2025年03月29日

「コンサルタントが毎日見ている経済データ30」

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小宮 一慶 著
日経BP 日本経済新聞出版 出版

 わたしにとっては、学ぶ点が多い本でした。まず、巻末に『主な経済指標一覧』が掲載されていて、とても便利です。次に、長年日経電子版を購読しながら、便利な『経済指標ダッシュボード』を知らずにいたので、その存在を知るきっかけになりました。最後に、著者の説明がわかりやすく、世の中の流れを推測できる見方を学ぶことができました。

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 上記の『主な経済指標一覧』は、全部で 58 です。日本と米国の指標が多いのは当然ですが、意外だったのは、中国の指標が少なかったことです。内訳は、日本 41、米国 14、ヨーロッパ 2、中国 1 です。中国で唯一選ばれたのは、中国・国家統計局発表の消費者物価指数です。

 著者の解説で印象深かった点は、4 点あります。ひとつは、なんといっても、マネタリーベースです。『異次元緩和』といわれながら、どのくらい異次元なのか、わたしは全然理解できていませんでした。ここには、『日銀が大量に国債を購入する「黒田バズーカ」は 3 度実施され、マネタリーベースは 10 年で約 5 倍の水準に達しました。日銀当座預金残高は、異次元緩和スタート当時は約 60 兆円でしたが、約 570 兆円 (2024 年 4 月 25 日時点) まで増加。マネタリーベースは約 700 兆円 (同) まで膨らみました。このような異常な状態になるまで、政府はまさに日銀を "使い切った" のです』と書かれてあります。

 次は、日本の国力の低下に関する著者の解説です。『有事の円買い』といわれた円も、いまやその立場を失ったようです。『規模は異なりますが、2009 年 10 月に起こったギリシャ危機では 1 ドル=80 円前後まで円高が進みました。ところが、シリコンバレーバンクに端を発した米国の金融危機の兆しが見えたときは、円高は 1 ドル=130 円台までしか進みませんでした。これが、2009 年から 2023 年の 14 年間における日本経済の実力の低下だと私は懸念しています。円安の理由は、ひとえに日本の国力が落ちた結果だといえるでしょう』と、書かれてあります。この先、まだまだ円安は進みそうです。

 3 番目は、貯蓄率です。米国の貯蓄率は、新型コロナのパンデミック時は、30% 前後と高い数字を記録しましたが、ポストコロナといわれる時期になると、3%〜4% で推移しています。わたしは、もう少し高いと思っていたので、意外でしたが、驚いたのは日本の貯蓄率です。米国が 30% 前後だった時期でも 10% 前後で、ポストコロナでは、0% 前後です。理由は、貯蓄を取り崩して暮らしている高齢者の割合が増え、勤労世帯の貯蓄と相殺されて、0% 前後になるようです。

 最後は、景気の先行きを知りたいときは、不要不急の消費を見るべきだという助言です。具体的には、『旅行取扱状況』や『全国百貨店売上高』などです。言われてみるとそのとおりなのですが、先行きに不安を感じると、旅行や非日常的な支出がまず減らされます。どういったデータをどう見ればいいのか、参考になりました。
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2024年09月24日

「なぜ男女の賃金に格差があるのか:女性の生き方の経済学」

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クラウディア・ゴールディン (Claudia Goldin) 著
鹿田 昌美 訳
慶應義塾大学出版会 出版

 2023 年、にノーベル経済学賞を受賞した著者が、男女の賃金に格差がある理由を明らかにしています。

 著者はまず、高等教育を受けた女性がどのように働いてきたか、データをもとに解説しています。驚くべきは、その期間が過去 100 年以上にわたっていることです。標本数が少ない調査も含まれますが、それでも実施された調査を丁寧に解析したことが窺えます。1961 年のある調査結果に対し、『宝の山』を再発見したと著者が評しているのも納得できる内容です。

 さらに驚いたのは、大学卒業後の女性が世代によって、5 つのグループにきれいに分かれている点です。古いほうから、@家庭かキャリアか、A仕事のあとに家庭、B家庭のあとに仕事、Cキャリアのあとに家庭、Dキャリアも家庭も、と女性のキャリアにかかわる選択が遷移してきました。著者は、それを次のようにまとめ、それぞれの年代がそう選択した (できた) 理由を紐解きました。
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 その過程において、数々の法律が施行・改正されたり、著者が『静かな革命』と呼ぶ変化が起こったり、医学研究が進んだり、女性もキャリアをもつことができる環境が徐々に整ってきました。しかし、それでも、男女の賃金格差がじゅうぶんに小さくなったわけではありませんでした。

 次に著者は、その格差は、チャイルド・ペナルティだったと明らかにしました。子どもがいなければ、賃金格差と呼ぶのが適切か少し迷うほど差は小さくなるのが、次のグラフからわかります。
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 また、仕事の種類による格差の大小も明らかにしています。つまり、男性が選ぶ職業と女性が選ぶ職業に偏りがあることが格差を生んでいるわけではありません。
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 仕事の内容として、(1) 他者との接触が多い、(2) 意思決定の頻度が高い、(3) タイムプレッシャーが高い、(4) 構造化されていない仕事が多い、(5) 対人関係の構築と維持が求められることが多い、(6) 競争の度合いが強い、といった条件が揃っている場合、時間あたりの単価が高くなります。しかし、子どもをもつと、両親ともこういった仕事に就くことは難しくなり、女性のほうが時間の制約の少ない仕事を引き受ける傾向にあり、それが賃金格差となって数字にあらわれています。

 ただ、難しいのは、ここで明らかにされたのは、過去のことだということです。本書で現在と捉えられている時間もすでに過去になり、社会が変化するスピードは、さらに速くなっています。(1) から(6) の条件を満たさない仕事が増えていく可能性もあります。それでも、将来キャリアを構築したいと考える女子高生には、進路を決める前に読んでほしいと思う本です。どういった要素がどう賃金格差に影響を与えるのか理解するのは無駄ではないはずです。
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2024年04月13日

「データにのまれる経済学 薄れゆく理論信仰」

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前田 裕之 著
日本評論社 出版

 元新聞記者の著者が、経済学の三大トップジャーナルに発表された論文を中心に、理論よりも『統計的因果推論』や『ランダム化比較試験 (RCT)』などの分析が増えている点に注目し、経済学の潮流をまとめています。経済学の門外漢にもわかりやすい内容だと思います。

 いわゆる計量経済学の分野では、統計学の流派 (以下の図) に対応する、古典派、ベイジアン、ミネソタ不可知論派の 3 派が主だというジャック・ジョンストン (1923-2003) の考えを紹介しています。ただ、ジョンストンは、3 派のどれが生き残るかについては、明言を避けたそうですが、統計学の発展とともに経済学のデータ分析も変遷を遂げてきたことと『推測』の手段に惹かれた様子が窺えました。

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 そんな流れのなか、統計学を活用する際、帰納的なアプローチではなく、演繹的なアプローチをとるべきだという意見があることが紹介されています。つまり、データ分析は理論を実証するものであり、理論は実証されることを想定して完全を目指すという考え方です。

 そういった考え方とは違い、RCT 偏重の風潮もあるそうです。RCT は、治験で新薬と偽薬のグループの結果を比べるかのように介入群と対照群の結果を比べる分析手法で、経済学の研究において近年多用されていますが、懸念点も少なくないようです。因果関係の推定は、因果の定義を明確にするのが難しいだけでなく、さまざまなバイアスの影響も受けやすく、注意が必要のようです。(因果性は、以下の図のような分類が一例としてあげられています。)

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 確率モデルや因果モデルの構築がソフトウェアの活用などで手軽になると、因果推論が簡単に見えてしまうのか、論文発表そのものが目的になって、因果を突き詰めて考えづらくなるのか、理論ありきのデータ分析ではなく、『RCT ありき』といった風潮が見受けられるようです。

 データ分析が隆盛を極めるなか、政策評価への応用が期待されていますが、欧米に比べると日本ではあまり EBPM (Evidence Based Policy Making:証拠にもとづく政策立案) は浸透していないようです。EBPM は、政策介入が政策目標の達成にどのようにつながるのか、『ロジックモデル』と呼ばれる論理構造をもち、政策介入と政策結果が定義・数値化され、政策介入があったときとなかったときの結果を比較するものです。

 効果があったというエビデンスをもとに政策を立案するため、導入すべきように見えますが、実際はそんなに簡単な話ではないようです。いくつか理由があげられていますが、わたしがもっとも納得したのは、分析のもととなるデータが蓄積されていなかったり、使える状態になかったりする点です。データが集計ベースであったり、時系列で追えないようになっていたり、研究者に公開されていなかったりするようです。データ蓄積についても時代とともにトレンドが変わってきましたが、日本の場合、IT システムの遅れが分析の遅れにつながっているように見受けられました。

 データ分析が万能ではないということを再認識すると同時に、データや分析手法を有効に使えるよう、データの価値などを広く知らしめることも必要ではないかと思いました。

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2024年02月21日

「資本主義の次に来る世界」

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ジェイソン・ヒッケル (Jason Hickel) 著
野中 香方子 訳
東洋経済新報社 出版

 わたしたちは、正常性バイアスにとらわれがちですし、グリーン成長は可能だと思いがちです。しかし『グリーン成長は存在しない。実験も経験もグリーン成長を支持しない』と、著者は断定しています。

『グリーン』の定義はあいまいですが、著者のことばを借りれば、地球のシステムを維持するために『気候変動、生物多様性の喪失、海洋酸性化、土地利用の変化、窒素・リンによる負荷、淡水利用、大気エアロゾルによる負荷、化学物質による汚染、オゾン層の破壊』のプロセスをコントロールし続けることと言い換えてもいいと思います。

 最近は『地球沸騰化』ということばが頻繁に聞かれ、温暖化ばかりに目がいきがちですが、わたしたち人類が生きられる地球環境を維持するためには、最低限これだけの限界値を超えないようにする必要があるそうです。

 そのグリーンと成長を両方手に入れられないのであれば、どうすべきなのでしょうか。著者は、『脱成長』が必要だと説いています。『脱成長』とは、『経済と生物界とのバランスを取り戻すために、安全・公正・公平な方法で、エネルギーと資源の過剰消費を削減すること』です。

 しかも、『経済を成長させないまま、貧困を終わらせ、人々をより幸福にし、すべての人に良い生活を保障できる』とも言っています。つまり、貧しい人たちも豊かになるために成長が必要なのではなく、経済成長がなくとも、幸福になれるといっているのです。

 しかし、問題は、大多数の人がより幸福になるとしても、すべての人がより幸福になるわけではない点です。なぜなら、著者は、『不平等を是正し、公共財に投資し、所得と機会をより公平に分配すればよい』のだと語っています。

 所得格差が拡大を続けていることは、誰もが知っています。また、富裕層が政治家を当選させられることも、当選させてもらった政治家が富裕層のための政策や立法に邁進しがちなことも、その結果として、富裕層がさらに富むよう所得が分配される傾向も、誰もが知っています。

 その富裕層の所得が平等に分配されて、彼らは黙っているのでしょうか。 たとえば、『1965 年には、CEO の収入は普通の労働者の約 20 倍』でしたが、『現在では平均で 300 倍以上になって』いますが、CEO たちは、収入が 15 分の 1 以下になることを黙って見ているのでしょうか。

 そのことに対する答えは、この本にはありません。脱成長という理想の姿を描くことはできても、そのロードマップを提示することは、残念ながらできていないのです。たとえば、この本に紹介されているパラドックスのようなことは起こらないのでしょうか。

『ジェヴォンズのパラドックス』は、エネルギーや資源をより効率的に利用する方法が開発されると、総消費量が減ると考えがちですが、実際は一時的な減少を経てリバウンドすることを指しています。企業が貯まった資金を再投資して、より多く生産するために起こる現象です。同様に、所得が平等に分配されるとなれば、公共財に投資するのに必要な所得を維持できないほどに総所得が減少する可能性はないのでしょうか。

 グリーン成長がないという著者の考えは理解できても、その先の解決策については、いささか疑問を感じました。
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2023年10月19日

「BNPL 後払い決済の最前線」

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安留 義孝 著
金融財政事情研究会 出版

 BNPL (後払い決済) サービスが広く紹介されているうえ、比較的新しい数字を見ることができ、参考になりました。また、わたしが自ら住む国の状況さえ、正しく認識できていなかったことにも気づかされました。

 ここでの BNPL は、リアルタイムで取引を審査する後払い決済を指しています。日本で広く使われている後払い、クレジットカードとの違いは、年収や勤務先などの個人の属性データではなく、個々の取引をもとに与信する点です。

 この定義にしたがって考えると、自らの経験を忘れていたことに気づかされました。NP 後払いです。サービスを提供するネットプロテクションズは、2000 年設立の企業です。初めて利用する EC サイトから商品が間違いなく届くか不安なときなど、利用していたことを思い出しました。本書によると、2022 年 3 月までに、年間流通金額 3,400 億円、導入企業 7 万社以上、年間ユニークユーザー数は 1,500 万人超まで成長したそうです。

 しかし、そういったサービスがあっても、日本は『クレジットカード保有率や利用率が高く、既に様々な「後払い」も普及しているため、海外のように爆発的な BNPL の流行が到来するとは考えにくい』と、著者は述べています。ただわたしは、日本の雇用形態や人口動態の変化を考えると、長期的に見て、日本の状況も変わっていく可能性があると感じました。

 そう感じた事例がいくつかあります。たとえば、米国で 2019 年に設立された PayZen は、医療費に特化した BNPL です。PayZen の導入により、医療費の回収率が 23% 向上した医療機関もあるそうです。少子高齢化がどこよりも速く進む日本で、いまの健康保険制度が維持できるはずもなく、手元資金がなくとも治療を受けられる道を用意する必要がでてくるかもしれません。

 そのほか、インバウンド需要に関係する事例もありました。シンガポールの Pace や Atom は、日本を含むアジアで広く事業を展開しています。ユーザーは、母国で使っているアプリのまま、旅先の日本でも支払いをすることができます。日本にある店舗がこれらのサービスの加盟店になるメリットは充分にあるように見えます。

 国内では、メルカリのグループ会社であるメルペイのメルペイスマート払いが興味深い事例に思えました。与信審査に利用しているのは、メルカリで収集した履歴データです。アカウント作成からの期間、利用規約の遵守度合、メッセージへの返信や評価までの所要日数などの取引状況などを活用しているそうです。つまり、クレジットカードよりも回収率を高められるような優良顧客を見極められるデータをもつ企業が BNPL にビジネスチャンスを見いだすようなことがあるかもしれません。

 新たなサービスが生まれる余地がまだまだありそうな金融への興味がさらに湧きました。
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