2015年09月10日

「ボビーZの気怠く優雅な人生」

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ドン・ウィンズロウ (Don Winslow) 著
東江 一紀 訳
角川書店 出版

 ドン・ウィンズロウの作品は何点か読んでいますが、これは、いままで読んだものとは毛色が違う気がします。あまりに都合が良すぎる偶然が重なったり、派手な撃ち合いが繰り広げられたり、小説なのに劇画を読んでいる雰囲気が味わえます。そうはいっても、人物描写などがやっぱり良くできていて、下手な劇画より楽しめます。

 タイトルのボビーZは、筋金入りのワルですが、この作品の主人公は、そのボビーZの身代わりになった男です。一面識もない人物の身代わりになるなど、そう簡単に事が運ぶわけがないのですが、あっさりと事は運んでしまいます。そしてボビーZが陥るべき窮地にあっさりと陥ってしまいます。しかも巧妙に仕組まれた罠に。

 かなり悲惨な状況設定ですが、悲壮感はなく、読んでいて楽しくなる展開です。都合が良すぎるとはいえ、派手なハッピーエンドも絵になっていました。

 ドン・ウィンズロウの作品は、それぞれ雰囲気が違っていて飽きないのですが、この劇画風もユーモアがスパイスのように効いていて、ほかとは違った味わいでした。

2015年09月01日

「フランキー・マシーンの冬」

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ドン・ウィンズロウ (Don Winslow) 著
東江 一紀 訳
角川書店 出版

 タイトルのフランキー・マシーンは、主人公フランク・マシアーノのニックネームです。機械のように正確な仕事をするという評判から、そう呼ばれるようになった男性です。60代になり、自身の体力的衰えを自覚しつつも、それに抗いながら、日々自ら決めたルールを守り、元妻とも娘ともガールフレンドとも円満にやっていこうとする彼の語り口は実に絶妙です。

 そして物語の展開も絶妙です。ややこだわりが強すぎる性格とはいえ、一緒に趣味を楽しむ仲間がいて、地域の人々からも愛され、娘が医者になるための学費を稼ごうと地道に仕事に励んでいるフランクの過去が徐々に明らかになるにつれ、次は主人公のどんな一面を見ることになるのかと惹きこまれてしまいます。フランキーの人物像があまりによくできていて思わず唸ってしまいました。

2015年08月31日

「カリフォルニアの炎」

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ドン・ウィンズロウ (Don Winslow) 著
東江 一紀 訳
角川書店 出版

 タイトルにある炎が、とても象徴的な存在に見えました。炎は、燃えひろがるための条件を備えた方向へと進み、途中にあるものすべてを取り込みながらも足るということを知りません。燃えるための条件が欠けてはじめて絶えます。

 欲望をもつ人間がいるところへと触手を伸ばし、それらを取り込みつつ、役立たずとなれば灰となって吐きだす大きな組織に取り込まれた人々と正義を盾に取り込まれまいと踏ん張る人々が描かれています。欲望を探しあて取り込むさまも、正義という盾が意外にも脆いところも、リアリティに溢れています。もちろん勧善懲悪などという綺麗ごとでは終わりません。不正に取り込まれても悪になりきれなかったり、正しいことを曲げられないと思っていても大切な人のために例外をつくってしまうあたりが、共感をもてました。

2015年07月27日

「犬の力」

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ドン・ウィンズロウ (Don Winslow) 著
東江 一紀 訳
角川書店 出版

 ニール・ケアリーを主人公とする探偵シリーズ(「砂漠で溺れるわけにはいかない」等)と同じ著者なのですが、趣がまったく異なります。深刻な状況をユーモアというオブラートに包むこともなく、息を詰めて成り行きを窺ってしまうような犯罪社会を描いています。主人公であるアート・ケラーは、麻薬を取り締まる捜査官として、狡猾かつ非情に麻薬や武器を商売にするバレーラ一家に戦いを挑みます。バレーラ一党は、政治家や警察官を抱きこんで思うままに操り、そして逃げ延び、双方にとってのひとつの結末を迎えるまでに三十年を要します。

 それだけのことを成すために、アートは部下を喪い、家族のもとを去り、孤独に耐えます。そしてその源となった力をこの作品では「犬の力」と呼んでいます。スケールの大きな作品ですし、アートやバレーラと関わりになったばかりに人生の歯車が狂った登場人物も数多く、それぞれが読み応えある描写なのですが、やはり息を詰めて読んでしまうので、ぐったりとしてしまいました。まさしく本を読んでいるあいだは別世界に行くことができる作品です。

2015年02月19日

「砂漠で溺れるわけにはいかない」

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ドン・ウィンズロウ (Don Winslow) 著
東江 一紀 訳
東京創元社 出版

 探偵のニール・ケアリーは、前作「ウォータースライドをのぼれ」で雇用主の朋友会を敵にまわしてクビになってしまいました。それなのに、またもや簡単という触れこみの仕事を朋友会から押しつけられてラスヴェガスへ行かされ、砂漠で溺れそうに……。それでこのタイトルです。

 このシリーズは、この5作目でシリーズ終了と言われています。惜しいことです。

 シリーズ作品を読んでいて、途中マンネリになってきたと感じることは多々ありますが、このシリーズでそう感じたことはまだありません。ニールが変化し成長していることや、舞台を転々としていることや、語り口のバリエーションが富んでいることなどが功を奏しているのでしょう。

 読み飽きるまで読みたいという気持ちのほかにも、お話としてニールのその後を知りたい気がします。なにしろ第3作で出会い第4作で一緒に暮らしていたカレンといったん結婚を決めたにも関わらず今作の終わりでお互い距離を置こうということになってしまったのですから。

 コミカルな掛け合いを楽しんできたこのシリーズをもう読めないのは残念です。