2025年08月11日

「イングランド銀行公式 経済がよくわかる 10 章」

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イングランド銀行 著
村井 章子 訳
すばる舎 出版

 この本は、イングランド銀行のエコノミスト、ルパル・パテル (Rupal Patel) とジャック・ミーニング (Jack Meaning) が書いたものですが、書いた理由は、暮らしをよりよいものにできる経済学を理解できていないひとが多いのは問題だと思ったからだそうです。

 わたしも、経済学が自身にどうかかわるのか、まったく理解していませんでした。興味をもったきっかけは、行動経済学です。ひとは、合理的に行動するとは限らないという研究結果に心底納得でき、経済学の入門書を読むようになりました。

 この本のなかにも、心底納得できた考え方が、いくつかありました。ひとつは、ノーベル経済学賞を受賞したニューヨーク大学のマイケル・スペンスの理論、『教育そのものが限界生産力ひいては賃金を押し上げるわけではない』というものです。『教育というものは誰に高い価値があって誰がそうでないかを雇用者に伝えるシグナルの役を果たすに過ぎない』というのです。つまり、『最も有能な学生の好成績は高度な教育を反映しているのではなくて、もともと知能が高かったことを表して』いるわけです。

 ほかにも、景気が下り坂であることを示す最も正確な短期的指標のひとつは「R 指数」(『ニューヨーク・タイムズ紙やワシントン・ポスト紙で「景気後退 (recession)」という言葉が使われた記事の数』)だという事実にも納得できました。著者は、R 指数の精度の高さに対し、『危機というものが自己実現的な性格を備えていることの表れかもしれない。大勢の人が心配し始め、景気について話したり書いたりするほど、景気は悪くなっていく』と書いています。不安というものは、客観的かつ合理的な根拠で完全に払拭できるものではない気がします。だから、一般消費者の心理が景気に影響を与えるのではないでしょうか。つまり、わたしたちは、気づかずに景気を左右しているのかもしれません。

 一般消費者がどう反応するか、わたしがいま気になっているのは、通貨です。この本のなかでも解説されていますが、わたしたちが『お金』と考えるものは、一般的に銀行券ですが、それ以外にも通貨には準備預金と預金通貨があります。預金通貨とは、銀行の口座残高に記載されて作られる通貨で、銀行が住宅ローンを貸し出したときなどに創造されます。この本によれば、預金通貨は、通貨供給量の 79%、一般のひとが使う通貨の 96% を占めるそうです。国でも、中央銀行でもない、民間の銀行が創造した通貨をわたしたちは信用して暮らしているわけです。ただ、そのことを自覚していないひとも多いと思います。わたしも経済入門書を読むまで知りませんでした。

 ただ、わたしはテクノロジーには興味があって、CBDC (中央銀行デジタル通貨) にも関心があります。著者がそれに対し、『現時点ではわからない』といっているので、少しわくわくしました。現在わたしたちは、民間銀行が創造した通貨を使っていますが、CBDC が導入されれば、国家が直接裏付ける通貨を使うことになります。そのとき、もし国民に選択肢が与えられれば、国民はどちらを選ぶのでしょうか。民間銀行は、どうなるのでしょうか。デジタル通貨を扱うプラットフォームはどのように構築されるのでしょうか。

 いろいろ考えると、もっと経済について知りたくなります。そして、この本は、平易なことばで身近なことがわかりやすく、ユーモアを交えて説明されていて、経済を学ぶ入口として優れていると思いました。
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2025年07月24日

「60 歳からの知っておくべき経済学」

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橋 洋一 著
扶桑社 出版

 共感できましたし、難しいことがわかりやすく説明されているとも思いました。前者については、たとえば、『持ち家は賃貸よりもリスクが高いから』、土地などの『資産もないのに、なぜわざわざ高いお金を出してまで家をもとうとするのか』と、著者が問うている点などに頷いてしまいました。また、官僚が国民の利益のためではなく自らの仕事を大きく見せるために働いていると感じているあたりも、頷けました。

 たとえば、消費が伸びないとき、減税すれば経済効果が期待できると思われても、滅多に減税されません。その理由は、減税よりも、手間がかかって政策コストの嵩む補助金のほうが財務省の好みに合うからだと著者はいいます。『補助金は税を集めて配るため、官僚、とりわけ財務官僚の存在感が大きくなる』いっぽう、『減税は税を集めないため、官僚からすると中抜きされるかたちになる』というわけです。著者は、減税と補助金の割合につき、『先進各国での各種政策における補助金と減税の比率を調べてみた』そうで、その結果、日本以外の先進国の補助金割合は 5 割以下で、日本は 8 割だったと明かしています。

 著者のわかりやすい説明のなかで印象に残っているのは、マンデル=フレミングモデルです。これは、財政政策だけでは、経済効果は望めないと証明したものです。

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 縦軸が金利、横軸が GDP になっている上のチャートに出てくる「MP 曲線」の MP は「金融政策 (Monetary Policy)」で、経済が過熱するとインフレが起こり、その抑制のために金利が上がるために右上がりの線になっています。「BP 曲線」の BP は、「国際収支統計 (Balance of Payments)」で、国際収支が均衡している状態の国民所得と利子率の組み合わせを示します。世界の金利に国内の金利が収束するため、ほぼ水平になります。「IS 曲線」の IS は「投資 (Investiment) と貯蓄 (Saving)」で、金利が高いほど投資が減って GDP が縮小するため、右下がりの線になっています。これら 3 つの線が交わる点の下がそのときの GDP、左が金利になります。(1) 財政政策のみ実施した場合、(2) 金融政策のみ実施した場合、(3) 両方実施した場合が説明されていました。

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 財政政策を実施すると、投資が増えた結果、IS 曲線が少し右にずれ、MP 曲線との交点が右上の@に移動します。すると、GDP が上昇すると同時に金利も上昇します。金利の上昇は、円高を招き、輸出産業が影響を受け、投資が減少して、IS 曲線が左にずれ、Aまで戻ってしまいます。つまり、財政政策だけでは、GDP は増えません。

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 次に金融政策のみ実施した場合、金利が下げられて MP 曲線が右にずれ、交点が@に移動後、投資が増えて IS 曲線が右にずれるため、下げた金利が上がってしまい、交点がAまで動きますが、GDP の上昇は残ります。

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 金融政策と財政政策を組み合わせて実施した場合、まず金融政策を実施するので、上記同様、交点がAまで動きます。その後、財政政策も実施されると、投資が増えて IS 曲線が右にずれて交点がBまで動きます。この図の例では、さらにそこで金融政策を実施して金利を下げ、さらに MP 曲線が右にずれ、交点がCまで移動することになります。

 たとえば、金利が上昇すると投資の抑制につながるなどの一般論と、この図さえあれば、経済効果に対する、金融政策と財政政策の影響度合いが理解できます。この本のタイトル、60 歳以上という年齢にかかわらず、すべての国民が知っておくべき知識だと思います。なぜ、このようなタイトルになっているかわかりませんが、良書だと思います。
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2025年03月29日

「コンサルタントが毎日見ている経済データ30」

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小宮 一慶 著
日経BP 日本経済新聞出版 出版

 わたしにとっては、学ぶ点が多い本でした。まず、巻末に『主な経済指標一覧』が掲載されていて、とても便利です。次に、長年日経電子版を購読しながら、便利な『経済指標ダッシュボード』を知らずにいたので、その存在を知るきっかけになりました。最後に、著者の説明がわかりやすく、世の中の流れを推測できる見方を学ぶことができました。

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 上記の『主な経済指標一覧』は、全部で 58 です。日本と米国の指標が多いのは当然ですが、意外だったのは、中国の指標が少なかったことです。内訳は、日本 41、米国 14、ヨーロッパ 2、中国 1 です。中国で唯一選ばれたのは、中国・国家統計局発表の消費者物価指数です。

 著者の解説で印象深かった点は、4 点あります。ひとつは、なんといっても、マネタリーベースです。『異次元緩和』といわれながら、どのくらい異次元なのか、わたしは全然理解できていませんでした。ここには、『日銀が大量に国債を購入する「黒田バズーカ」は 3 度実施され、マネタリーベースは 10 年で約 5 倍の水準に達しました。日銀当座預金残高は、異次元緩和スタート当時は約 60 兆円でしたが、約 570 兆円 (2024 年 4 月 25 日時点) まで増加。マネタリーベースは約 700 兆円 (同) まで膨らみました。このような異常な状態になるまで、政府はまさに日銀を "使い切った" のです』と書かれてあります。

 次は、日本の国力の低下に関する著者の解説です。『有事の円買い』といわれた円も、いまやその立場を失ったようです。『規模は異なりますが、2009 年 10 月に起こったギリシャ危機では 1 ドル=80 円前後まで円高が進みました。ところが、シリコンバレーバンクに端を発した米国の金融危機の兆しが見えたときは、円高は 1 ドル=130 円台までしか進みませんでした。これが、2009 年から 2023 年の 14 年間における日本経済の実力の低下だと私は懸念しています。円安の理由は、ひとえに日本の国力が落ちた結果だといえるでしょう』と、書かれてあります。この先、まだまだ円安は進みそうです。

 3 番目は、貯蓄率です。米国の貯蓄率は、新型コロナのパンデミック時は、30% 前後と高い数字を記録しましたが、ポストコロナといわれる時期になると、3%〜4% で推移しています。わたしは、もう少し高いと思っていたので、意外でしたが、驚いたのは日本の貯蓄率です。米国が 30% 前後だった時期でも 10% 前後で、ポストコロナでは、0% 前後です。理由は、貯蓄を取り崩して暮らしている高齢者の割合が増え、勤労世帯の貯蓄と相殺されて、0% 前後になるようです。

 最後は、景気の先行きを知りたいときは、不要不急の消費を見るべきだという助言です。具体的には、『旅行取扱状況』や『全国百貨店売上高』などです。言われてみるとそのとおりなのですが、先行きに不安を感じると、旅行や非日常的な支出がまず減らされます。どういったデータをどう見ればいいのか、参考になりました。
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2024年09月24日

「なぜ男女の賃金に格差があるのか:女性の生き方の経済学」

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クラウディア・ゴールディン (Claudia Goldin) 著
鹿田 昌美 訳
慶應義塾大学出版会 出版

 2023 年、にノーベル経済学賞を受賞した著者が、男女の賃金に格差がある理由を明らかにしています。

 著者はまず、高等教育を受けた女性がどのように働いてきたか、データをもとに解説しています。驚くべきは、その期間が過去 100 年以上にわたっていることです。標本数が少ない調査も含まれますが、それでも実施された調査を丁寧に解析したことが窺えます。1961 年のある調査結果に対し、『宝の山』を再発見したと著者が評しているのも納得できる内容です。

 さらに驚いたのは、大学卒業後の女性が世代によって、5 つのグループにきれいに分かれている点です。古いほうから、@家庭かキャリアか、A仕事のあとに家庭、B家庭のあとに仕事、Cキャリアのあとに家庭、Dキャリアも家庭も、と女性のキャリアにかかわる選択が遷移してきました。著者は、それを次のようにまとめ、それぞれの年代がそう選択した (できた) 理由を紐解きました。
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 その過程において、数々の法律が施行・改正されたり、著者が『静かな革命』と呼ぶ変化が起こったり、医学研究が進んだり、女性もキャリアをもつことができる環境が徐々に整ってきました。しかし、それでも、男女の賃金格差がじゅうぶんに小さくなったわけではありませんでした。

 次に著者は、その格差は、チャイルド・ペナルティだったと明らかにしました。子どもがいなければ、賃金格差と呼ぶのが適切か少し迷うほど差は小さくなるのが、次のグラフからわかります。
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 また、仕事の種類による格差の大小も明らかにしています。つまり、男性が選ぶ職業と女性が選ぶ職業に偏りがあることが格差を生んでいるわけではありません。
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 仕事の内容として、(1) 他者との接触が多い、(2) 意思決定の頻度が高い、(3) タイムプレッシャーが高い、(4) 構造化されていない仕事が多い、(5) 対人関係の構築と維持が求められることが多い、(6) 競争の度合いが強い、といった条件が揃っている場合、時間あたりの単価が高くなります。しかし、子どもをもつと、両親ともこういった仕事に就くことは難しくなり、女性のほうが時間の制約の少ない仕事を引き受ける傾向にあり、それが賃金格差となって数字にあらわれています。

 ただ、難しいのは、ここで明らかにされたのは、過去のことだということです。本書で現在と捉えられている時間もすでに過去になり、社会が変化するスピードは、さらに速くなっています。(1) から(6) の条件を満たさない仕事が増えていく可能性もあります。それでも、将来キャリアを構築したいと考える女子高生には、進路を決める前に読んでほしいと思う本です。どういった要素がどう賃金格差に影響を与えるのか理解するのは無駄ではないはずです。
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2024年04月13日

「データにのまれる経済学 薄れゆく理論信仰」

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前田 裕之 著
日本評論社 出版

 元新聞記者の著者が、経済学の三大トップジャーナルに発表された論文を中心に、理論よりも『統計的因果推論』や『ランダム化比較試験 (RCT)』などの分析が増えている点に注目し、経済学の潮流をまとめています。経済学の門外漢にもわかりやすい内容だと思います。

 いわゆる計量経済学の分野では、統計学の流派 (以下の図) に対応する、古典派、ベイジアン、ミネソタ不可知論派の 3 派が主だというジャック・ジョンストン (1923-2003) の考えを紹介しています。ただ、ジョンストンは、3 派のどれが生き残るかについては、明言を避けたそうですが、統計学の発展とともに経済学のデータ分析も変遷を遂げてきたことと『推測』の手段に惹かれた様子が窺えました。

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 そんな流れのなか、統計学を活用する際、帰納的なアプローチではなく、演繹的なアプローチをとるべきだという意見があることが紹介されています。つまり、データ分析は理論を実証するものであり、理論は実証されることを想定して完全を目指すという考え方です。

 そういった考え方とは違い、RCT 偏重の風潮もあるそうです。RCT は、治験で新薬と偽薬のグループの結果を比べるかのように介入群と対照群の結果を比べる分析手法で、経済学の研究において近年多用されていますが、懸念点も少なくないようです。因果関係の推定は、因果の定義を明確にするのが難しいだけでなく、さまざまなバイアスの影響も受けやすく、注意が必要のようです。(因果性は、以下の図のような分類が一例としてあげられています。)

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 確率モデルや因果モデルの構築がソフトウェアの活用などで手軽になると、因果推論が簡単に見えてしまうのか、論文発表そのものが目的になって、因果を突き詰めて考えづらくなるのか、理論ありきのデータ分析ではなく、『RCT ありき』といった風潮が見受けられるようです。

 データ分析が隆盛を極めるなか、政策評価への応用が期待されていますが、欧米に比べると日本ではあまり EBPM (Evidence Based Policy Making:証拠にもとづく政策立案) は浸透していないようです。EBPM は、政策介入が政策目標の達成にどのようにつながるのか、『ロジックモデル』と呼ばれる論理構造をもち、政策介入と政策結果が定義・数値化され、政策介入があったときとなかったときの結果を比較するものです。

 効果があったというエビデンスをもとに政策を立案するため、導入すべきように見えますが、実際はそんなに簡単な話ではないようです。いくつか理由があげられていますが、わたしがもっとも納得したのは、分析のもととなるデータが蓄積されていなかったり、使える状態になかったりする点です。データが集計ベースであったり、時系列で追えないようになっていたり、研究者に公開されていなかったりするようです。データ蓄積についても時代とともにトレンドが変わってきましたが、日本の場合、IT システムの遅れが分析の遅れにつながっているように見受けられました。

 データ分析が万能ではないということを再認識すると同時に、データや分析手法を有効に使えるよう、データの価値などを広く知らしめることも必要ではないかと思いました。

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