2022年07月17日

「無印良品の「隠れ定番」」

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「心地よい暮らし」プロジェクト 編
KADOKAWA 出版

 昔、無印良品のシンプルなデザインが好きで頻繁に店舗を訪れていた時期がありました。ある日、フライパンを購入し、空の状態で (IH ではなく) ガスコンロに載せたところ、柄のほうが重いのか五徳の上で傾きました。食材を入れて、一定の重量がかかると安定するとはいえ、やはり危なっかしく見えたので、それ以来、無印良品ファンではなくなりました。

 この本のタイトルを見て、あのフライパンは、たまたまハズレだったのかもしれないと思いました。実際に読んで思ったのは、やはりモノを作るうえで、失敗は免れないということです。『上質紙 スリムノート・横罫縦ドット』の商品紹介で開発者が次のように語っています。
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昔、企画したノートが、すぐに他社のものに切り替えたという上司の娘さんに酷評されました。指摘がいちいちもっともで自分に腹が立ち、絶対に負けないものをつくろうと奮起しました。
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 消費者にとっての当たり前は、必ずしも開発者にとっての当たり前ではないとわかるエピソードだと思います。ほかにも、アミノ酸系の添加物を使わないよう仕様を変更し、『素材を生かしたスナック』として売り出した、ごぼうスナックがヒットしたそうです。生地に練り込むごぼうの量を増やしたこのスナックは、読むだけで食べたくなってしまう食品だと、わたしは思いますが、発売前に工場の方は、売れないと言っていたそうです。アミノ酸系の添加物を使うのが常識だからとか。わたしには、自分の常識は他人の非常識の典型例のように見えます。

 こういうエピソードを読んでいると、またお店に足を運んで、自分に合う商品を選んでみようかという気になりました。まずは、ごぼうのスナック、塩糀、醤油糀、2 層仕立てのチーズケーキなどの食品を試してみたいと思います。
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2022年05月21日

「時間はなぜあるのか? チンパンジー学者と言語学者の探検」

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平田 聡/嶋田 珠巳 著
ミネルヴァ書房 出版

 この本のタイトルに虚を衝かれました。時間の存在理由を考えたことなどなかったからです。

 この本は、『時間とはなにか』さらに、『時間はなぜあるのか』という問いに対する著者たちの考えを書き表そうとしたものだそうです。まえがきによると、『時間』というテーマそのものズバリを中心にした研究は、従来そう多くはなかったそうですが、昨今、脳科学の進展とあいまって、さまざまな領域からのアプローチが増えているらしく、この本もそのなかの試みのひとつと位置づけられそうです。

 ただ、研究者たちも時間が何かわかっているわけではありません。わたしたちは、時間が過ぎるのが早い、あるいは遅いと『感じ』ますが、時間については、視覚の目、聴覚の耳、嗅覚の鼻、触覚の肌、味覚の舌に該当する感覚器官が存在しないので、どこで感じているのかすら、わかっていないそうです。脳内のなんらかの神経活動等によって時間が生成されているのではないかという推測のレベルにとどまっています。

 しかし、この本を読むうち、時間を感じ、時間という概念を確立したことにより、人類は進歩してきたのだと思い至りました。過去を振り返って将来を見通す能力をもったことは、これまでの文明の発展において重要な役割を果たしたに違いありません。

 そのいっぽうで、時間そのものが何かを知ることは難しいようです。ちなみに、時間の『長さ』は、人類における共通認識があるとのこと。『セシウム 133 の原子の基底状態の 2 つの超微細準位のあいだの遷移に対応する放射の周期の 9192631770 倍に等しい時間』が 1 秒の長さと定義されているそうです。

 平田氏は、この本のタイトルに対し、『物の動きや状態の変化を私たちがとらえるための変数として必要だから』と答えています。次の例が説明されていました。
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なにか物が動くとします。その動きを私たちがとらえるとき、動きの長さや大きさといった側面がひとつ大切なことです。その物は 1 センチ動いたのか、1 メートル動いたのか、というような長さ・大きさの次元です。長さ・大きさを変数と考えて、空間的変数と言い換えてもいいでしょう。そして、動きをとらえるときにもうひとつ大切な側面が、その動きが素早いか、ゆっくりかといった速さです。たとえ 1 メートル動いても、それが非常にゆっくりした動きであれば、私たちは気づかないかもしれません。たとえ 1 センチの動きであっても、目のまえで一瞬にして 1 センチ動けば、気づくことができるでしょう。そうした素早さ、あるいはゆっくりさをとらえるときに、時間という側面が立ち現れてきます。空間的変数に対して時間という変数です。
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 なんとも納得できる定義です。しかも、平田氏によると、紀元前 4 世紀の哲学者アリストテレスも同じようなことを言っていたそうです。時間がある理由のほかにも、身近すぎて意識すらしてこなかったことが色々この本には登場します。それらを読むたび、これまで考えてこなかったことに気づかされ、読書の楽しみを堪能できました。
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2022年05月20日

「心の監獄 選択の自由とは何か?」

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エディス・エヴァ・イーガー/エズメ・シュウォール・ウェイガンド (Edith Eva Eger/Esmé Schwall Weigand) 著
服部 由美 訳
パンローリング株式会社 出版

 著者は、16 歳でアウシュヴィッツ強制収容所に送られるという経験をした心理学博士です。そんなイーガー博士が『心の監獄』ということばで表現しているものが何なのか、興味を惹かれました。

 実際に読んで思ったのは、『心の監獄』は、誰にあってもおかしくないだけでなく、意外にもその監獄に自ら進んで閉じこめられている人が多いのではないか、誰にでももっと自由になる余地が残されているのではないかということです。

 たとえば、レッテルや役割も監獄になると著者は、書いています。『期待に、自分には果たすべき特定の役割や仕事があるという気持ちに閉じ込められること』は、誰にでもありそうです。わたしも、周囲からの期待に沿うことばかりに気をとられ、自身がどうしたいかを考えたり、その考えを誰かに伝えたりする努力をしてこなかったことに思い至りました。

 著者は、『人の子ども時代が終わるのは、誰かがイメージした自分の中で生きるようになったとき』だと書いています。その判断基準に従えば、わたしは小学校にあがる前後で子ども時代を終えたことになります。ただ、わたしの未熟さを考えると早すぎる終わりだったようです。だからそのあと、『いい子』でいることを強硬に拒絶した時期もありました。いま思うと、そうしたかったというより、『いい子』でいるための我慢を止めたくてもうまく止められなかっただけのような気もします。

 過去の自分をこれまでよりは理解できた気がします。
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2022年05月05日

「世界史は化学でできている」

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左巻 健男 著
ダイヤモンド社 出版

『化学』を広辞苑で引くと、『諸物質の構造・性質並びにこれら物質相互間の反応を研究する自然科学の一部門』とありました。この本では、その化学に着目して、世界がどう変わってきたか、歴史がどう作られてきたかが語られています。指摘されるまで思いが及ばなかった点や意外なつながりが書かれてあり、違う切り口で考えるおもしろさを実感できました。

 たとえば、指摘されて初めて気づけたのは、利器の材料で時代を分けたときの石器時代、青銅器時代、鉄器時代という並びです。金属の鉱石から金属を得る『製錬』という化学技術において、鉄鉱石から鉄を得るのには銅鉱石から銅を得るよりも高い温度が必要なだけでなく、得た鉄を加工するにもより高い技術が必要だったため、こういう発展を遂げたのです。わたしは歴史を『暗記』していたので、この事実に思い至らず、歴史を『理解』していればよかったと後悔しました。

 意外なつながりで特に気に入った話題は、次のふたつです。

 ひとつは磁器にまつわるエピソードです。中国の宋代 (960-1279) で白磁が最盛期を迎えたころ、ヨーロッパでは硬質磁器をつくることができず、輸入に頼っていました。しかも当時は、工業製品というより芸術作品のようなもので、同じものを注文しても、同じ形、同じ色にできる保証はありませんでした。

 しかし、イギリスのスタンフォードの陶工の家に生まれたジョサイア・ウェッジウッド (1730-1795) が初めて、伝統的な方法ではなく、化学的な陶器づくりに成功します。新しい釉薬や陶土の調合、焼くときの火加減などを克明に記録しながら実験を繰り返したのです。

 1760 年代のはじめに、発色が安定した、上質で完全に再生産可能な陶器づくりを完成させた彼の作品は、芸術性も高く、1766 年には王室御用達製品としての『クィーンズ・ウェア』の名が与えられます。そうして、大金持ちになった彼の死後、遺産の大部分は娘のスザンナ・ウェッジウッド・ダーウィンが相続しました。

 彼女の息子は、『進化論』を提唱したチャールズ・ダーウィンです。彼が『進化論』に至ることができたのは、祖父ジョサイア・ウェッジウッドが残した資産で研究生活に没頭できたから、そう考えると、化学的手法で成功したウェッジウッドが生物学史上の転換点に大きな影響を与えたと言えるかもしれません。

 もうひとつは、医薬品の開発のルーツは合成染料にあるというものです。産出が限られ、色の種類が少なく、質が不純で染めるのが面倒だった天然染料の代替として合成染料が開発されました。その染料工業を先導したのがドイツの化学工業 3 社、バーデン・アニリン & ソーダ製造所 (BASF。1865 年創業)、ヘキスト (1863 年創業)、バイエル (1863 年創業) です。

 各社創業から 20 年も経たない 1881 年当時、全世界の合成染料生産量のうち、これら 3 社が占める割合は半分に達していました。さらに、1900 年頃にはドイツは染料市場の 90% を占めるまでになりました。当然ながら、これら 3 社には莫大な利益がもたらされ、バイエルは、その合成染料 (合成アリザリン) で得た収益をもとに、将来性のありそうな化学製品 (薬) 開発へ転換することを目指します。

 そうして 1899 年、バイエルは『アスピリン』の販売へとこぎつけました。医薬品のなかでもっともよく使われている薬は、こうして世に出たわけです。染料を作った化学メーカーが薬を作っても不思議ではありませんが、『化学』の幅広さが実感できるエピソードだとわたしは思いました。
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2022年04月06日

「れいといちかとまほうのトンネル」

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加藤 伸二 作
倉田 ちよ 絵
スマーティブ 出版

 表紙に『プログラミング教育のエッセンスが詰まった絵本』とあります。プログラム実行環境を個人で用意するのが現実的ではなかった時代に生まれた身としては、絵本でプログラミングの基本要素を学ぶ時代になったのかと驚かされました。

 絵本のなかでは、「れい」と「いちか」のきょうだいが、裏山に冒険に出かけ、家に帰るまでが書かれています。(絵本の王道パターンである『行って帰る』物語です。)

 ふたりは、森のなかで様々な仕掛け (まほうのトンネル) に遭遇し、試行錯誤を繰り返しながら、それぞれの仕掛けの法則を見つけだします。どの仕掛けにもインとアウトがあり、全体がアルゴリズムに見立てられているように感じました。

 また、プログラムの 3 つの制御構造、『順次』(仕掛けを順番に試しています)『分岐』(ボタンを押すことによって、アウトプットが変わる仕掛けがあります)『繰り返し』(条件が満たされて初めて、アウトプットを得られる仕掛けがあります) の要素も盛り込まれていて、プログラムらしさも感じました。

 プログラミングに求められる要素を子供に伝えるための工夫が見てとれた気がします。
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