2024年09月03日
「ほめ言葉の法則―心理カウンセラーが教える 101 のテクニック」
植西 聰 著
アスペクト 出版
わたしは、頼みごとなどの下心が見え隠れする褒めことばを言われても、素直に喜べません。そのため、下心がなくとも、下心があるような印象を相手に与えてしまうことを恐れて緊張するせいか、なかなかうまくひとを褒められません。
著者は、そういったときは、『より具体的に』褒めるよう勧めています。『文章が上手だね』ではなく、『テニヲハがしっかりしているし、文章全体のリズムがいいね』、あるいは『起承転結がしっかりしているね』といった具合です。これは、簡単に実践できそうな助言です。
また、褒められて当然のことは避けるべきだそうです。たとえば、東大生に対し、頭がいいとか、勉強ができるなどと褒めても、相手にとっては言われ慣れた褒めことばで、コミュニケーションを円滑にする役割は望めません。『東大生が歌やスポーツにある程度自信を持っていたら、「歌がうまいですね」「運動神経がいいんですね」』などと褒めることを勧めています。
著者は、『私は長年、人生相談を受けてきましたが、相談内容で最も多いのが、人間関係に関することでした』と書いています。わたしも、ひととのかかわりのなかで、どうすればいいのか、どうしたいのか、わからなくなることが多々あります。円滑なコミュニケーションには、褒めことばも重要な役割を果たすので、あまり身構えずに口に出せるようになりたいものです。
2024年09月01日
「ビーチコーミング小事典: 拾って楽しむ海の漂着物」
林 重雄 著
文一総合出版 出版
ビーチコーミングに興味をもったきっかけは、ガイドと一緒にヒスイ探しができるという、富山県の『ヒスイ海岸』の観光情報でした。
さらに、この本を読み始めて、竜涎香 (りゅうぜんこう) が沖縄で見つかったというニュースを読みました。見つかった竜涎香は、たった 268 グラムで 442 万円もの値がついたそうですが、その生成過程を知り、さらに驚きました。『マッコウクジラはイカが好物で、オスの腸の中にまれにイカのくちばしを大量に含んだ黒褐色の塊ができ、いい香りが長続きする香水を作る原料の竜涎香になる。マッコウクジラを漢字で「抹香鯨」と表記するのは、この竜涎香に由来するとされる』と書かれてありました。ただ、極めて珍しいもののようで、著者は、約 20 年のビーチコーミング歴でも、竜涎香に巡りあったことはないそうです。
海辺で、ヒスイなどの石や香水の原料を見つけられるなんて、思いもしませんでした。本書によれば、ビーチコーミングは、『浜辺』の beach と『櫛 (くし) けずる』の combing を合わせたもので、『浜辺を櫛けずるようにていねいに見ていく』というところから名づけられたそうです。
著者は、ていねいに見ていくだけでなく、収集したり、分類したり、飾ったり、ビーチコーミングの魅力を伝えたりされているようです。数々の貝殻、特にベニガイ、ヒラザクラといったピンク色をした二枚貝やルリガイやアサガオガイといった薄紫色をした巻貝の写真を見ると、わたしもビーチコーミングを始めてみたいという気持ちが起こりましたが、この本を読み進めていくうち、いわゆる海ごみが浜辺に大量に打ち寄せられることを知り、ビーチコーミングよりビーチクリーンを先に始めるべきかもしれないとも思いました。
フルカラーの本書は、ビーチコーミングにしろ、ビーチクリーンにしろ、浜辺を歩く際の良き友になりそうです。
2024年08月31日
「水族館飼育員のキッカイな日常」
なんかの菌 著
さくら舎 出版
水族館で飼育員をしていた著者の体験が紹介されています。この本で知ったのですが、水族館は、博物館法という法律に定めのある博物館にあたるそうです。美術館などの学芸員になるのは狭き門のようですが、水族館も例外ではなく、競争率の高さは博物館全般に当てはまるようです。
そんな狭き門を叩いて潜り抜けたものの、待っていたのは体力も必要な仕事だったようです。著者の経験では、水族館に泊まることがあっても宿直室がなかったため、キッズスペースや階段の踊り場でブランケットにくるまって寝たり、企画展や特別展などがあれば、睡眠時間を削って準備したりしたそうです。
著者は、特別展の観覧者の様子を窺い、パネルなどで『渾身のボケがウケているのを確認』し、笑みを浮かべる人柄のようで、この本の、いわゆるヘタウマ 4 コマ漫画も文章もユーモアが溢れていて、思わず笑ってしまいます。
それだけでなく、水族館の仕事もしっかり伝わってきて、なかでも『同定 (採集や調査の際、その生き物の名前を判別すること)』は、『長年のプロであっても四苦八苦する』ほど難しいというくだりは、生き物相手の仕事だと再認識しました。
さらには、自らの方言にも気づけました。『ブリの学名は Seriola quinqueradiata とひとつだが、大きさと地域によって名前が変わる。40cm だとイナダ (関東)、ハマチ (関西)、ヤズ (九州)、60cm だとワラサ (関東)、メジロ (関西)、コブリ (九州) などとバラバラで、80cm になるとやっと全国で統一されてブリになる』とありました。ハマチが地域限定の名称だったとは心底驚きました。
これらのトピックそれぞれを楽しめただけでなく、水族館の裏事情を知って、次から企画展を観るときは、準備してくれた方々が伝えたいことも受けとれるよう心して観ようという気になりました。
2024年07月31日
「おそめ: 伝説の銀座マダムの数奇にして華麗な半生」
石井 妙子 著
新潮社 出版
『おそめ』というバーのマダム上羽秀 (うえばひで) の半生を描いたノンフィクションです。読み始めてすぐ、彼女の魅力に惹きつけられました。彼女は、自分が欲しいもの、進みたい道が明確にわかっていましたし、女性の生き方に制約の多かった戦前生まれにもかかわらず、周囲からどう見られるか気にせずに自らの道を突き進む力強さを備えていたうえ、ひとをもてなし、魅了することにかけては天賦の才があったようです。
秀は、もとは芸妓で、1948 年、カウンター席が 5、6 あるだけの『おそめ』を京都木屋町で始め、1955 年には銀座 3 丁目にも店を構え、京都と東京の店を飛行機で行き来したことから『空飛ぶマダム』と呼ばれるようになります。『おそめ』には、服部良一、大佛次郎、川端康成、小津安二郎、白洲正子、水上勉、美空ひばり、鶴田浩二といった有名人が通ったようです。GHQ 憲法案の日本語訳を担当した、あの白洲次郎は、『おそめ』が閉店するまで常連だったそうです。
銀座の一流店と評された『おそめ』は、文化人の社交場だったようで、秀をモデルにした『夜の蝶』という小説が発表されたこともあり、当時、店の名も秀の名も広く知られていたようです。1957 年、銀座の店は、8 丁目に移転し、バンドも入れられる広さを実現します。
しかし、秀には、マダムとは異なる顔がありました。俊藤浩滋 (しゅんどうこうじ、戸籍名は俊藤博 (ひろし)) と出会い、結婚し、彼の子を産み、日々彼に尽くしていると秀は思っていましたが、実は、彼は秀と出会ったときすでに妻がいて、秀に独身だと嘘をついたと、あとから知らされた過去がありました。それでも、惚れぬいた俊藤と別れることができず、彼の妻と子たちの生活も支え続けるという苦労を背負い、懸命に店で働いていたのです。欲しいものを手に入れるための秀の覚悟を垣間見ることができる話です。
そうして、『おそめ』を守り続けましたが、徐々に店は傾き、1978 年には閉店に追いこまれます。さまざまな原因があったと察せられますが、秀にはひとを魅了する才はあっても、時代を読んだり、ビジネスの舵取りをしたりといった才能はなかったのかもしれません。それでも、秀の覚悟や潔さといった魅力が損なわれたとは、わたしは思いません。完璧ではないからこそ、彼女のひたむきで一途な想いに惹きつけられてしまう気がします。著者がこの女性の半生を書きたいと思った気持ちがなんとなく理解できます。
2024年07月12日
「ハッキング思考 強者はいかにしてルールを歪めるのか、それを正すにはどうしたらいいのか」
ブルース・シュナイアー (Bruce Schneier) 著
高橋 聡 訳
日経日経BPBP 出版
この本で取りあげられているハッキングは、不正アクセスなどのコンピューターシステムの話に限りません。著者は、ハックを次のように定義しています。
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1. 想定を超えた巧妙なやり方でシステムを利用して (a) システムの規則や規範の裏をかき、(b) そのシステムの影響を受ける他者に犠牲を強いること。
2. システムで許容されているが、その設計者は意図も予期もしていなかったこと。
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この定義をもとに考えると、税法に抜け穴があって、それを巧妙に利用して節税すれば、ハックに該当することになります。つまり、抜け穴を見つけたひとだけが、税金を少なく納めることができ、ほかの納税者により多く負担させているというのが著者の定義です。
そして、常に富裕層が有利だと著者は強調しています。税法の抜け穴を見つけられる専門家を雇ったり、抜け穴が塞がれないよう政治家に働きかけたりするには、資金力が必要だからです。
一般的な社会人にとって、こういったケースは、見知ったものです。ただ、この本を読めば、こういった現実をもう少し掘り下げて考えられます。わたしの場合、知っていながら、正しく認識していなかった例として、Too Big To Fail (TBTF: 大きすぎて潰せない) があります。
大企業が破綻したときの社会的影響は大きいために潰せず、政府が救済するのが一般的になっています。これに対し著者は、一部の強大な企業は、『リスクの高いビジネス上の判断を下すとき、政府を事実上の保険代わりに利用し、国民にばかり負担を押し付けている』と書いています。たとえば、日本語でリーマンショックと呼ばれた金融危機も東日本大震災の原子力発電所問題も該当しそうです。そう考えると、ハックは、ありとあらゆる場面で見られることに気づきます。
そして、著者は、ひとつのハックが死を迎えるまでのプロセスをそれぞれの差異を含めていくつか紹介し、これからわたしたちがどうハックを無くしていくべきか提示しています。
現在、AI が急速に発展し、普及しています。著者は、ハッキングに AI が利用されるようになったとき、それを防ぐことができるのもまた AI だと説いています。しかし、そのためには『AI による故意あるいは過失のハッキングから受けそうな影響から社会を守る』ための迅速で包括的で透明で俊敏な統括構造 (ガバナンス) が必要であり、それを市民が集団として決定すべきだと著者はいいます。
わたしたち市民がハッキング思考を身につけ、民主主義のもと、ガバナンスシステムを構築できるのであれば、理想的だと思います。ただ、AI に『透明性』ひとつを求めるのにも苦労するいま、その考えは、わたしには夢物語に見えました。そのいっぽうで、そう考えるから、わたしはこれまで著者が定義するハックの『犠牲を強いられる他者』側に立ってきたのだとも思います。