2025年11月16日

「東京都同情塔」

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九段 理江 著
新潮社 出版

 かなり独特な世界観が展開されるいっぽう、いまの日本の風潮が透けて見える気がして、考えさせられました。おもな登場人物のひとり、建築家の牧名沙羅は、『ヒトを「思考する建築」、「自立走行式の塔」と認識』したり、『建築は都市を導き、未来を方向付けるものでなければならない』と考えたり、建築物が堅牢でなければならないのと同様、『強い意志と義務を示すコンクリートのように硬質な言葉たち』を欲しています。

 わたしのなかでは、建築物とヒトは異質なので、彼女の個性的な世界観が理解できませんでした。ただ、硬質な言葉を欲する彼女の気持ちだけは理解できた気がします。彼女の頭のなかは『ワードチョイスの検閲機能が忙しなく働く』状態になっています。つまり、さまざまなことに対する配慮が欠けていないか、口にする前に吟味しているわけです。有名人の失言が容易に拡散される時代ならではの設定だと思います。過剰な『配慮』によって、言葉が曖昧になっていく過程で、断定的な硬質な言葉を欲するようになったのではないか私は想像します。

 東京に建設される予定の刑務所のデザインコンペに参加するか否かを検討している彼女は、その刑務所の名称に違和感を覚えています。そのため、地上 71 階建てのその高層ビルが「シンパシータワートーキョー」という名称に決まったにもかかわらず、彼女は、「刑務塔」という代替案を考えますが、納得できず、結局は、「東京都同情塔」がいいということになります。こうした、カタカナ表記の外来語の多用は、わかったようなわからないような曖昧さを生んでいるのかもしれません。

 そのせいか、彼女は、『『シンパシー』を許容することはできない。』と語っています。また、『私には未来が見えているんだよ……日本人が日本語を捨てて、日本人じゃなくなる未来がね。』とも語っています。彼女は外来語の多用を憂えているように見えます。

 この小説の舞台では、『従来「犯罪者」と呼ばれ差別を受けてきた属性のヒト、また刑事施設で服役中の受刑者、非行少年を指して、その出自や境遇やパーソナリティについて「不憫」、「あわれ」、「かわいそう」といった同情的な視点を示し、彼らを「同情されるべき人々」、つまり「ホモ・ミゼラビリス」と再定義』することになっています。呼び方を変えても、なにも変わらないのに、あたかも革新的な概念を導入したかのように語られるあたり、滑稽にも見えます。

 そのいっぽうで、「ホモ・ミゼラビリス」は、希望すれば「シンパシータワートーキョー」にいつまでも滞在できる仕組みになっていて、それが、タワーマンション並みの暮らしを餌にした一種の隔離のようにも描かれていて、なんとも皮肉です。

 ありとあらゆる人やモノに配慮するいっぽう、犯罪者を隔離するという不寛容が、わたしたちの思考を具体化したものであるのなら、わたしたちは進むべき方向を考え直すべきなのかもしれません。
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2025年10月29日

「アリアドネの声」

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井上 真偽 著
幻冬舎 出版

 災害現場が舞台となっている本作では、災害救助に役立つドローンが重要な役割を果たします。「アリアドネシリーズ」と名づけられたドローンには、さまざまな機能が備わっていて、音響分析機能が「アリアドネの声」と呼ばれています。かすかな呻き声なども分析できるようになっていて、要救助者の発見に役立ちます。

 「アリアドネ」の由来は、次のように説明されています。『神話の英雄・テセウスは、かの有名な怪物「ミノタウロス」を退治する際、彼を慕うクレタ島の王ミノスの娘・アリアドネから渡された糸玉を使って、怪物の棲む迷宮を脱出する。その逸話から生まれたのが「アリアドネの糸」という言葉で、何か困難な状況に陥った際、解決の道しるべとなるものを意味する』。それが、本のタイトルになっているわけです。

 本作の要救助者は、『見えない・聞こえない・話せない』という三重障害を抱える女性です。そのため、より一層「アリアドネの声」が救助の鍵を握っているように見えます。

 ドローンには、比較的新しいテクノロジーが集約されているため、それだけでも近未来的なイメージを抱くのにじゅうぶんですが、本作では、「地下都市」が登場します。また、インターネット上で災害関連情報が飛び交い、真偽も確かめられないまま、さまざまな憶測を呼ぶ状況がリアルに描かれ、いかにも 21 世紀の災害現場といった様相を呈しています。

 そのいっぽうで、わたしたち人間は、テクノロジーほどは進化せずにいることが浮き彫りになっています。ひとは、誰もが同じだけ頑張れるわけではないと悩んだり、相手が嘘をついているかもしれないと疑ったり、自らの名前を明かさずに済むインターネット上で、喜んで誹謗中傷に加担したりします。

 それでも、思いもしない結末が待ち受けていて、読後感が爽快でした。自分を追いこんでいた主人公が解き放たれるさま、意外な事実が詐称の噂を一掃するさま、過去のわだかまりが消えていくさまなど、いろいろなことが収まるべきところに収まったように綺麗に結着します。ひとが強いのは、それはそれで素晴らしいこと、でも、強くなくとも、それはそれで素晴らしいこと、そう読み終えたあとに感じました。
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2025年09月30日

「ババヤガの夜」

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王谷 晶 著
河出書房新社 出版

 叙述トリックにすっかり騙されてしまいました。ただ、あと味は悪くありませんでした。種が明かされたとき、それまでに覚えた違和感を思い出し、腑に落ちたためです。違和感の正体を突き詰めるタイプの読者なら、トリックを見破ることができたかもしれないと感じました。ただ、この叙述トリックには、気になる点がふたつありました。

 ひとつは、設定として不自然だと思う点、つまり普通なら逆にするのではないかと思った設定があったことです。それがなんとなく、わたしたちの固定概念に作家が問いかけているように感じられました。主人公は、『男に見えるものと女に見えるものが一緒にいれば、すなわちそれは夫婦と見られる。カタにはまった世の中ほど騙しやすい』と語っています。わたしたちは、ひとに対し、いったんレッテルを貼ってしまえば、そのひとのことを理解しようという気持ちを失うと作家に思われているのかもしれません。

 同様に、中心となる登場人物の女性ふたりについて、作家は、その関係性を明らかにするつもりがないようです。雇用関係とか、恋人同士とか、家族とかの関係を否定はするものの、敢えて関係性に名前をつけていません。そして、ふたりがそれぞれ相手に対し抱く感情についても、名前はつけていません。ただ、『愛ではない。愛していないから憎みもしない。憎んでいないから、一緒にいられる。今日も、明日も、来年も、おそらく死ぬまで』と、主人公に吐露させています。なんにでもレッテルを貼ってしまうわたしたちに対し、名前のつかない関係や感情が確かにあると伝えようとしているのかもしれません。

 もうひとつ気になったのは、種明かしの際、漢字で書かれた名前に初めて振り仮名がふられていて、トリックの一部になっていたことがわかります。疑問に思ったのは、外国語にする際、名前はどう処理されたのかということです。この本は、英国推理作家協会賞 (ダガー賞) を受賞したそうなので、英訳はされていると思います。翻訳の際、苦労されたかもしれません。

 叙述トリックはもちろん、それ以外も話題になる要素のある作品だと思います。
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2025年08月21日

「大正銀座ウソつき推理録 文豪探偵・兎田谷朔と架空の事件簿」

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芥生 夢子 (あざみ ゆめこ) 著
アルファポリス 出版

 わたしは、あまりライトノベルは読まないのですが、これは楽しめました。探偵小説お決まりの謎解きがここでは二段階になっていて、それがタイトルの『ウソつき推理録』につながっています。一度目の謎解きも、もっともらしく聞こえるのですが、そのあと、実はこうだったという打ち明け話が待っていて、一度目で謎がすべて明かされたわけではなかったと判明する仕組みです。

 今回はどんな裏話があるのかと、第二弾の謎解きを推理しながら読んだのですが、三話いずれとも意外な展開で、一気に読んでしまいました。

 収められているのは、次の短篇です。

- 恋文は詠み人知らず
- からたちの花とオオカミ少年
- ハートの施錠と狐憑きの乙女

 わたしが気に入ったのは、「からたちの花とオオカミ少年」です。ひと捜しの依頼だったはずが、思わぬ展開になり、巧妙に仕掛けられた罠が明かされます。周到に伏線が張られているだけでなく、ある場面の一部分だけが見せられ、種明かしになってはじめてその場面の全体を見せられるあたり、ドラマのカット割りのようにストーリーが流れます。

 ライトノベルらしさが、作品のよさにつながっていた気がします。
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2024年12月01日

「月面にアームストロングの足跡は存在しない」

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穂波 了 著
KADOKAWA 出版

 期待したものが欠けていて、物語のなかに入りこめませんでした。たとえば、アームストロングが月面に降り立ったというのは捏造だという設定です。長年とりざたされてきた話題ですし、それに反論する説も数多く公表されています。それなのに、その隠蔽が『ディープフェイク』のひとことで片づけられていたのは、もの足りなく感じました。たしかに、ディープラーニングの歴史と重なってはいますが、半世紀以上も隠蔽できるものなのでしょうか。

 また、アメリカという大国の隠蔽工作の中心に日本人がいるという設定も、その理由がアームストロングと足のサイズが同じというのも、都合のよすぎる設定に思えます。さらには、個人の事情に同情し、国を裏切る宇宙飛行士の存在も違和感を感じます。大それた行動を起こすひとの動機がなんとなくしっくりきません。

 全体的に、わたしにとってリアリティが感じられない内容でした。物語の舞台が宇宙という壮大な空間にあるわりには、登場人物の小競り合いが卑近で、しっくりと馴染まない気がするのかもしれません。ひとの心のうちにある小さな葛藤を描く場が宇宙である必要はないように思えます。宇宙に行くリスクや覚悟、宇宙開発に必要とされる資金やテクノロジーなど、当然のことばかりで、新鮮味がなかったのも残念でした。
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