2024年04月13日

「データにのまれる経済学 薄れゆく理論信仰」

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前田 裕之 著
日本評論社 出版

 元新聞記者の著者が、経済学の三大トップジャーナルに発表された論文を中心に、理論よりも『統計的因果推論』や『ランダム化比較試験 (RCT)』などの分析が増えている点に注目し、経済学の潮流をまとめています。経済学の門外漢にもわかりやすい内容だと思います。

 いわゆる計量経済学の分野では、統計学の流派 (以下の図) に対応する、古典派、ベイジアン、ミネソタ不可知論派の 3 派が主だというジャック・ジョンストン (1923-2003) の考えを紹介しています。ただ、ジョンストンは、3 派のどれが生き残るかについては、明言を避けたそうですが、統計学の発展とともに経済学のデータ分析も変遷を遂げてきたことと『推測』の手段に惹かれた様子が窺えました。

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 そんな流れのなか、統計学を活用する際、帰納的なアプローチではなく、演繹的なアプローチをとるべきだという意見があることが紹介されています。つまり、データ分析は理論を実証するものであり、理論は実証されることを想定して完全を目指すという考え方です。

 そういった考え方とは違い、RCT 偏重の風潮もあるそうです。RCT は、治験で新薬と偽薬のグループの結果を比べるかのように介入群と対照群の結果を比べる分析手法で、経済学の研究において近年多用されていますが、懸念点も少なくないようです。因果関係の推定は、因果の定義を明確にするのが難しいだけでなく、さまざまなバイアスの影響も受けやすく、注意が必要のようです。(因果性は、以下の図のような分類が一例としてあげられています。)

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 確率モデルや因果モデルの構築がソフトウェアの活用などで手軽になると、因果推論が簡単に見えてしまうのか、論文発表そのものが目的になって、因果を突き詰めて考えづらくなるのか、理論ありきのデータ分析ではなく、『RCT ありき』といった風潮が見受けられるようです。

 データ分析が隆盛を極めるなか、政策評価への応用が期待されていますが、欧米に比べると日本ではあまり EBPM (Evidence Based Policy Making:証拠にもとづく政策立案) は浸透していないようです。EBPM は、政策介入が政策目標の達成にどのようにつながるのか、『ロジックモデル』と呼ばれる論理構造をもち、政策介入と政策結果が定義・数値化され、政策介入があったときとなかったときの結果を比較するものです。

 効果があったというエビデンスをもとに政策を立案するため、導入すべきように見えますが、実際はそんなに簡単な話ではないようです。いくつか理由があげられていますが、わたしがもっとも納得したのは、分析のもととなるデータが蓄積されていなかったり、使える状態になかったりする点です。データが集計ベースであったり、時系列で追えないようになっていたり、研究者に公開されていなかったりするようです。データ蓄積についても時代とともにトレンドが変わってきましたが、日本の場合、IT システムの遅れが分析の遅れにつながっているように見受けられました。

 データ分析が万能ではないということを再認識すると同時に、データや分析手法を有効に使えるよう、データの価値などを広く知らしめることも必要ではないかと思いました。

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2024年02月21日

「資本主義の次に来る世界」

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ジェイソン・ヒッケル (Jason Hickel) 著
野中 香方子 訳
東洋経済新報社 出版

 わたしたちは、正常性バイアスにとらわれがちですし、グリーン成長は可能だと思いがちです。しかし『グリーン成長は存在しない。実験も経験もグリーン成長を支持しない』と、著者は断定しています。

『グリーン』の定義はあいまいですが、著者のことばを借りれば、地球のシステムを維持するために『気候変動、生物多様性の喪失、海洋酸性化、土地利用の変化、窒素・リンによる負荷、淡水利用、大気エアロゾルによる負荷、化学物質による汚染、オゾン層の破壊』のプロセスをコントロールし続けることと言い換えてもいいと思います。

 最近は『地球沸騰化』ということばが頻繁に聞かれ、温暖化ばかりに目がいきがちですが、わたしたち人類が生きられる地球環境を維持するためには、最低限これだけの限界値を超えないようにする必要があるそうです。

 そのグリーンと成長を両方手に入れられないのであれば、どうすべきなのでしょうか。著者は、『脱成長』が必要だと説いています。『脱成長』とは、『経済と生物界とのバランスを取り戻すために、安全・公正・公平な方法で、エネルギーと資源の過剰消費を削減すること』です。

 しかも、『経済を成長させないまま、貧困を終わらせ、人々をより幸福にし、すべての人に良い生活を保障できる』とも言っています。つまり、貧しい人たちも豊かになるために成長が必要なのではなく、経済成長がなくとも、幸福になれるといっているのです。

 しかし、問題は、大多数の人がより幸福になるとしても、すべての人がより幸福になるわけではない点です。なぜなら、著者は、『不平等を是正し、公共財に投資し、所得と機会をより公平に分配すればよい』のだと語っています。

 所得格差が拡大を続けていることは、誰もが知っています。また、富裕層が政治家を当選させられることも、当選させてもらった政治家が富裕層のための政策や立法に邁進しがちなことも、その結果として、富裕層がさらに富むよう所得が分配される傾向も、誰もが知っています。

 その富裕層の所得が平等に分配されて、彼らは黙っているのでしょうか。 たとえば、『1965 年には、CEO の収入は普通の労働者の約 20 倍』でしたが、『現在では平均で 300 倍以上になって』いますが、CEO たちは、収入が 15 分の 1 以下になることを黙って見ているのでしょうか。

 そのことに対する答えは、この本にはありません。脱成長という理想の姿を描くことはできても、そのロードマップを提示することは、残念ながらできていないのです。たとえば、この本に紹介されているパラドックスのようなことは起こらないのでしょうか。

『ジェヴォンズのパラドックス』は、エネルギーや資源をより効率的に利用する方法が開発されると、総消費量が減ると考えがちですが、実際は一時的な減少を経てリバウンドすることを指しています。企業が貯まった資金を再投資して、より多く生産するために起こる現象です。同様に、所得が平等に分配されるとなれば、公共財に投資するのに必要な所得を維持できないほどに総所得が減少する可能性はないのでしょうか。

 グリーン成長がないという著者の考えは理解できても、その先の解決策については、いささか疑問を感じました。
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2023年10月19日

「BNPL 後払い決済の最前線」

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安留 義孝 著
金融財政事情研究会 出版

 BNPL (後払い決済) サービスが広く紹介されているうえ、比較的新しい数字を見ることができ、参考になりました。また、わたしが自ら住む国の状況さえ、正しく認識できていなかったことにも気づかされました。

 ここでの BNPL は、リアルタイムで取引を審査する後払い決済を指しています。日本で広く使われている後払い、クレジットカードとの違いは、年収や勤務先などの個人の属性データではなく、個々の取引をもとに与信する点です。

 この定義にしたがって考えると、自らの経験を忘れていたことに気づかされました。NP 後払いです。サービスを提供するネットプロテクションズは、2000 年設立の企業です。初めて利用する EC サイトから商品が間違いなく届くか不安なときなど、利用していたことを思い出しました。本書によると、2022 年 3 月までに、年間流通金額 3,400 億円、導入企業 7 万社以上、年間ユニークユーザー数は 1,500 万人超まで成長したそうです。

 しかし、そういったサービスがあっても、日本は『クレジットカード保有率や利用率が高く、既に様々な「後払い」も普及しているため、海外のように爆発的な BNPL の流行が到来するとは考えにくい』と、著者は述べています。ただわたしは、日本の雇用形態や人口動態の変化を考えると、長期的に見て、日本の状況も変わっていく可能性があると感じました。

 そう感じた事例がいくつかあります。たとえば、米国で 2019 年に設立された PayZen は、医療費に特化した BNPL です。PayZen の導入により、医療費の回収率が 23% 向上した医療機関もあるそうです。少子高齢化がどこよりも速く進む日本で、いまの健康保険制度が維持できるはずもなく、手元資金がなくとも治療を受けられる道を用意する必要がでてくるかもしれません。

 そのほか、インバウンド需要に関係する事例もありました。シンガポールの Pace や Atom は、日本を含むアジアで広く事業を展開しています。ユーザーは、母国で使っているアプリのまま、旅先の日本でも支払いをすることができます。日本にある店舗がこれらのサービスの加盟店になるメリットは充分にあるように見えます。

 国内では、メルカリのグループ会社であるメルペイのメルペイスマート払いが興味深い事例に思えました。与信審査に利用しているのは、メルカリで収集した履歴データです。アカウント作成からの期間、利用規約の遵守度合、メッセージへの返信や評価までの所要日数などの取引状況などを活用しているそうです。つまり、クレジットカードよりも回収率を高められるような優良顧客を見極められるデータをもつ企業が BNPL にビジネスチャンスを見いだすようなことがあるかもしれません。

 新たなサービスが生まれる余地がまだまだありそうな金融への興味がさらに湧きました。
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2023年09月30日

「教養としての「金利」」

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田渕 直也 著
日本実業出版社 出版

『金利』といえば、銀行の普通・定期預金の利息を思い浮かべ、知っている気がしていましたが、あらためてその理屈を知ると、さまざまな金融商品に影響を与える数字だけに興味深く、金融システムについてもっと知りたくなりました。

 この本の冒頭に紹介されているイギリスのエピソードが金利のコントロールがいかに重要かを物語っています。イギリスは、1688 年の名誉革命以降、オランダの支援を得て金融システムや財政制度を近代化しました。具体的には、議会が政治的主権を握ったことにより、徴税権を裏付けに国債を発行するようになり、その債務をきちんと履行するようになりました。いっぽう、スペインやフランスは王政だったため、変わらず借金を踏み倒していました。

 その結果、イギリスの支払う金利は徐々に下がり続け、他国との金利差が広がり、資金調達力に差ができたというのです。著者は、『イギリスが世界屈指の海軍力を整備できたのも、大国フランスに対抗し続けることができたのも、最終的に起きたナポレオンとの苦しい戦争を戦い抜けたのも、この資金調達力があったればこそ』と書いています。金利は、リスクの数値化とも言えるエピソードだと思います。

 日本でもインフレが話題になるという久方ぶりの状況にあるいま、わたしが興味を惹かれたのは、ブレークイーブン・インフレ率 (BEI:Break Even Inflation rate) です。計算するには、(普通の) 10 年利付債の利回りから、同じ 10 年ものの物価連動国債の利回りを引きます。(名目金利から実質金利を引くと、インフレ率になるというわけです。) 利回りの計算には国債の流通価格が用いられるため、債券市場の参加者の予想が反映されている、つまり BEI は市場参加者によるインフレ率予測になるという理屈です。

 興味深いのは、債券市場の参加者全体の予想というのは、かなり正確だと著者が説明している点です。理由として、『債券は、株式に比べて価格がそれほど動かず、金融政策の将来予測などから適正な利回りを計算しやすいので、市場全体が楽観的になりすぎてバブル化するといったことが比較的起きにくい』点があげられています。

 債券市場参加者の予測能力がきわめて高いと知って気になるのが、ことし米債で見られた逆イールドカーブです。短期金利が長期金利を上回る逆イールドカーブは、景気後退の強いサインとされているそうです。つまり、市場は今後景気が後退し、長期金利が下がると見ているというわけです。

 このイールドカーブから読み取れることはいろいろあり、おもだった動きには、次のような名前がつけられているそうです。イールドカーブを今後もっと見るようにして、金利や景気の行方を知ることができるようになりたいと思いました。

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2023年08月17日

「ファイナンス理論全史」

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田渕 直也 著
ダイヤモンド社 出版

 有名な「ウォール街のランダム・ウォーカー」を一度は読んでおきたいと思ったものの、挫折してしまったので、この本で最低限の知識を得られないかと読んでみました。1900 年にルイ・バシュリエが『投機の理論』で提唱したランダムウォーク理論をはじめ、効果的市場仮説、ブラック=ショールズ・モデル、CAPM (Capital Asset Pricing Model:資本資産評価モデル)、ポートフォリオ理論、VaR (Value at Risk)、行動ファイナンス (心理バイアス) などが逸話を交えながら紹介されています。

 わたしは、金融には疎いのですが、VaR のソリューションを担当していたので、VaR の歴史については興味深く読めました。ナシーム・ニコラス・タレブが書いた「ブラック・スワン」(2007 年) で VaR が批判されていたことは覚えていますが、それ以前の 2003 年に VaR ショックがあったことは知りませんでした。

 VaR ショックとは、VaR によるリスク管理を徹底していた銀行が多かったせいで、日本国債の利回りが突然急騰したできごとです。利回りと価格の関係が明確な国債のなかでも日本のは利回りの変動が相対的に少ないので、いったん利回り/価格が想定より大きく動くと、VaR 値の上昇→銀行による国債売却→VaR 値の上昇というスパイラルに入ってしまい、価格下落 (利回り上昇) が続き、VaR ショックに至ったようです。

 そもそもこの VaR が広く使われるきっかけとなったのは、1992 年に JP モルガンが『リスクメトリクス』という名で VaR の計算仕様を公開したことにあるそうです。同社のトップにデニス・ウェザーストーンが就いたとき、「毎日夕方 4 時 15 分までに当日のリスクの状況を数値化してレポートする」ことを求め、その解決策として、『VaR (予想最大損失額)』が使われたのが始まりだったようです。

 ウェザーストーンは、「金融ビジネスの本質はリスク管理にある」と言ったそうです。そして、そのリスク管理を容易にするため、ソリューションベンダーは VaR のようなソリューションをリリースしました。しかし、人が補助ツールとしてソリューションを使うのではなく、VaR 値にもとづくルールに従った結果、VaR ショックが起きたとすれば、意思決定を支援するために開発されたソリューションが、ビジネスを阻害してしまったようなものなので、残念に感じました。

 もうひとつ、著者が『米国における産学の密接でダイナミックな関係』と評する点、『金融機関は理論家を採用して、その知見をトレーディング手法の開発やリスク管理に取り入れていく。一方の理論家も、現実の市場の中で働くことで新たなものを見出すようになる。それが、米国における金融イノベーションを推し進める大きな原動力の一つとなったことは間違いないだろう』という意見は、薄々わたしも感じてきたことなので、頷けました。

 広く浅く比較的客観的にまとめられた良書のおかげで、ランダムウォーク理論の位置づけも理解できた気がします。
posted by 作楽 at 21:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 和書(経済・金融・会計) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする