2025年11月17日

「PASSAGE」

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Connie Willis 著
Bantam 出版

 読み終えて思ったことは、「長かった」と「意外だった」のふたつにほぼ集約されます。

 800 ページ弱のボリュームは、わたしにとってかなり長いほうですが、それでも最後まで読まされてしまったのは、キャラクター付けがリアルだったり、世の中の非情さを映していたり、感情移入できるだけの魅力が備わっていたからだと思います。

 話が長くなっている理由は数多くあります。同じ話を繰り返すひと、妄想に固執し、自分ひとりの世界に浸りきっていながら、周囲を会話に引きこむひとが多く登場するのもひとつの要素です。ただ、そういったひとたちはどこにでもいるため、つい自らの経験に照らしあわせて読んでしまいますが、実は一種の伏線だと最後に判明します。

 また、物語の舞台となっている病院が改築に改築を重ねたせいで構造が複雑化しているうえ、改装中で通り抜けられない箇所があったりして迷路化している描写も頻出し、話を長くしていますが、これも伏線です。

 さらに、核心に近い部分としては、タイタニック号沈没のような悲劇的なシーンが繰り返されることも、話を長くしていますが、重要な伏線となっています。そして、そんな悲劇に魅了されている登場人物 Maisie は、物語の鍵となる女の子だと最後のほうで判明します。

 読み終えてみると、繰り返される描写は、迷走していたわけではなく、伏線を印象づけるためだったのかという気がしました。

 意外だったのは、読み始めてすぐ、NDE (Near Death Experience)、いわゆる臨死体験がおもなテーマになっているとわかったにもかかわらず、最後まで惹きこまれてしまったことです。科学を信じ、神を信じられない、わたしのような者でも、リアリティを感じてしまう構図がとられています。死後の世界を盲信するひとたちと、脳内物質や脳神経を研究する科学者たちの対立が、双方の言い分を代弁するかたちになっています。

 何よりも意外だったのは、結末です。主人公 Joanna Lander の発見がどう結実したか、彼女の発見を周囲の友人たちがどう引き継いだかを知るだけでも読む価値はありました。読後感がよく、思わず本のボリュームを忘れてしまったほどです。SF を読んで、若いひとたち、特に子どもたちにこんなことが起こってくれれば……と、思うことは、わたしにとって珍しく、印象に残る作品でした。
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2025年07月09日

「Murder on the Orient Express」

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Agatha Christie 著
Pocket Books 出版

 長年にわたって読み継がれてきた作品には、やはり魅力があります。すでに読んだことがあって、犯人を言い当てるという、フーダニット最大の楽しみがなくとも再読してしまうくらい、わたしはこの作品が好きです。

 なにしろ、意外性がてんこ盛りです。殺人事件の犯人を見つけるといえば、犯人はひとりだと考えがちです。遺体発見時から、犯人がふたりではないかと仄めかされているものの、複数犯などという一般的な結末ではなく、被疑者たちからひとりだけ除外するという想像もしなかった展開には、いまでも斬新さを感じます。

 さらに想像しなかったのは、ハッピーエンドと受けとることもできる選択肢が殺人事件に用意されていることです。(探偵がすべての謎を解明し、犯人に罪を償わせるという流れになっていません。命をもって罪を償わさせられた結果、探偵が登場することになります。) 名の通った探偵、被害者が乗っていた列車の鉄道会社役員、検視を担当した医師がそろって出した結論が人間味に溢れています。緻密なトリックだけでなく、心の機微も丁寧に描かれています。

 また、登場人物の個性が見事に伝わってきて、人間観察を存分に楽しめます。特に、Mrs. Hubbard がふた言目には、「娘が」「娘が」という母親で、こういうタイプの女性はどこにでもいるのだと思っていたら、結末では豹変して驚かされます。

 ミステリーとしては短めなのに、これだけの要素が盛りこまれ、少ない量の食事で満腹になったときのような読後感があります。
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2025年04月18日

「The Coffin Dancer」

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Jeffery Deaver 著
Simon & Schuster, Inc. 出版

 真相解明のプロセスでは、楽しめた部分とそうでもなかった部分の両方がありました。楽しめた部分は、犯人を追う側の主人公 Lincoln Rhyme が科学知識や経験をもとに些細な手がかりから犯人の意図を見抜き、行動を予測していくプロセスです。

 Coffin Dancer と呼ばれる殺し屋は、何年も犯行を重ねてきたにもかかわらず、警察はその本名も年齢も掴めずにいました。Coffin Dancer の最大の武器は、deception (欺き) です。相手を欺き、捜査を攪乱することによって、自らの足跡を消し去り、次の行動予測を不能にして、逃げ切ってきました。

 その殺し屋を追うのが Lincoln と彼の部下 Amelia Sachs です。Lincoln Rhyme には身体障害があり、事件現場に自ら赴くことができません。彼の代わりに証拠を見つけ、Lincoln の分析を助けるのが Amelia です。個性的なこのコンビは、Coffin Dancer が仕掛ける巧妙な罠に立ち向かっていきます。

 追う者がまんまと騙されたり、追われる者が真意を見抜かれたりといった攻防が続き、距離が徐々に縮まるプロセスは、読み応えがありました。Lincoln は、超能力者と見まがうほどの予見力を有するため、現実味に欠ける場面もあるものの、なかばファンタジーとして楽しめました。

 そのいっぽうで、大詰めに明かされる、いくつかのどんでん返しのなかには、それは余計だったのではないかと思うものもありました。意外な結末にインパクトがあるのは確かですが、あからさまなミスリードに少し落胆しました。

 ただ、そういった不満はあっても、2 日ほどの緊迫した追跡劇は全体的におもしろいと思います。周到な伏線、緻密な分析、捜査機関内部の駆け引き、最後に明かされる意外な黒幕など、楽しめる要素が揃っていた気がします。とりわけ、個性的な登場人物、灰汁の強い犯罪学者 Lincoln と独立心旺盛な Amelia の関係性、法廷の証人として保護された被害者遺族 Percey Clay と Lincoln との関係性など、人物描写としても興味深い場面が多くありました。結末では、恋愛感情が思った以上に色濃くあらわれ、犯罪だけでなく、ひとの感情の謎も解かれた気がします。
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2024年12月22日

「A Rumpole Christmas Stories」

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John Mortimer 著
Penguin Books 出版

 法廷弁護士の主人公 Horace Rumpole が迎えたクリスマスの数々が短篇になっています。収められているのは、次の 5 篇です。

ー Rumpole and Father Christmas
ー Rumpole's Slimmed-Down Christmas
ー Rumpole and the Boy
ー Rumpole and the Old Familiar Faces
ー Rumpole and the Christmas Break

 Rumpole は、妻のことを She Who Must Be Obeyed と呼ぶ恐妻家で、クリスマスも働きたい仕事中毒で、周囲からは頻繁に「Don't be rediculous」と、あしらわれ、ずんぐりとした体型の冴えない男のように描かれていますが、鋭い視点で事件を解決に導くこともあり、侮れません。

 鮮やかに解決した Rumpole に対して拍手を送りたくなる事件もありますが、法廷で Rumpole が活躍したように見えても、実は違ったという「Rumpole and the Boy」が一番好きです。"the Boy" は、Edmund という男の子で、個性の強い Rumpole を相手に対等に話せる、申し分のない登場人物です。その Edmund が裁判に関する書籍に Rumpole の名前を見つけ、その手腕に感じ入った様子を見せ、 Rumpole もまんざらでもない気分に浸ります。

 しかし、結末では、Rumpole が代理人をつとめた被告、Edmund の母親が放免されたのは、Rumpole の反対尋問が首尾よく運んだせいではなかったと明かされます。 Rumpole にとっては、ほろ苦い終わり方ですが、Edmund にとっては幸せの象徴のような場面で、印象に残りました。世の中の常識から外れても、幸せに生きる彼ら親子の姿に、あたたかい気持ちになりました。

 Rumpole が善き行ないをしたように見えて、実は利用されていたとわかる「Rumpole and the Old Familiar Faces」とは対照的です。

 ひとの善き面も悪しき面も、見た目では判断できないと言いたげなこの作家が生んだ、灰汁の強い Rumpole というキャラクターは、読んでいて飽きません。
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2024年11月18日

「Dreamcatcher」

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Stephen King 著
Pocket Books 出版

 物語は、過去と現在が交錯して進みます。過去のほうは、「スタンド・バイ・ミー」を思わせる、男の子たちの友情が軸になり、現在のほうは、映画の「エイリアン」を思わせる、SF ホラーが軸になっています。わたしは、地球外生命体と戦うタイプの小説が苦手なのですが、この作品に限っていえば、さまざまな謎に魅せられ、最後まで読んでしまいました。

 わたしにとって一番謎だったのは、タイトルになっている dreamcathcer です。重要な小道具として登場しますが、わたしは実物を見たことがありません。インターネット上のさまざまなサイトでその画像を見られますが、かたちは蜘蛛の巣に似ています。アメリカ先住民のあいだで、悪夢を消し去ってくれる魔除けとして知られていて、室内装飾品として吊り下げるようです。

 物語が進むなか、dreamcathcer は、繰り返し登場し、なにかを暗示あるいは象徴しているように、わたしには思えました。なにかを捉えるものに見えることもあれば、誰かと誰かをつなぐものに見えることもあれば、なにか、それも広い空間のようなものを包みこむものに見えることもあり、登場するたび、考えさせられました。ただ、最後に、それがなんなのか明かされても、わたしにはうまくイメージできず、残念でした。過去と現在が同時に存在する空間やそれを生み出す能力をわたしがうまく想像できないせいかもしれません。わかったような、わからないような中途半端な感覚に陥りました。

 ほかにも、登場人物の過去に関する謎がありました。おもな登場人物は、お互いを Jonesy、Henry、Beaver、Pete と呼びあう 30 代の男性 4 人で、子どものころからの親友です。おとなになって、それぞれ異なる道を歩んでいても、付き合いは続いています。彼らには、普通なら知りえないことがわかる能力があり、物語のなかでは『線が見える』と表現されています。その能力のルーツを辿ると、4 人組には、子どものころ近しかった友人がもうひとりいて、その 5 人めの仲間を通じて不思議な能力を授かったことが明かされます。Duddits と呼ばれる、5 人めの仲間にはどんな力があるのか、過去にひとを殺めたのはなぜかなど、疑問がいくつも浮かびました。

 あちこちに散りばめられた謎だけがこの作品の魅力というわけではありません。この 5 人の友情に共感し、自らの経験を思い起こすきっかけにもなりました。たとえば、Duddits と疎遠になってしまったことを悔いる場面、知性や判断力に秀でる友人に信頼を寄せる場面、Duddits と再会した Henry が 5 人で過ごした時間を振り返る場面など、そうしたいという理由だけで、ひとと一緒に時間を過ごしたころを思い出しました。

 以前読んだ作品に似ているような気がするものの、物語の展開がまったく読めず、つい最後まで読まされてしまったあたり、ベストセラー作家の実力なのかもしれません。
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