2014年12月21日
「ゴースト・ヒーロー」
S・J・ローザン (S.J. Rozan) 著
長良 和美 訳
東京創元社 出版
いつものビルとリディアのコンビに、「永久に刻まれて」の「春の月見」で登場した、美術関係に詳しい探偵ジャックが加わって、いつもとは違う雰囲気で進行します。
ある美術作品を探すという調査依頼なので、ジャックは脇役というより、調査の方向性を決める判断力を備えたチームメンバーのように見えます。そのため、シリーズ11作目は、これまでの基本パターンが破られた印象を受けました。これまで長篇を10作読んできたわたしから見れば、読みなれたビルとリディアの活躍が少なくて残念です。
ただシリーズ作品は、マンネリズムに陥りやすいので、その観点からは評価できると思います。また今回は、歴史的事件を背景にしている点や国務省や総領事館の思惑が絡んでくる点から、かなり国際的な事件になっていて、ビルやリディアが扱う事件に広がりが見られた点も読み応えがありました。
これで当シリーズ作品をすべて読み尽くし、新作を待つ状態になりました。今後、ジャックがどう関わってくるのか、ビルとリディアの関係に進展はないのか、その2点が気になります。
2014年12月06日
「この声が届く先」
S・J・ローザン (S.J. Rozan) 著
長良 和美 訳
東京創元社 出版
ビルとリディアのシリーズ10作目は、ビルの視点で描かれていて、リディアはほとんど登場しません。というのも、リディアは誘拐監禁され、ビルがその居場所をつきとめる役目を担っているからです。
そしてビルの助っ人となるのは、「冬そして夜」にも登場して鍵となる情報を見つけだした、リディアの親戚ライナスと彼の女友達トレラです。ライナスは、IT分野に明るく、ハッカー仲間などの人脈も広く、Twitterを駆使するといったビルが思いつきもしない方法でリディアの捜索に協力します。
このシリーズでお馴染みとなったリディアとビルの捜査の運び、つまり見落としがないかを相棒同士でチェックしあう仕組みがない状態をライナスとトレラが補う方法が新鮮でした。そして緊迫する状況のなかで、癒し系としての存在が際立つライナスの飼い犬ウーフも、読者を和ませつつ、事件解決に貢献します。
シリーズも10作目となると新鮮味が薄れてくるので、こういう脇役の登場は、効果的だと思います。
2014年09月26日
「シャンハイ・ムーン」
S・J・ローザン (S.J. Rozan) 著
長良 和美 訳
東京創元社 出版
ビルとリディアのシリーズ第9弾は、リディア視点で進みます。前作の「冬そして夜」のあと、ビルがリディアと距離を置くようになり、何かあったときに頼る相棒不在のままリディアは、ジョエルというユダヤ系アメリカ人の探偵と一緒に仕事をすることに……。
ビルとリディアのシリーズ作品なのに、ビルが不在のままでどう展開するのかと思うのもつかの間、ジョエルは、自分たちが受けた案件が「どうもうさんくさい」と言いだし、事件が起こります。
敵も味方もわからない状況下で、複雑に絡みあう過去のできごとと現在の人間関係をひとつずつ解きほぐしていく羽目になったふたりの謎解きそのものもおもしろいのですが、その過去のできごと自体がよくできた物語になっています。ドイツがユダヤ人を迫害し、その同盟関係にあった日本が中国でユダヤ人を収容するための施設を管理していた時代の話なのですが、そういう時代に翻弄されながらも、家族を支えに生きた人々のそれぞれの想いが伝わってきます。
リディア視点の作品はいずれも多かれ少なかれ家族がテーマになっていますが、今回は国や人種を超えた家族の話だったので、中国人社会を描いたほかの作品に比べて共感できました。
2014年08月29日
「永久に刻まれて」
S・J・ローザン (S.J. Rozan) 著
長良 和美 訳
東京創元社 出版
「新生の街」や「どこよりも冷たいところ」と同じ探偵シリーズの短篇集です。短篇集でこのシリーズを読むのは2冊目ですが、以前に読んだ「夜の試写会」のほうがわたしの好みにあっていました。こちらは、(米国では出版されず)日本向けに編集されたそうです。
以下が収められています。
−永久に刻まれて
−千客万来の店
−舟を刻む
−少年の日
−かけがえのない存在
−チン・ヨンユン乗り出す
*
−春の月見
「春の月見」は、リディアとビルの探偵シリーズとは関係のない短篇で、「チン・ヨンユン乗り出す」は、リディアの母親が探偵役を務めるという変り種です。
娘のリディアが、結婚が遠のきそうな探偵という仕事をしていることにいつも苛立っている母親が「チン・ヨンユン乗り出す」では、何かと娘の言葉を引用しています。娘のプロフェッショナルな仕事を認めていない振りをしつつも、娘の活躍を内心では認めているあたり、読んでいるとほのぼのとあたたい気持ちになりました。
リディアやビルが登場する作品のなかでは、「かけがえのない存在」が、印象に残った作品です。かけがえのない存在であろうとすることの虚しさを感じつつも、その気持ちに共感する部分もあって、読んだあとに考えこんでしまいました。
2014年08月03日
「夜の試写会」
S・J・ローザン (S.J. Rozan) 著
長良 和美 訳
東京創元社 出版
「チャイナタウン」や「ピアノ・ソナタ」と同じ探偵シリーズの短篇集です。ビルとリディアが交互に視点を担うところは同じですが、依頼人らしい依頼人が登場しなかったり、依頼を受けても相棒が登場しなかったり、長篇とは違う構成も楽しめます。
以下が収められていますが、わたしが一番好きなのは、「ただ一度のチャンス」です。ビルが語り役になっている、アメリカらしさが感じられる作品のほうが、リディアの中国社会を描く作品よりもわたしの好みに合っています。
−夜の試写会
−熱き想い
−ペテン師ディランシー
−ただ一度のチャンス
−天の与えしもの
−人でなし
−虎の尾を踏む者
「ただ一度のチャンス」では、アメリカの格差が描かれています。教え子にプロ選手としての成功を掴んで欲しいと願う高校教師の想いが実らない切ない結末では、格差に敢然と立ち向かって成功を手にするには、個々の想いだけでは難しいという現実に直面させられます。読んでいてそこに割り切れなさを感じても、それでもやはりその社会の一部を切りとったこの作品に好感がもてました。