2024年12月01日

「月面にアームストロングの足跡は存在しない」

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穂波 了 著
KADOKAWA 出版

 期待したものが欠けていて、物語のなかに入りこめませんでした。たとえば、アームストロングが月面に降り立ったというのは捏造だという設定です。長年とりざたされてきた話題ですし、それに反論する説も数多く公表されています。それなのに、その隠蔽が『ディープフェイク』のひとことで片づけられていたのは、もの足りなく感じました。たしかに、ディープラーニングの歴史と重なってはいますが、半世紀以上も隠蔽できるものなのでしょうか。

 また、アメリカという大国の隠蔽工作の中心に日本人がいるという設定も、その理由がアームストロングと足のサイズが同じというのも、都合のよすぎる設定に思えます。さらには、個人の事情に同情し、国を裏切る宇宙飛行士の存在も違和感を感じます。大それた行動を起こすひとの動機がなんとなくしっくりきません。

 全体的に、わたしにとってリアリティが感じられない内容でした。物語の舞台が宇宙という壮大な空間にあるわりには、登場人物の小競り合いが卑近で、しっくりと馴染まない気がするのかもしれません。ひとの心のうちにある小さな葛藤を描く場が宇宙である必要はないように思えます。宇宙に行くリスクや覚悟、宇宙開発に必要とされる資金やテクノロジーなど、当然のことばかりで、新鮮味がなかったのも残念でした。
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2024年11月02日

「地面師たち」

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新庄 耕 著
集英社 出版

 解説によると、2017 年に東京・五反田の廃旅館『海喜館 (うみきかん)』の土地を積水ハウスが購入したあとに詐欺と判明した事件が本作のモチーフだそうです。わたしは、当該事件の被害額が 55 億 5 千万円と知って、普通ならありえないと思ったことを覚えています。本作では、モチーフとなった事件の倍近い被害額で描かれていますが、それでも真に迫った何かを感じました。そして、当時の事件を知ったわたしが『やるべきことを普通にやっていれば、起こりえない』と思ったのは、自身が追いこまれていなかったからに過ぎないと気がつきました。

 本作では、騙す側と騙される側に偶然が重なって、被害額 100 億円を超す詐欺が成功をおさめます。加えて、事件を追う側にも偶然が起こり、最後にはすべてが明らかになります。騙す側には、つらい経験があって、普通の生活から外れてしまった、いわゆる優秀なひとたちが、プロの詐欺師たちに加わっています。相容れないひとたちが思いがけず手を組むことによって、最強のチームができあがりました。騙される側は、追いこまれ、起死回生を切望し、うまい話の裏を疑う余裕を失っています。そして、詐欺師を追う側にも、定年を前にして多少の自由時間と悔いを残したくないという思いをもった刑事が存在します。

 これだけの偶然が重なると、嘘っぽくなってもおかしくないのですが、騙す側のひとたちを襲った不幸な事故や事件も珍しいことでもなく、騙される側の大手企業の役員が背負ったノルマも珍しいことでもなく、警察官が定年前に多少の感傷に浸ることも珍しいことではなく、架空の世界に浸ってしまいます。しかも、それらの事情が明かされる展開が円滑で、最後まで一気に読んでしまいました。

 さらに解説もおもしろく、厳しいビジネスの現実を知ることができました。本作をベースに映像作品をつくりたいと思った解説者大根仁氏は、映画やテレビドラマにすることはできないと知らされたそうです。映画会社は、グループ内に不動産部門をもっていますし、テレビは、大手スポンサーやビジネスパートナーに不動産部門があり、この手の作品を自粛するしかないそうです。なるほど、それで Netflix 配信作品になったのか……と納得できました。
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2024年05月15日

「もっと悪い妻」

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 以下の短編が収められています。

ー悪い妻
ー武蔵野線
ーみなしご
ー残念
ーオールドボーイズ
ーもっと悪い妻

 帯のコピーは、本が売れるように書かれるため、読み終えたあとに目にすると、本の実際の内容とのギャップに驚くことがありますが、この本の推薦文は、簡潔かつ的確に思えました。
不幸な『悪い妻』は許されるが、満たされた『もっと悪い妻』は断罪される。『妻』という呪いと、『妻』を理想化する社会へのしたたかなカウンター。

 ここで断罪された妻は、もし妻ではなく夫であれば、甲斐性があると言われ、大目に見てもらえたことでしょう。「もっと悪い妻」では、そういった社会の空気が見事に描かれています。

 また、「武蔵野線」では、すべてを見透かされていながら、それを離婚されたあとも気づけずにいる男が、辛いときに元妻を頼る滑稽な姿がうまく描かれています。しかも元夫が、おとなになれずに落ち込んでいる自分を『男の絶望』を味わっていると信じているあたりも社会が許容してきた男の地位を的確に指摘している気がします。

 時代が変化していく方向を心地よく感じる女と昔にしがみつきたくて仕方のない男の対比を感じた作品でした。
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2024年04月17日

「図書館のお夜食」

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原田 ひ香 著
ポプラ社 出版

 故人となった作家の蔵書を譲り受けて管理する私設図書館が舞台です。夜間のみ開館していること、1000 円の入館料を徴収していること、館内のカフェでは、本に出てくるメニューが提供されていること、従業員はインターネット経由で個別にリクルーティングされていることなど、風変わりな点が目立つ図書館ですが、本好きにとっては心惹かれる場所です。

 連作短編となっている本作では、それぞれの短編にカフェのメニューにちなんだタイトルがつけられています。短編ごとにメインの語り手が代わり、どのように図書館にかかわるようになったのかなどが明かされます。

 風変わりな図書館で起こる、さまざまな小さな事件にしても、図書館にかかわるひとたちの過去にしても、理解しがたい点がいくつかあり、全体的にリアリティに欠けているという印象を受けました。そのいっぽうで、図書館や書店での日常業務は、妙にリアリティがあり、空想と現実を行ったり来たりしているような気分を味わいました。とりわけ、私設図書館を運営するための資金の出所や従業員の採用基準などは白昼夢のようでした。

 私設図書館の設定以外にも、随所に散りばめられた、実在の書籍に関する話題が、本好きには楽しいものの、本のなかの世界全体としては統一感に欠ける気がしました。
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2024年04月16日

「守護者の傷」

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堂場 瞬一 著
KADOKAWA 出版

 同じ著者の「黒い紙」は、企業の危機管理を専門とする会社が舞台になっていた点が珍しく思えました。本作の舞台も、神奈川県警の訟務課という耳慣れない部署です。警察が告訴されたときに対応する組織で、そこの巡査部長、水沼加穂留の視点で物語が進みます。

 水沼は、気になることがあると首を突っこまずにはいられない質で、訟務課に新たに加わった新崎大也について知ろうと躍起になります。新崎は、警察学校に行かず、特例採用の弁護士資格保有者として神奈川県警にやってきたのです。

 弁護士事務所に勤めるでも、自らの事務所を開くでもなく、警察職員になった新崎の意図が見えません。新崎の採用までは外部の弁護士に支援してもらって裁判に臨み、なんら支障がなかったのに、急に内部に弁護士を抱えることにした神奈川県警上層部の意図も見えません。

 同じ部署の先輩たちや元警察官の父親を巻きこみ、水沼は、新崎の目的を探ろうとします。真の目的がなんなのか、新崎が頑なに隠そうとするのはなぜか、先が知りたくて、一気に読んでしまいました。終盤は、警察という閉ざされた世界なら、あってもおかしくないと思える展開に惹きこまれました。

 前半の展開に、もう少しスピーディ感があってもよかったかと思いますが、勧善懲悪的かつ予定調和的な終わりで読後感は悪くありませんでした。
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