2025年04月18日

「The Coffin Dancer」

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Jeffery Deaver 著
Simon & Schuster, Inc. 出版

 真相解明のプロセスでは、楽しめた部分とそうでもなかった部分の両方がありました。楽しめた部分は、犯人を追う側の主人公 Lincoln Rhyme が科学知識や経験をもとに些細な手がかりから犯人の意図を見抜き、行動を予測していくプロセスです。

 Coffin Dancer と呼ばれる殺し屋は、何年も犯行を重ねてきたにもかかわらず、警察はその本名も年齢も掴めずにいました。Coffin Dancer の最大の武器は、deception (欺き) です。相手を欺き、捜査を攪乱することによって、自らの足跡を消し去り、次の行動予測を不能にして、逃げ切ってきました。

 その殺し屋を追うのが Lincoln と彼の部下 Amelia Sachs です。Lincoln Rhyme には身体障害があり、事件現場に自ら赴くことができません。彼の代わりに証拠を見つけ、Lincoln の分析を助けるのが Amelia です。個性的なこのコンビは、Coffin Dancer が仕掛ける巧妙な罠に立ち向かっていきます。

 追う者がまんまと騙されたり、追われる者が真意を見抜かれたりといった攻防が続き、距離が徐々に縮まるプロセスは、読み応えがありました。Lincoln は、超能力者と見まがうほどの予見力を有するため、現実味に欠ける場面もあるものの、なかばファンタジーとして楽しめました。

 そのいっぽうで、大詰めに明かされる、いくつかのどんでん返しのなかには、それは余計だったのではないかと思うものもありました。意外な結末にインパクトがあるのは確かですが、あからさまなミスリードに少し落胆しました。

 ただ、そういった不満はあっても、2 日ほどの緊迫した追跡劇は全体的におもしろいと思います。周到な伏線、緻密な分析、捜査機関内部の駆け引き、最後に明かされる意外な黒幕など、楽しめる要素が揃っていた気がします。とりわけ、個性的な登場人物、灰汁の強い犯罪学者 Lincoln と独立心旺盛な Amelia の関係性、法廷の証人として保護された被害者遺族 Percey Clay と Lincoln との関係性など、人物描写としても興味深い場面が多くありました。結末では、恋愛感情が思った以上に色濃くあらわれ、犯罪だけでなく、ひとの感情の謎も解かれた気がします。
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2024年12月22日

「A Rumpole Christmas Stories」

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John Mortimer 著
Penguin Books 出版

 法廷弁護士の主人公 Horace Rumpole が迎えたクリスマスの数々が短篇になっています。収められているのは、次の 5 篇です。

ー Rumpole and Father Christmas
ー Rumpole's Slimmed-Down Christmas
ー Rumpole and the Boy
ー Rumpole and the Old Familiar Faces
ー Rumpole and the Christmas Break

 Rumpole は、妻のことを She Who Must Be Obeyed と呼ぶ恐妻家で、クリスマスも働きたい仕事中毒で、周囲からは頻繁に「Don't be rediculous」と、あしらわれ、ずんぐりとした体型の冴えない男のように描かれていますが、鋭い視点で事件を解決に導くこともあり、侮れません。

 鮮やかに解決した Rumpole に対して拍手を送りたくなる事件もありますが、法廷で Rumpole が活躍したように見えても、実は違ったという「Rumpole and the Boy」が一番好きです。"the Boy" は、Edmund という男の子で、個性の強い Rumpole を相手に対等に話せる、申し分のない登場人物です。その Edmund が裁判に関する書籍に Rumpole の名前を見つけ、その手腕に感じ入った様子を見せ、 Rumpole もまんざらでもない気分に浸ります。

 しかし、結末では、Rumpole が代理人をつとめた被告、Edmund の母親が放免されたのは、Rumpole の反対尋問が首尾よく運んだせいではなかったと明かされます。 Rumpole にとっては、ほろ苦い終わり方ですが、Edmund にとっては幸せの象徴のような場面で、印象に残りました。世の中の常識から外れても、幸せに生きる彼ら親子の姿に、あたたかい気持ちになりました。

 Rumpole が善き行ないをしたように見えて、実は利用されていたとわかる「Rumpole and the Old Familiar Faces」とは対照的です。

 ひとの善き面も悪しき面も、見た目では判断できないと言いたげなこの作家が生んだ、灰汁の強い Rumpole というキャラクターは、読んでいて飽きません。
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2024年11月18日

「Dreamcatcher」

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Stephen King 著
Pocket Books 出版

 物語は、過去と現在が交錯して進みます。過去のほうは、「スタンド・バイ・ミー」を思わせる、男の子たちの友情が軸になり、現在のほうは、映画の「エイリアン」を思わせる、SF ホラーが軸になっています。わたしは、地球外生命体と戦うタイプの小説が苦手なのですが、この作品に限っていえば、さまざまな謎に魅せられ、最後まで読んでしまいました。

 わたしにとって一番謎だったのは、タイトルになっている dreamcathcer です。重要な小道具として登場しますが、わたしは実物を見たことがありません。インターネット上のさまざまなサイトでその画像を見られますが、かたちは蜘蛛の巣に似ています。アメリカ先住民のあいだで、悪夢を消し去ってくれる魔除けとして知られていて、室内装飾品として吊り下げるようです。

 物語が進むなか、dreamcathcer は、繰り返し登場し、なにかを暗示あるいは象徴しているように、わたしには思えました。なにかを捉えるものに見えることもあれば、誰かと誰かをつなぐものに見えることもあれば、なにか、それも広い空間のようなものを包みこむものに見えることもあり、登場するたび、考えさせられました。ただ、最後に、それがなんなのか明かされても、わたしにはうまくイメージできず、残念でした。過去と現在が同時に存在する空間やそれを生み出す能力をわたしがうまく想像できないせいかもしれません。わかったような、わからないような中途半端な感覚に陥りました。

 ほかにも、登場人物の過去に関する謎がありました。おもな登場人物は、お互いを Jonesy、Henry、Beaver、Pete と呼びあう 30 代の男性 4 人で、子どものころからの親友です。おとなになって、それぞれ異なる道を歩んでいても、付き合いは続いています。彼らには、普通なら知りえないことがわかる能力があり、物語のなかでは『線が見える』と表現されています。その能力のルーツを辿ると、4 人組には、子どものころ近しかった友人がもうひとりいて、その 5 人めの仲間を通じて不思議な能力を授かったことが明かされます。Duddits と呼ばれる、5 人めの仲間にはどんな力があるのか、過去にひとを殺めたのはなぜかなど、疑問がいくつも浮かびました。

 あちこちに散りばめられた謎だけがこの作品の魅力というわけではありません。この 5 人の友情に共感し、自らの経験を思い起こすきっかけにもなりました。たとえば、Duddits と疎遠になってしまったことを悔いる場面、知性や判断力に秀でる友人に信頼を寄せる場面、Duddits と再会した Henry が 5 人で過ごした時間を振り返る場面など、そうしたいという理由だけで、ひとと一緒に時間を過ごしたころを思い出しました。

 以前読んだ作品に似ているような気がするものの、物語の展開がまったく読めず、つい最後まで読まされてしまったあたり、ベストセラー作家の実力なのかもしれません。
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2024年08月29日

「Hearts in Atlantis」

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Stephen King 著
Pocket Books 出版

 以下が収められた中短篇連作です。

(1) 1960 Low Men in Yellow Coats
(2) 1966 Hearts in Atlantis
(3) 1983 Blind Willie
(4) 1999 Why We're in Vietnam
(5) 1999 Heavenly Shades of Night Are Falling

 連作としての構成に意外性があったこと、さらに 40 年という長い月日にわたって描かれる、ひとの『気持ち』とか『思い』のようなものに共感できたことが、印象に残りました。

 これらのなかでもっとも長い作品 (1) の登場人物のその後が、続く 4 つの作品に描かれています。(1) の中心にいた Theodore (Ted) Brautigan と Robert (Bobby) Garfield のその後は、掌篇の (5) に短く描かれるだけで、3 つの短篇では Bobby のガールフレンド Carol Gerber や Bobby の親友 John Sullivan、Bobby とは友だちですらなかった Willie Shearman が描かれていて、Ted や Bobby のその後を期待しながら読み進めたわたしは、虚を衝かれました。

 (2) は、ベトナム戦争の時代です。正義だと信じる『思い』は、ひとの数だけあり、自らが信じた正義に向き合うことが難しいこともあり得ると痛感しました。(3) も (4) も過去を引きずっているひとたちの『気持ち』のやり場がないように思えました。

 ただ、ひとりの人間がほかのひとと出合い、別れ、ふたたび接点のできる場面の数々を読むと、ひととひとの結びつきは、一緒に過ごした時間の長さや互いが住む場所の距離にはかかわりなく、『思い』の強さで決まるのだと思いました。違う道を歩むことになり、会うこともないとわかっていても、自分にとって相手が大切なら、思い続けることに意味はある気がします。たとえば、Carol は、元恋人に送った手紙に、自分たちが行先の異なる別の列車に乗っているとしても、ふたりで過ごした時間を忘れることはないと書いています。そのことばには心から共感できました。

 また、Ted は、Green Mile に登場した John Coffey を思わせる、不思議な力をもっています。そんな Ted と Bobby のつながりは、ふたりで過ごした時間の短さや別れを選ばざるを得なかった事情とは関係なく、時間や空間を軽々と超え、Ted は、不思議な力で Bobby に大切なものを届けます。送った Ted の思いも、それを受けとった Bobby の気持ちも、わかった気がしました。

 この作家の、不思議な力そのものではなく、それを通してひとを描いた作品は、わたしにとって読み応えがあります。
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2024年08月01日

「Not a Penny More, Not a Penny Less」

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Jeffrey Archer 著
Pocket Books 出版

 読みたいと思う本が次から次へとあらわれるため、気に入った本でも再読することは、滅多にありません。でも、この本は、初めて完読した英語の本なので、また読んでみました。

 学生だった当時も今回も、詐欺被害者たちが詐欺師を 3 回も騙し、首尾よく大金を取り戻す姿に喝采を送りたくなったことも、結末に驚いていいのか溜息をついていいのか戸惑ったことも変わりはないのですが、変わったこともありました。

 実業家であり詐欺師でもある、Harvey Metcalfe が株式を使って仕掛けた詐欺のスキームを当時はあまり理解できなかったのですが、いまなら如何にシンプルな詐欺だったかよく理解できます。社会に出て、株式市場などの基礎知識が身についたせいでしょう。

 Harvey に大金を騙しとられ、それを取り返そうとする 4 人組、Stephen Bradley、Robin Oakley、Jean-Pierre Lamanns、David Kesler に対し、初読時は Harvey を緻密に調べあげ、チームを率いた Stephen に憧れつつ、David がチームのお荷物にならないかハラハラしましたが、今回は意外にも David に憧れを感じました。気力も体力も充実していたころなら、わたしも Stephen のようになれたかもしれないと思ういっぽう、David には絶対なれないと知ったからかもしれません。

 長い時を経て同じ本を読むと、何かを得られることもあるようです。今回の再読では、自らの変化を知ることができました。また、長い時が過ぎると、社会が大きく変わって、小説のちょっとしたモノやコトに違和感を感じることも多々あるいっぽう、ひとを欺いていても、自分は騙されないと信じる人間の愚かさのようなものは変わらず、すんなり受けいれられるのだと感じました。
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