2021年02月03日

「天空の蜂」

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東野 圭吾 著
講談社 出版

 東野圭吾ファンの父から譲り受けた本なので、いつ頃出版されたのか知らずに読み始めました、原子力発電所の安全性に対する『本音と建て前』が見え隠れする設定なので、福島第一原子力発電所の問題を機に書かれた作品かと思ったのですが、1998 年が初版でした。2015 年 7 月で 68 刷となっているので、東日本大震災以降も、たびたび増刷されたのかもしれません。

 わたしを含め、日本人の多くが原子力発電所の見せかけだけの安全神話に疑いの目を向けることもせず、ずっと過ごしてきたことを指摘されたように感じました。

 タイトルの「天空の蜂」とは、防衛庁が発注した、大型の新型ヘリコプターを指しています。そのヘリコプターがメーカーから防衛庁に引き渡される日、犯人は、それを盗み、自分たちの要求をのまなければ、ヘリコプターを高速増殖炉原型炉に墜落させると脅迫する事件を起こします。

 政府も、高速増殖炉関係者も、何が起ころうと放射能漏れは起こらないという建て前を崩さず、そのいっぽうで何が起こるかは予想がつかず、犯人を見つけるため、ヘリコプターの墜落を阻止するため、最大限の人員を動員します。

 しかし、その犯人は、読者に対して早々に明かされます。この作品は、フーダニットではなくホワイダニットなのです。最後に動機が明かされたとき、その動機や犯人像によって読後感が変わるかと思いますが、今回明白に動機が明かされるのは半分だけです。ふたりいる犯人の片方の視点でのみ語られ、もう片方については政府が動機を把握しているものの、その隠蔽体質により語られることはありません。

 政府の隠蔽体質は、リアリティある設定ですが、謎解きとしては半分が残り、読後感はすっきりしません。ただ、この小説は、謎解きを楽しませるより、わたしたち普通の人が、原子力発電所のように自分たち自身のために存在するものにもっと意識を向けさせるために書かれたように感じました。
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2021年01月23日

「PK」

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伊坂 幸太郎 著
講談社 出版

 伊坂幸太郎といえば、ある短篇で張られた伏線が別の短篇で回収されるといったパターンや、ある短篇で脇役で登場した人物が別の短篇でクローズアップされるといったパターンの短篇連作を得意とするイメージを思っています。たとえば「ラッシュライフ」を読んだあとは、その緻密な伏線に驚きました。

 この短篇集を読み終えたとき、つまらなかったとか面白かったとか、何かしら感想が浮かぶ前に、小説の世界についていけていたのか自問してしまいました。何が伏線だったのか、あるいは何が事実だったのか、一見相容れないように思われる事柄は本当につながっていたのか、いろいろなことに確信がもてませんでした。

 短篇は、全部で 3 つです。

−PK
−超人
−密使

 あるできごとが「PK」でも「超人」でも語られているのですが、細部が異なり、本当に同じできごとなのか確信がもてずにいると、最後の短篇「密使」でいきなり、タイムトラベルが可能な舞台設定が明かされ、さらに他人の時間を盗むことができる『時間スリ』という行為も存在する、つまり一連の作品がサイエンスフィクションだったと判明します。

 その時点で、密使が「PK」と「超人」の世界で何かを変えた、あるいは変えようとしているのではないかと思ったものの、漠然としか理解できませんでした。短篇同士がどういう関係にあるのか、巻末の解説を頼りに理解しようとしても、解説者も正解は持ちあわせていないようでした。

 読む側に委ねられる部分が多い作品で、それを楽しめる方々に向いているように思います。
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2021年01月22日

「代償」

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伊岡 瞬 著
角川書店 出版

 インタビューを受けた作者が『全く人を顧みない、全く反省しない根っからの悪を書いてみたいと思い書き始めた』と語った作品です。

 作者の言う『根っからの悪』を象徴する登場人物、達也は、小学生のころから、表の顔と裏の顔を使い分け、人をいたぶり弄ぶことが心底好きで、良心などとは無縁です。そんな達也の標的にされた者のひとり、圭輔は、達也の遠縁にあたり、達也に翻弄され大きく運命を狂わされます。

 ある日、圭輔の両親は達也の罠に落ち命を落とします。残された圭輔の後見人に名乗りをあげたのは達也の義母である道子で、圭輔は、達也と道子と暮らし、辛い子供時代を過ごします。

 のちに圭輔は、あることをきっかけに悪行三昧の『代償』を達也に払わせられないかと考えるようになります。

 達也のように、深く事情を知らない善意の第三者を味方につけながら、自分が有利な立場になるよう、思うままに人を操りものごとを運ぶことに長けている狡猾な人を知っているだけに、圭輔に深く共感しながら読んでしまいました。同時に、達也が代償を払う羽目になるという結末はわかっていても、どのようにそこへ追いつめられるのかが気になりました。

 シンプルすぎるくらいシンプルな善と悪の対立を描いた、いわゆるページターナーです。悪が負けるところを疑似体験できたという意味では、一種の爽快感を楽しめました。
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2020年12月13日

「百年の轍」

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織江 耕太郎 著
書肆侃侃房 出版

 タイトルにある『百年』は、家系における 4 世代という期間や林業が『百年』産業と言われることに関係しています。轍は、軌跡と言い換えることができます。

 その 4 世代は、矢島家、岩城家、鬼塚家といった家族を中心に描かれます。矢島家の 3 世代目にあたる矢島健介は、父親の矢島裕一の通夜で見知らぬ人たちと会ったことをきっかけに、自分のルーツを知りたいと思い、新聞記者としてのフットワークをもって過去を調べ始めます。

 その過程で、第二次世界大戦や林業の衰退といった社会環境だけでなく、自分たちの家族に降りかかった問題と、それがこれまで受け継がれてきた事実を知ります。そして物語自体は、矢島健介の息子、周平の世代で終わります。

 物語の最初のワンシーンは、100 年以上も前に伝統木造構法で建てられたある旧家の解体から始まります。そして、最後に同じシーンに戻ってきたとき、その解体は、さまざまな解体の象徴のように読めました

 床柱のある伝統木造構法、妻たちが陰で家長を支える家系、意にそわずとも命を賭して戦わなければならない状況が生んだ過ちなど、すべての終焉に見えました。わたしたちがこの百年間で失ったものと得たものそれぞれを思い起こさせるような物語でした。
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2020年11月15日

「小説 滑走路」

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萩原 慎一郎 原著
藤石 波矢 著
KADOKAWA 出版

 タイトルに「小説」とあるのは、「滑走路」という萩原慎一郎の歌集をもとに映画化された「滑走路」のノベライズという意味です。歌集にあまり馴染みがないので、読み慣れた小説の形式のほうがいいかと思い、手に取りました。

 萩原慎一郎という歌人のことを知りませんでしたが、短歌の世界では、32 歳で命を絶った若き歌人として有名だそうです。自死の原因は、精神の不調とされており、原因は長年受けてきたいじめの後遺症と考えられているようです。

「小説 滑走路」では、いじめ、非正規雇用やそれに付随する格差、恋愛などがテーマとしてあげられ、どれもこの歌人に関わりの深いテーマです。

 世の中には理不尽なことが溢れています。いじめは、その最たるものかもしれません。そういったことにどう対処するかに正解はないと、わたしは思います。

 ただ、世の中は、力を合わせて理不尽に立ち向かうのではなく、少なくとも自分だけは理不尽な目に遭わないようにうまく立ち回るのが賢明という認識で一致しつつあるのではないかと思えました。そして、理不尽な目に遭った人たちに対しては『自己責任』ということばを投げつけているように見えます。

 でもこの歌人は、世の流れに逆らい、創作を通じてそういった理不尽な目に遭った人たちに寄り添っていたのかもしれません。「歌集 滑走路」も手にしたくなりました。
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