2021年07月22日

「Adaptive Markets 適応的市場仮説」

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アンドリュー・W. ロー (Andrew W. Lo) 著
望月 衛/千葉 敏生 訳
東洋経済新報社 出版

 この本では、『適応的市場 (adaptive markets) 仮説』が『効率的市場仮説』よりも優れた仮説だと、さまざまな観点から説明されています。『効率的市場』とは、『合理的で利益の最大化を目指す者多数が活発に競争し合い、それぞれ個別証券の将来における市場価値を予測しようと努めており、重要な最新の情報はすべての参加者がほぼ制約なく入手できる市場……効率的な市場では、競争によって、平均では本質的価値に対する新しい情報の影響が実際の価格にすべて「即座に」反映される市場』を指します。

 ただ、金融市場が効率的市場だと考えると理屈に合わないこともあるため、著者は、金融市場が生物学の法則で動いているという理論で効率的市場仮説に対抗しています。金融市場を動かす人間もまた、ほかの生物と同じように繁殖の成功と失敗、もっといえば生と死という直接的な力を受け、行動を司る脳が形作られてきました。その結果、環境がそれまでと変わったとき、脳がその環境にすぐには適応できず、それまでと同じ行動をとってしまいます。ひとことで言えば不適応な行動をとってしまい、非合理的に見えます。

 金融市場を適応的市場だとする仮説では、金融以外の環境で培われたヒューリスティックス (経験則) をそのまま金融の環境に (誤って) 適応したものにすぎないと考えます。そうすると、非合理的な行動、行動バイアスの生じる仕組みが理解できるようになり、行動バイアスの生じやすいタイミングや行動バイアスが市場の挙動におよぼす効果を予測することができることになります。

 さらにいえば、そういった予測のうえに戦略を立てることもできます。たとえば、株式市場で短期的なヴォラティリティが (市場参加者が動揺するような) 閾値を超えて上昇した際は、パニック売りを想定して、ポートフォリオの一部を現金化し、逆にヴォラティリティが元に戻ったときにはポートフォリオも戻すといったアルゴリズムが考えられます。著者は、時価総額加重平均インデックスを使い、取引コストが取引量の 0.05% と仮定して検証しています。結果は、高めの取引コストにも関わらず、このアルゴリズムによりリターンが向上することが見てとれます。

 このように、生物学的観点から市場参加者を分析するいっぽう、著者は、金融市場そのものの進化にも触れています。まず、人類の個体数が非常に大きくなったため、利用者が大幅に増えたのに併せて金融機関数も増え、起きる問題も巨大化しました。さらに、金融システムが複雑化し、密結合 (システムが適切に機能するためには、構成要素がそれぞれ欠陥なく機能することを要する状態) になっていると分析しています。

 そのうえで著者は、生態系を管理するように金融市場をコントロール (適切に規制) する方法を模索しています。それについては、この本に書かれていることすら完全に消化できなかったわたしなどではこの先の展望をイメージできませんし、この仮説に対するこれからの評価を待ちたいと思います。

 ただひとつ言えることは、著者がこの本の最後に記した、金融システムを使えば世界を良くする道筋を見つけられるという考えが、わたしの金融に対する印象を大きく変えました。600 ページも読むなかで冗長だと思った部分もありましたが、少なくともわたしにとっては読む価値のある一冊でした。
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2021年07月21日

「身近な人の介護で「損したくない!」と思ったら読む本」

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河北 美紀 著
実務教育出版 出版

 親が要介護認定を受けてから 2 年ほど経ちますが、漠然とした不安を抱えています。介護を必要とする状況がどのような速さで変わっていくのか先のことがイメージできないことはもちろん、金銭面の不安もあります。これまではインターネットの情報を頼りに手探りで進んできましたが、ノウハウ本を読んでみるべきだったかも……と思ったのが読んだきっかけです。

 一番印象に残ったのは、介護する側が頑張りすぎて疲弊してしまうと介護される側も辛くなってしまうことです。そういったとき、適宜専門家を頼ることが大切なのだと納得できました。

 そのほか、知って気が楽になった知識がいくつかあります。一番身近な存在であるケアマネジャーさんと考え方が合わないときなどは、地域包括支援センターがや居宅介護支援事業者などにお願いすれば、変更できるそうです。また、急激な体調の変化から、介護認定の現状と合わなくなったときは、要介護度の区分変更申請をすれば、30 日以内に結果を出してもらえること、それも待てないときは、暫定ケアプランをケアマネジャーさんに立ててもらうことができるそうです。

 そして、いよいよ施設のお世話にならざるを得なくなったとき、誰もが直面するのは、特養の空きがないことだと思います。そういったとき、入所は緊急性の度合いに応じて決まるので、できるだけ詳しい状況を申込書に書くこと、幅広い地域を探してみること、それでも無理なときは、短期入所生活介護 (医療依存度が高い場合は、短期入所量要介護) を 30 日間継続して利用し、31 日目は全額自費として、その翌日からまた介護保険を利用して介護を受ける、ロングショート (ショートステイを長期間にわたって利用すること) を検討することなど、色々な方法を検討できるというのは心強く感じられました。もちろん、やむを得ない事情がある場合に限られますが、どうにもならないときも何かしら逃げ道が残されていると知ると、気が楽になりました。

 経済的な視点だけでなく、介護に関する包括的な知識を得られる良書だと思います。身近な人の介護が現実的になった方にお勧めしたい本です。
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2021年07月05日

「新型コロナワクチン 遺伝子ワクチンによるパンデミックの克服」

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杉本 正信 著
東京化学同人 出版

 パンデミックという非常事態とはいえ、1 年ほどの短期間でワクチンが開発されたことに驚くと同時に、素朴な疑問が 2 点ありました。(1) なぜ短期間で開発できたのか。(2) なぜ超低温管理が必要なのか。

 HIV ワクチンの開発に従事していた著者の説明は、信頼性が感じられるだけでなく、とてもわかりやすく、わたしの疑問は氷解しました。

 いま日本で接種されている、ファイザー製やモデルナ製ワクチンで用いられている mRNA (メッセンジャー RNA) や アストラゼネカ製ワクチンで用いられている VV (ウィルスベクター) といったワクチンは、病原体に関連したタンパク質をコードする遺伝子 (RNA あるいは DNA) を体内に注入し、体内で抗原タンパク質をつくらせて免疫を誘導する『遺伝子ワクチン』にあたるそうです。

 遺伝子は、生物に必要なタンパク質をつくる設計図のようなものですが、そこから直接タンパク質がつくられるわけではなく、次のように『転写』→『翻訳』という流れを経て、タンパク質ができるのですが、その仕組みがワクチンに利用されています。

@遺伝情報をもっている DNA は、二重らせん構造をしていて、合成するタンパク質の情報部分だけ二重らせん構造がほどかれます。

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Aほどけた DNA の片方の鎖に、RNA の材料となる塩基を含むヌクレオチドが近づき、DNA の塩基と相補的な結合をつくっていきます。

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Bこうして、二重らせんの片方の塩基配列の一部が RNA に写し取られます。こうしてできた RNA が mRNA と呼ばれ、この過程が転写と呼ばれます。

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CmRNA の塩基配列を元に、アミノ酸が結合されていきます。この過程が翻訳と呼ばれます。

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 この仕組みをもとに、COVID-19 の遺伝情報から作製された mRNA は脂質膜でコーティングされ、人体に投与され、体内で mRNA からスパイクタンパク質がつくられて、免疫が誘導されます。スパイクタンパク質は、ウィルス表面にある突起の部分で、感染防御抗原に相当します。

 mRNA は、分解されやすく、ヒトの DNA に組み込まれたりする危険性はありません。ただ、mRNA を脂質の膜でコーティングした脂質粒子にする必要があり、その膜の成分の一部がアナフィラキシーショックを引き起こすのではないかと考えられています。また、出来上がったワクチン製剤は、熱や振動などに不安定で、超低温管理が必要とされます。

 mRNA ワクチンは、初めてヒトに接種されるようになりましたが、先行する技術やアイデアの蓄積があり、決して付焼刃的な技術ではないと著者は説明しています。

 新しいワクチンのメリットやデメリットが素人でもわかるよう解説された良書だと思います。また、今回『転写』→『翻訳』のプロセスに関する画像をお借りした NHK 高校講座もわかりやすくてお勧めです。
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2021年07月04日

「みえる詩 あそぶ詩 きこえる詩」

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はせ みつこ 編
飯野 和好 絵
冨山房 出版

 はせみつこ (波瀬満子) 氏は、「ウリポ・はせ・カンパニー」を設立し、ことば遊びや詩で構成されるステージをプロデュースしていました。そのため、この本でもことば遊びが中心になっています。

 最初に登場する「いるか」(谷川俊太郎作) は、リズムよく同音多義を楽しんでいて、動物のイルカの絵が描かれてあります。

 いるかいるか
 いないかいるか
 いないいないいるか
 いつならいるか
 よるならいるか
 またきてみるか
 いるかいないか
 いないかいるか
 いるいるいるか
 いっぱいいるか
 ねているいるか
 ゆめみているか

 食い意地がはっていて、擬音語・擬態語が好きなわたしが気に入ったのは「たべもの」(中江俊夫作) です。

 もこもこ さといも
 ほこほこ さつまいも
 はりはり だいこん
 ぱりぱり たくあん
 ぽりぽり きゅうり
 かりかり らっきょう
 つるつる うどん
 ぬるり わかめ
 ねとねと なっとう
 くるんくるん こんにゃく
 しこしこ たこ
 しゃきしゃき はくさい
 こりこり こうめ
 ぷりんぷりんの とまと
 ぴんぴんした たい
 あつあつの ふろふきだいこん
 ほかほかの ごはん

 声に出してリズムよく読みたくなる詩に出会える本です。また、時代や世代の異なるさまざまな詩人の作品が集められているので、新しい詩人にも出会うこともできると思います。
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2021年04月30日

「地図でスッと頭に入るアメリカ 50 州」

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昭文社企画編集室 編
デイビッド・セイン (David Thayne) 監修
昭文社 出版

 各州が見開き 2 ページに掲載されています。大まかな地図に、その地域の知らなくてもいいけど知っていると楽しいトリビアがイラストとともに記されているいっぽう、地図の欄外には教科書的な色合いの州全体に関する説明があります。

 地図のおかげで、これまで見逃してきたことが目に留まりました。カナダとの境にあり、アメリカの冷蔵庫と呼ばれるミネソタ州に飛び地があることを初めて知りました。ジョン・ミッチェル地図 (1755 年作成) に基づいてアメリカとカナダの国境線を引いたものの、のちの調査で地図の間違いが発覚。しかし間違った地図に基づいた国境線を引き継いだため、妙な形の飛び地『ノースウェスト・アングル』ができたそうです。

 トリビアでわたしが気に入ったのは、アーカンソー州にあるダイヤモンド・クレーター州立公園です。世界唯一の公共ダイヤ採掘場で、入場料とシャベルレンタル代だけで採れたダイヤを持ち帰ることができるそうです。2015 年に 8.52 カラットの逸品が掘り当てられたと書かれてありますが、調べてみたところ、2020 年には 9.07 カラットのダイヤを持ち帰った方もいるようです。そのサイズに驚かされました。

 比較がしやすいよう、人口、面積、世帯収入、州都、主要都市、主要産業、州の花、州の愛称、選挙人の数などの基本情報が州ごとにまとめられています。これまで州の愛称を目にしても気にかけたことはなかったのですが、今回、アーカンソー州が 1995 年に『機会の州』から『自然の州』に愛称を変更したことを知り、愛称が何かの意図をもって (アーカンソー州の場合、観光産業を盛り上げることが狙い) 公式に変更される類のものだと初めて理解できました。

 また、1 月 6 日の議事堂襲撃事件につき、当時大統領だったトランプ氏が煽動したようにしか見えなかったことと票集めにトランプ氏を頼りにしている共和党がその煽動を咎めなかったように見えたことから、以前よりもずっと各州が民主党寄りか共和党寄りかが気になるようになりました。各州の選挙人の数だけでなく、どちらの政党に傾いているのか、ひと目でわかるようになっていた点は良かったと思います。
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