2021年06月01日

「Kiss Kiss」

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ロアルド・ダール (Roald Dahl) 著
Penguin 出版

 おとな向けのロアルド・ダール作品を読んだのはこれが初めてで、児童向け作品のイメージが強かったせいか、この短篇集に感じられる、ある種の怖さが意外に感じられました。背筋の凍る悪夢のような怖さとは違い、怖いけれども見たいという思いに囚われるような怖さです。物語の終わりに待ち受けているであろう、大きく深い落とし穴がどんなものか見てみたいと思わせられます。

 以下の 11 篇に共通するのは、結末に至るまでに、極端に非現実的なシチュエーションや表現しにくい違和感が満ちていて、恐れと可笑しみが隣り合わせに感じられることです。

- The Landlady
- William and Mary
- The Way Up To Heaven
- Parson's Pleasure
- Mrs Bixby and the Colonel's Coat
- Royal Jelly
- Georgy Porgy
- Genesis and Catastrophe
- Edward the Conqueror
- Pig
- The Champion of the World

「The Landlady」は、恐ろしい女主人の正体がわかった気がするのに青年の立場からそれを認めたくないという不気味さがあります。「William and Mary」や「The Way Up To Heaven」には、積年の怨みを晴らさんとする妻に恐ろしさを感じるだけでなく、時代背景を考えると妻の気持ちがわかると思った自分も怖くなりました。

「Parson's Pleasure」では、アンティークショップの主人が、アンティークではないと偽って、高価な家具を二束三文で買い取ろうとし、「Mrs Bixby and the Colonel's Coat」では、Bixby 夫人が自身のものとしてが身につけることができないものを夫を騙して堂々と手に入れようとします。いずれも、小賢しく驕った態度が陥る罠の恐ろしさを思い知らされます。

「Royal Jelly」は、養蜂家の父親が乳児にローヤルゼリーを飲ませた話です。食欲のない乳児を心配する母親とローヤルゼリーの価値を過大評価する父親のすれ違いは日常的な不協和音に見えますが、母親の不安が伝わってくるせいで、洗脳されたような父親と乳児の成長が不気味に感じられます。エンディングでは、一気に恐怖の底に落とされたような感覚に襲われました。

「Edward the Conqueror」は、自宅にふらりとやってきた猫が、19 世紀に活躍した作曲家フランツ・リストの生まれ変わりだと信じる妻の話です。彼女の逞しい想像力に、物語の結末が気になって仕方がなかったのですが、個性のかけらも見いだせない夫の対応を結末として見せられ、一気に現実に引き戻されました。

 非現実的な設定で始まるものの、一種の幸運が続く「Pig」は、若者がしたたかな大人たちに財産をむしり取られるあたりから雲行きが怪しくなり、結末では宮沢賢治の「注文の多い料理店」が思い出されました。

「The Champion of the World」は、悪事を働いたふたりにどんな結末が待ち受けているのかと恐る恐る読み進めたのに、意外なことに、悪事は滑稽なかたちで暴露されることになります。

 これらの作品で、まったく理解できなかったのが、「Georgy Porgy」と「Genesis and Catastrophe」です。「Georgy Porgy」では、当事者の視点と外からの視点の乖離が描かれているのですが、神経を病んだ人の妄想をどう受けとめていいのか、わたしにはわかりませんでした。

「Genesis and Catastrophe」では、世界的大惨事を引き起こした、実在の人物の生まれが描かれています。第四子として生まれた彼の母親は、それまでに三人の子たちを亡くしているために、その子も死んでしまうのではないかと極度の不安に襲われています。読者は、その母親の痛みに寄り添いながら読み進めるでしょうが、中盤になって、その子が誰なのか判明します。その場面で、作者がどういった反応を読者に期待していたのか、わたしにはわかりませんでした。読者に、どう反応していいかわからない嫌な気持ちにさせたかったのでしょうか。

 表紙に 'Unnerving bedtime stories, subtle, proficient, hair-raising and done to a turn' San Francisco Chronicle とあります。

 不安を煽る絶妙な匙加減ということでしょうか。心配性のきらいがあるわたしには、「Charlie and the Chocolate Factory」のような作品のほうが向いている気がしました。
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2021年01月10日

「The Testament」

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ジョン・グリシャム (John Grisham) 著
Dell 出版

 ジョン・グリシャムといえば、リーガル・サスペンスです。本作品では、30 人近い弁護士が登場しますが、要となる役割を担うのは、アルコール依存症から立ち直ろうとリハビリ施設で暮らす Nate O'Riley です。

 Nate が施設を出て、アルコール依存症から立ち直り、離婚した妻たちや別れて暮らす息子たち・娘たちとの関係を再構築しようと決め、新たなキャリアを手に入れるまでの再生物語が小説のひとつの軸となっています。もうひとつの軸は、タイトルにある The Testament (遺言) に関係する、両極端な生活を送る人々の群像劇です。

 遺言を残した Troy Phelan が有する財産は約 110 億ドルと桁外れな金額です。彼が 3 度結婚してもうけた 6 人の子どもたちが、その財産を当てにして真面目に働いたり学業に励んだりすることなく自堕落な生活を送っていたところ、Troy は、認知すらしなかった Rachel Lane に自らの財産を託し自死してしまいます。

 法定相続人である 6 人は、それまで Rachel の存在さえ知らず、思いもしなかった遺言の内容に腹を立てて遺言が無効だと申し立てるべく、金に群がる弁護士たちを総勢 22 人雇います。弁護士たちは、醜い駆け引きと策略の数々を繰り広げ、そのさまは、読んでいて驚くやら呆れるやらで、真実や正義などということばが吹っ飛ぶような展開ですが、リアリティに満ち満ちています。

 そのいっぽう Rachel は、ブラジルとボリビアの国境付近でキリスト教の布教に努めながらつましく暮らし、金銭とは無縁に生きています。大金を得る正当な権利を有するものの大金には何の興味も示さない Rachel と米国にいる法定相続人たちのギャップがあまりにも大きく、読んでいて、法定相続人の勝利は見たくないものの、Rachel が大金を受けとるとも思えず、結末が気になって一気に読み進めてしまいます。

 結末は思いもしなかったものですが、それまで描かれてきたそれぞれの人物像を裏切るものではなく、ハッピーエンドではなかったものの、不正がまかり通ったわけでもなく、世の中がこんな感じなら希望がもてると思いながら読み終えることができました。
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2019年06月13日

「Around the World in 80 Dates」

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Jennifer Cox (ジェニファー・コックス) 著
William Heinemann 出版

「80 日間世界一周 (原作はフランス語ですが、英語だと "Around the World in 80 Days")」から、本作の 80 という数字が生まれたのは間違いないと思うのですが、それでも 80 回のブラインドデートを目的に世界を一周するというのは、いくらなんでも無謀な試みではないかと読み始めたときは思いました。

 それが読み進めるにつれ、80 回のブラインドデートを敢行すると決めた Jennifer の考え方に納得したり、共感を覚えたりすることもあり、意外にも楽しく読み切れました。

 Jennifer にとってこの 80 回のブラインドデートの旅は、ソウルメイトを見つけるためのものです。でも、会うだけで相手がソウルメイトだとわかるのか、彼女は確信がもてませんでした。それで、The Science of Love and Passion というペーパーを書いた教授を 4 番目のデートの相手に選び、自分の考えを整理したり、その後その知識を活用したりします。

 多少情報武装しているところはありますが、基本的には自分の直感を信じて行動する Jennifer に共感できたのは、幅広く人の意見に耳を傾け、でも最後はきちんと自分で決め、周囲の人たちの気持ちをおもんばかり、自分を支えてくれる人たちに感謝し、自分で正しいと思えることを行動に移す彼女の生きる姿勢のようなものです。

 ロマンス小説に分類できますが、ソウルメイトを追い求める Jennifer の成長物語ともいえる作品です。結末は、その結末しかないと思えるような終わり方で、読後感が良かったと思います。
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2018年12月20日

「PS, I Love You」

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Cecelia Ahern 著
Hachette Books 出版

 Holly は、2 か月ほど前に夫を亡くしてばかりで何をする気力も起こりません。ある日、母からの電話で実家に自分宛ての小さな包みが届いていることを知ります。もう何週間も実家で預かられている包みを開けると、亡くなった夫 Gerry からの手紙と 10 通の封書が入っていました。彼は、これから毎月 1 通ずつ手紙を読み、そのとおり従うことを求めていました。

 その日から Holly は毎月 1 日になるのを待ちわび、その月名が記された封筒を開け、Gerry がいまもそばにいると感じながらそこに書かれたことを実現しようとベストを尽くします。

 この小説では、29 歳という若さで Gerry と死に別れた Holly が夫からの最後の手紙を読むまでの月日が描かれています。ちょっとした旅行はパーティはあっても、非日常的なことは何も起こりません。でも、これまでも経験した何かを繰り返すことは、Gerry がそばにいたころの暮らしを Holly に思い出させ、彼女の内面をより多く映す役割を果たしています。

 また、それぞれ個性が違う家族や友人がいきいきと話し行動し、それぞれの価値観で彼女に接し、寄り添い、ときにはぶつかりあうなかで、彼女は少しずつ前向きになっていきます。特に、長兄の Richard との関係性の変化は読みごたえがありました。ほかにも、舞台となっているアイルランドの hen party や ball を楽しむ若い女性たちを羨んだりしながら読むと、470 ページもそう長くは感じられませんでした。

 お決まりのハッピーエンドとは違う、ほんわり温かい終わり方も良かったと思います。
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2018年09月21日

「The Green Mile」

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Stephen King 著

 Stephen King の本は、著者名がタイトルの数倍大きく書かれているのが一般的です。それだけ、読者の期待を裏切らない作家だということなのでしょう。

 この作品もそうでした。最後の最後まで気になる謎が残り、それが明かされるまで読んでしまいました。もちろん、この作品の魅力は、伏線とその回収といった構成だけではありません。それぞれの登場人物を通して見える人生の現実に共感したり、学んだりする点が多くありました。

 この作品には、常識を超えた力をもつ人物が登場しますが、その非現実性を超える圧倒的なリアリティを感じました。誰も持たない能力を持つ人が活躍してハッピーエンドを迎えると、そんなことは起こりえないと根拠もなく思ってしまいますが、特殊な能力の代償があまりに大きいと、なぜか現実的に見えてしまいます。

 リアリティとは『割り切れないもの』と言い換えられるのかもしれません。表裏一体の関係にあるものごとの表側しか見ないのではなく、この小説の主人公が語るような裏側も描かれると、一気にリアリティが増すように思えました。

 そのリアリティのなかに人生の哲学を見た気がします。
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