2020年12月13日

「百年の轍」

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織江 耕太郎 著
書肆侃侃房 出版

 タイトルにある『百年』は、家系における 4 世代という期間や林業が『百年』産業と言われることに関係しています。轍は、軌跡と言い換えることができます。

 その 4 世代は、矢島家、岩城家、鬼塚家といった家族を中心に描かれます。矢島家の 3 世代目にあたる矢島健介は、父親の矢島裕一の通夜で見知らぬ人たちと会ったことをきっかけに、自分のルーツを知りたいと思い、新聞記者としてのフットワークをもって過去を調べ始めます。

 その過程で、第二次世界大戦や林業の衰退といった社会環境だけでなく、自分たちの家族に降りかかった問題と、それがこれまで受け継がれてきた事実を知ります。そして物語自体は、矢島健介の息子、周平の世代で終わります。

 物語の最初のワンシーンは、100 年以上も前に伝統木造構法で建てられたある旧家の解体から始まります。そして、最後に同じシーンに戻ってきたとき、その解体は、さまざまな解体の象徴のように読めました

 床柱のある伝統木造構法、妻たちが陰で家長を支える家系、意にそわずとも命を賭して戦わなければならない状況が生んだ過ちなど、すべての終焉に見えました。わたしたちがこの百年間で失ったものと得たものそれぞれを思い起こさせるような物語でした。
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2020年11月15日

「小説 滑走路」

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萩原 慎一郎 原著
藤石 波矢 著
KADOKAWA 出版

 タイトルに「小説」とあるのは、「滑走路」という萩原慎一郎の歌集をもとに映画化された「滑走路」のノベライズという意味です。歌集にあまり馴染みがないので、読み慣れた小説の形式のほうがいいかと思い、手に取りました。

 萩原慎一郎という歌人のことを知りませんでしたが、短歌の世界では、32 歳で命を絶った若き歌人として有名だそうです。自死の原因は、精神の不調とされており、原因は長年受けてきたいじめの後遺症と考えられているようです。

「小説 滑走路」では、いじめ、非正規雇用やそれに付随する格差、恋愛などがテーマとしてあげられ、どれもこの歌人に関わりの深いテーマです。

 世の中には理不尽なことが溢れています。いじめは、その最たるものかもしれません。そういったことにどう対処するかに正解はないと、わたしは思います。

 ただ、世の中は、力を合わせて理不尽に立ち向かうのではなく、少なくとも自分だけは理不尽な目に遭わないようにうまく立ち回るのが賢明という認識で一致しつつあるのではないかと思えました。そして、理不尽な目に遭った人たちに対しては『自己責任』ということばを投げつけているように見えます。

 でもこの歌人は、世の流れに逆らい、創作を通じてそういった理不尽な目に遭った人たちに寄り添っていたのかもしれません。「歌集 滑走路」も手にしたくなりました。
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2020年10月11日

「木になった亜沙」

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今村 夏子 著
文藝春秋 出版

 第 161 回の芥川賞を受賞した作家のことが以前から気になっていたので、読んでみました。ファンタジー風とも、不条理劇風とも、受けとれます。物語の基幹を成す『転生』や『拒絶』の印象が強いせいだと思うのですが、正直なところ、どういう位置にある作品と言えばいいのかよくわかりません。

 短篇三作品、「木になった亜沙」、「的になった七未」、「ある夜の思い出」のいずれも、主人公は人間以外のものに姿を変えます。「ある夜の思い出」の主人公、真由美にいたっては、人間から猫に姿を変え、交通事故を機にまた人間に戻るという、二度のへんげを見せます。

 また各作品では、強い拒絶や願望も描かれています。亜沙は、自らが差し出した食べ物を拒絶され続け、ある日、木になり、割り箸になります。拒絶をもとに自然と強い願望が生まれたようにも見えますが、同調圧力がかかったようにも見えます。

 そう考えてみると、学校のいじめ、ゴミ屋敷、結婚をちらつかせて愛人関係を迫る男、引きこもるニートなど、現代の日本社会では決して珍しくはない、さまざまなできごとが散りばめられています。なかには、ゴミ屋敷の住人の価値観や引きこもりたくなるニートの視点など、一般的とは言い難いアングルで現代の社会問題を捉えた描写もあり、ファンタジーというオブラートに包みながら社会問題を描いた作品のようにも見えます。

 なんとなく村田沙耶香作品を思わせる雰囲気が感じられました。
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2020年07月29日

「星に仄めかされて」

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多和田 葉子 著
講談社 出版

 この「星に仄めかされて」は、「地球にちりばめられて」から始まる 3 部作の 2 作目です。スタイルは、前作から継承されていて、登場人物それぞれの視点で語られます。

「地球にちりばめられて」の最後で、Hiruko は、自分と同じ母語をもつ Susanoo と漸く会えたと思ったのもつかの間、彼がひと言も発しないことから、失語症ではないかと疑い、その治療のために医師のもとに連れて行くことになりました。その医師は以前、クヌートと天文言語学のゼミで一緒だったベルマーです。

 本作の『第 2 章 ベルマーは語る』で、中年男性のベルマーは、自身のことをこう語っています。『自分がみんなに嫌われているなど考えてみたこともなかった。「自分」という名前の楽しい闇の中で生きていた。どこが壁なのか分からないので、狭いと感じることがない。自分というものの輪郭は見えない。自分のいる空間全部が自分だから無理もない。』

 いわゆるジコチュウの心のなかは、まさしくこんな感じなのだろうと思いました。その納得感は、ジグソーパズルのピースがぴたりとはまったときと似ています。なんとなく探していたけれど、どういう色か形か触感か、はっきりとは知らず、目の前に差し出されたとき初めて、間違いないと確信をもてたような感じです。

 多和田作品を読んでいると、なんとなくわかっていたけれど、ことばにしてあらわすとこうなるのか! と、初めてわかったような文に巡り合います。その感覚をまた味わいたくて、ときどき多和田作品を読みたくなってしまうのかもしれません。
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2020年07月28日

「地球にちりばめられて」

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多和田 葉子 著
講談社 出版

 この「地球にちりばめられて」は、3 部作の 1 作目で、群像劇のような小説です。第 1 章から第 10 章までそれぞれ『〜は語る』と、それぞれの視点で語られます。

『第 2 章 Hiruko は語る』で語る Hiruko は、留学を終えて母国である、中国大陸とポリネシアの間に浮かぶ列島に帰ろうとしていた直前に母国が消えてしまい、自分と同じ母語を話す人を探す旅に出ます。その旅に同行するクヌートは、デンマークに住む言語学者の卵です。

 ふたりの接点は、あるテレビ番組でした。帰る国を失った Hiruko は、留学先のスウェーデンに定住できず、ノルウェー、デンマークと移り住みます。短期間で三つの言語を習得したものの、それぞれをきちんと使い分けるのは難しく、スカンジナビアの人なら聞けばだいたい意味が理解できる、『パンスカ』(『汎』という意味の『パン』に『スカンジナビア』の『スカ』をつけた造語) という人工語を作りだし、出演したテレビ番組ではパンスカでインタビューに答えました。

 その番組を見たクヌートは、Hiruko 自身に惹かれたのか、彼女が作ったパンスカに惹かれたのか、同じ母語を話す人を探しに行く Hiruko について行きます。

 Hiruko が最初に尋ねた人物は、彼女と同じ母語を話すことは話しましたが、独学で学んだだけで、彼自身はエスキモーでした。Hiruko は、落胆するでもなく『あなたに会えて本当によかった。全部、理解してくれなくてもいい。こうしてしゃべっている言葉が全く無意味な音の連鎖ではなくて、ちゃんとした言語だっていう実感が湧いてきた。』と言います。

 そのエスキモーの彼のほうは、グリーンランドで、アメリカの会社にリモートで働く父とスイスの会社にリモートで働く母のもとで育ちました。生活に不自由はありませんでしたが、『このまま行くと俺たちは何世代も家を出ないまま、インターネットだけで世界経済と繋がって生きていくことになってしまうんだろうか。でも、もしもディスプレイにあらわれる世界が誰かのつくりもので実際にはすでに存在していないとしたら、どうなんだ。』そう考えるようになり、父親から外国に留学するように勧められたのを機に家を出ていました。

 多和田作品を読むといつも、言語に対する新しい視点や気づきを得るのですが、今回はそれだけでなく、COVID-19 の影響で、コミュニケーションが制限された暮らしをしているため、言語を使ったコミュニケーションについても思うことがありました。
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