから成り立っているのではないかと想像しています。

 ただ、やはり思いこみや固定観念がマイナスに働く場合もあるので、大切な局面においては、バイアスに囚われないようにする必要があると思います。この本では、『解決できない問題』だと捉えているその問題は、実は、誤った考え、つまりバイアスの影響を受けた結果なのではないかと問いかけています。

 たとえば、ビジネスの現場において、競合他社の打破、イノベーションの促進、リーダーへの昇進などの目標が掲げられた場合、それを追求にふさわしい目標だと無意識に思いこんでいないか、いま一度冷静に吟味する必要があるのではないかと諭しています。

 解決できないと思い悩んでいる問題をより大局的に見て、目標を達成するためにすべきことは本当にその問題の解決なのか捉えなおす作業を著者は、『問題のリフレーミング』と呼んでいます。

 リフレーミングの手順は、この本で詳細に説明されていますが、わたしがその手順に従う価値があると思ったのは、ある事例が紹介されていたからです。それは、社内情報を共有するためのプラットフォームの利用が進まない理由は、ソフトウェアの使い勝手の悪さにあるので、そのユーザービリティを改善してほしいという依頼に対応した事例です。

 その事例では、情報共有をするメリット (インセンティブ) がなく、情報を共有しない理由としてソフトウェアが槍玉にあがっただけだということが判明しました。その対応として、インセンティブ制度を改善したところ、ソフトウェアの大幅改修をすることなく、情報共有が大幅に進みました。ソフトウェアが悪いと言われて改修しても何も変わらないという『IT 業界あるある』に陥らなかった好例だと思います。

 わたしたちは思いこみによって動いていることが多々あると認識して、意図的に自分あるいは自分たちを疑ってみる必要性を実感できた一冊でした。
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2022年11月17日

「メタバース進化論」

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バーチャル美少女ねむ 著
技術評論社 出版

 学ぶことが多いだけでなく、わたしの好みに合った本でした。好ましく思った理由は複数あります。まず、新しい技術の分野では、用語の認識を合わせるのが難しいのですが、この本では、著者の視点で『メタバース』が最初に定義されている点が良かったと思います。次に、データをもとに現状を分析しようとしている点、さらには、実体験をもとにしている点なども好感がもてました。

 著者は、次の 7 つを満たしたものを『メタバース』と定義しています。

@ 空間性:三次元の空間の広がりのある世界
A 自己同一性:自分のアイデンティティを投影した唯一無二の自由なアバターの姿で存在できる世界
B 大規模同時接続性:大量のユーザーがリアルタイムに同じ場所に集まることのできる世界
C 創造性:プラットフォームによりコンテンツが提供されるだけでなく、ユーザー自身が自由にコンテンツを持ち込んだり創造できる世界
D 経済性:ユーザー同士でコンテンツ・サービス・お金を交換でき、現実と同じように経済活動をして暮らしていける世界
E アクセス性:スマートフォン・PC・AR/VR など、目的に応じて最適なアクセス手段を選ぶことができ、物理現実と仮想現実が垣根なくつながる世界
F 没入性:アクセス手段の 1 つとして AR/VR などの没入手段が用意されており、まるで実際にその世界にいるかのような没入感のある充実した体験ができる世界

 この定義から、さまざまな問題を解決せずに今後メタバースが発展していくことは難しいと理解できます。たとえば、大規模同時接続性や没入性は、技術の発展や量産展開などがなければ、現実的ではないかもしれません。また、経済性は、法整備をクリアしないといけないように思います。

 また、著者が分析しているデータは、2021 年に著者とスイスの人類学者リュドミラ・ブレディキナ氏が全世界のソーシャル VR ユーザーを対象に大規模なアンケート調査を実施して得た回答 1200 件がもとになっています。標本数も多く、とても説得力のある内容でした。

 著者自身の体験をもとにした意見のうち、一番印象に残ったのは、次の記述です。『物理現実の世界では、基本的に生まれたままの肉体の姿で生きていくことしかできませんでした。私たちの人生は、その姿の美醜や性別、属性により大きく左右されてきました。これからは、それらは旧時代の強いたやむを得ない理不尽であったと認識されるようになるでしょう。』
 
 わたしは、世の中とは理不尽なものと思って生きてきたので、天地がひっくり返るほどの衝撃を受けました。なりたい自分を創造して生きる場がメタバースだと定義する著者の思うとおりの空間としてメタバースが発展していくのを応援したくなりました。
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