2025年03月31日

「移動する人はうまくいく」

20250305「移動する人はうまくいく」.png

長倉 顕太 著
すばる舎 出版

 自己啓発書の場合、著者自身が成功した方法は万人に役立つと考えて、書かれていることが多々あります。この本も、相関関係があるだけなのに因果関係があると誤解しているように見受けられる点があったり、全体的に根拠が乏しく感じられました。ただ、感覚的にそうかもしれないと納得できた点もありました。行動を変えたいと思いながら変えられないひとに対し、著者が意志の力で変えるのは難しくとも、環境を変えると感情が動き、その結果として行動が変容すると説いている点です。

 ひとは『安定』を望む傾向があり、毎日の繰り返しを退屈と感じながら、そこから脱することができません。だから、人生を変えたいと思えば、旅に出るとか、多拠点生活をするとか、意図的に行動範囲を変えると、接するひとや情報も変わり、自ら考えるようになり、自然と行動に移せるようになるという意見です。さらに、タイトルにある『うまくいく』の意味が、収入を増やすでも、恋愛を成就するでも、昇進するでもなく、行動を変えることにあり、具体的な目標を設定していない点で、結果を出せそうな気がしました。

 そもそも、著者にとって、目標設定自体意味のないことのようです。動き続けていれば、目指すものも変わり続けます。この本も、途中で話題があちらに飛びこちらに飛びで、テーマに沿っているようでいて、そうでもありません。どうやら、著者が目指すのは、特定の目標ではないようです。『いろんなことができるようになるというより、いろんなことに対応できる人間になっておく必要がある』と書いているからです。AI の発展が今度どういった速度で進んでいくのかわからず、人間の寿命が伸びているいま、そのとおりだと思います。さまざまな経験を積み、人脈を増やし、自らの対応力をあげるために動き続けるというのは、理にかなっているかもしれません。

 問題は、潜在的に対応力を有するひとが、その能力を目覚めさせるために移動するのは効果的かもしれませんが、移動すれば、あらゆるひとに対応力が備わるかについては、根拠が乏しい印象を受けたことです。
posted by 作楽 at 20:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 和書(その他) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年03月28日

「人は、なぜさみしさに苦しむのか?」

20250328「人は、なぜさみしさに苦しむのか?」.png

中野 信子 著
アスコム 出版

 さみしさに限らず、感情には個人差があります。わたしは、さみしさを感じることが比較的少ないと自分では思っていますが、新型コロナウィルスが流行した折りは、さみしさ、不安、心細さといった負の感情を意識せざるを得ませんでした。それ以降、『感情』というものを理解したいと思うようになりました。

 この本で目指しているのは、さみしさが生じる仕組みを理解して上手にさみしさと付き合い、人生をより豊かに過ごせるようになることです。確かに、さみしく感じたからといって、その感情に浸っているばかりでは、よい方向に進めません。

 著者によれば、さみしさは、人間が生き延びるための仕組みだそうです。現代は、成人すればひとりでも生き延びられる環境にあると言えますが、人類の歴史において、それはつい最近実現した状況です。それまでは単独よりも集団でいるほうが生存の可能性が極めて高く、共同体や組織などの社会的集団をつくることで人類は生き延びてきました。そのため、危険や危機を予測する防御反応として、さみしいという感情が生じるのではないかというのです。

 そのほか、さみしいという感情の特徴として、痛みなどとは違って個人差が非常に大きいと説明されています。つまり、第三者のさみしさを想像するのは難しく、本人にしか、そのさみしさをうまく扱えないようです。また、1 歳半までの時期に、スキンシップを多くとるなど『愛情ホルモン』であるオキシトシンの分泌が多くなれば、愛着関係を築けますが、その逆だと、誰かがそばにいることを好まないようになります。さらに、孤独が寿命に与える影響力は、タバコやお酒による害や、太り過ぎ、運動不足という生活習慣に起因する害よりも大きいという研究結果もあるそうです。

 こういった、さみしさの特徴を理解し、さみしくなるのはひととして健全な反応だと捉え、それでもいい人生を生きていけるように考えることを著者は勧めています。さみしさを克服しようとせず、さみしいときは話を聞いてくれるひとに騙されやすくなっていることなどを頭の片隅で警戒しつつ、自分が本当に必要としているのは、どんなつながりかを認識することが大切だというのです。

 さみしいという感情に振り回されず、適度な距離感でひととのつながりを築きつつ、機嫌よく日々を過ごす参考になる本だと思います。
posted by 作楽 at 20:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 和書(その他) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年02月18日

「思考の穴」

20250218「思考の穴」.png

アン・ウーキョン (Woo-kyoung Ahn) 著
花塚 恵 訳
ダイヤモンド社 出版

 イェール大学の心理学教授が書いた本です。本教授の講義『シンキング (Thinking)』に登録した学生の数は、2019 年だけで 450 人を上回ったそうです。その人気は、『日常においてさまざまな決断を下すときの判断力の向上』に役立つ内容にあり、その評判から書籍化に至ったようです。

 この本のテーマ、認知心理学が長年研究されてきて、ひとは非合理的な判断をしてしまう心理傾向があることが広範囲で明らかになってきました。わたしたちは、認知において、思い込みや直観などに左右されてしまう傾向があり、その誤った判断は『認知バイアス』と呼ばれています。『バイアス』とは、あるがままを見ることができないことを指しています。

 著者によれば、認知バイアスのなかでも、『確証バイアス』 (自分が信じているものの裏付けを得ようとする傾向のこと) が最悪だそうです。しかも、この本を読めば、誰もが確証バイアスを含むあらゆるバイアスにとらわれていると認めざるを得なくなります。ひとは合理的な判断ができないようになっていると思うと、暗い気持ちになりますが、著者はそのメリットにも触れています。それは、脳のパワーの節約、『認知能力の倹約』です。この世にある、あらゆる可能性を模索し続けることは、途方もないエネルギーを要します。だから、ひとは、『意思決定をする際は、ある程度満足したところで、それ以上の探求をやめる』わけです。この行為は、『満足する (サティスファイ)』と『十分である (サファイス)』を組み合わせた造語『サティスファイス』と名づけられたそうです。

 おもしろいのは、人生を通じて行なわなければならない類いの探求をどれだけ最大限にし、どれだけサティスファイスする (満足したところでやめる) かは、個々人によって大きなばらつきがあると判明したことです。しかも、適当なところで満足せずに最大限探求するマキシマイザーと満足した時点で探求をやめるサティスファイサーでは、後者のほうが幸福度が高いことがわかっています。たとえば、いまよりいい仕事がないか、常に目を光らせているよりも、いまの仕事に満足しているほうが、充実感ややりがいを感じられるということなのでしょう。著者は、確証バイアスが最悪といいつつも、サティスファイスの副作用と捉えることもできるとしています。

 著者は、認知バイアスの専門家でありながら、それでも認知バイアスから逃れられないと書いています。つまり、わたしが認知バイアスから逃れられる道はないということです。そうであれば、せめて幸福度を高められるというメリットに目を向けつつ、ここで学んだ、認知バイアスというものの正体を意識しながら過ごしたいと、わたしは思いました。

 そして、ある程度それを実現できそうな気がしました。それは、この本で紹介された数多くの研究結果のひとつに着目したからです。その研究では、英語を母語とするひとたちとは別に、広東語を母語とし、米国に来て間もない人たちにも同じ実験を実施し、ふたつの集団で明らかな違いがあるという結果になりました。著者は、個人主義と集団主義の社会の違いを原因としてあげ、中国のように集団主義で育った場合、他者が何を考えているのか、自分は他者からどう思われているかを絶えず意識しているため、自らの思いこみにとらわれにくくなっていると考えています。

 ただ、他者が考えていることも考慮する必要がありますが、そればかりを気にすると弊害も生まれます。要は、バランスが大事だということです。自分の幸福との兼ね合いを考えつつ、円満に社会生活を送るために、認知バイアスに対する知識が役立つことは間違いなさそうです。
posted by 作楽 at 20:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 和書(その他) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2024年11月03日

「限りある時間の使い方」

20241103「限りある時間の使い方」.png

オリバー・バークマン (Oliver Burkeman) 著
高橋 璃子 訳
かんき出版 出版

 虚を衝かれた気がしました。著者は、産業革命以降わたしたちは、『「今」という時間を未来のゴールにたどり着くための手段に変えて』しまった結果、今を楽しむのではなく、未来の安心を手に入れるために今の時間を費やし、可能な限り多くのタスクを詰めこんで、時間をコントロールしようと躍起になっているといいます。そして、『今を犠牲にしつづけると、僕たちは大事なものを失って』しまい、『時間を支配しようとする者は、結局は時間に支配されてしまう』というわけです。

 言われてみれば、そのとおりだと思いました。同時に、時間を支配したいという欲求のために、わたしたちはどんどん短気になっていることにも気づかされました。著者は、『現代人がどんどん短気になっているのは、技術が進歩するたびに、人間の限界を超える地点に近づいている気がする』ことを理由にあげています。『たとえば電子レンジで 1 分で夕食を温められるようになると、今度はその 1 分が長く感じられ、1 秒で温まるべきではないかと思うようになる』わけです。

 わたしたちは、未来に不安はつきものであり、時間を支配しようとしても支配されるだけだという事実を受けいれ、忍耐を身につける必要があるようです。1 分かかるものには、1 分かける必要があるわけです。著者は、学者たちの執筆習慣を研究している心理学者ロバート・ボイスの研究を引用しています。『もっとも生産的で成功している人たちは、1 日のうち執筆に割く時間が「少ない」』ことがわかっているそうです。『ほんの少しの量を、毎日続けていた』からです。成果を焦らず、適切なペース配分を守って継続する価値があることを証明する調査結果です。

 さらに著者は、忍耐を身につけるコツを 3 つ紹介しています。1. 「問題がある」状態を楽しむ、2. 小さな行動を着実に繰り返す、3. オリジナルは模倣から生まれる。1. は、人生とはもともと、ひとつひとつの問題に取りくんで、それぞれに必要な時間をかけるプロセスなのだから、問題がない状態を目指す必要はないということです。2. は、先の執筆の例にあるとおり、少しずつでも繰り返せば、着実に成果はあがるのだから、続けることこそ大切だということです。3. は、結果を急ぎ過ぎれば、模倣の段階を過ぎて独自の成果を出すところまで辿りつけないということです。

 わたしも、何を焦っているかを忘れて、ただ焦っていたような気がします。もっと、もっとと先を急ぐのではなく、自らの器を知り、自分なりに成長しつつ、プロセスを楽しみながら、過ごせるようになりたいと思わせてもらえた気がします。
posted by 作楽 at 20:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 和書(その他) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2024年11月01日

「新版 科学がつきとめた『運のいい人』」

20241101「新版 科学がつきとめた『運のいい人』」.png

中野 信子 著
サンマーク出版 出版

 著者の脳科学の知見をもとに、どうすれば運がよくなるか示されています。すべて納得できたわけではありませんが、腑に落ちたものがいくつかありました。

 ひとつは、『割れ窓理論』です。これまで、治安に関係する話題でなんども耳にした理論です。軽微な犯罪がやがて凶悪な犯罪を生み出すという考えで、凶悪な犯罪だけを取り締まろうとするのではなく、軽微な犯罪を一掃することで、凶悪な犯罪も起こりにくくなることが知られています。この理論は、ひとにも当てはまると著者は考えています。自らを大切にしているひとを、粗末に扱うのは周囲のひとも抵抗を覚えるというわけです。ごみひとつ落ちていない道にごみを捨てるときの感覚とごみだらけの道にごみを捨てるときの感覚に違いがあるのと同じです。つまり、ひとから大切に扱われたいと思えば、まず自らが自身を好きになり、大切にすべきというものです。

 もうひとつは、『ランダムウォークモデル』です。何万回あるいは何十万回といったレベルで平均すれば、コイントスの表と裏は半々で出現することが期待されますが、最初の数十回あるいは数百回は、表裏どちらかに偏ることも多々あります。ここに、実現したい夢があったとします。その道のりにおいて、プラス方向、つまり夢に近づくできごとと反対のマイナス方向のできごとは、コインの表裏と同じで、マイナスばかりが続くこともありえます。著者は、運がいいひとは、たとえマイナスばかりが続いてもゲームからおりず、最小限の損失になるよう努力して次のチャンスに備えているといいます。つまり、ランダムウォークを想定し、長期的視点をもって、自分が『これぞ』と思っているゲームからはけっして自らおりない、だから夢を実現できるのだというのです。たしかに、粘り強いひとのほうが運をひきつけるのかもしれません。

 実験結果など客観的な数値をもとに理論を証明しているわけではないので、真実か疑ってしまいたくなる考えもありますが、脳の癖を知っている著者の意見には一定の説得力がありました。
posted by 作楽 at 21:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 和書(その他) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする