2024年04月17日

「図書館のお夜食」

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原田 ひ香 著
ポプラ社 出版

 故人となった作家の蔵書を譲り受けて管理する私設図書館が舞台です。夜間のみ開館していること、1000 円の入館料を徴収していること、館内のカフェでは、本に出てくるメニューが提供されていること、従業員はインターネット経由で個別にリクルーティングされていることなど、風変わりな点が目立つ図書館ですが、本好きにとっては心惹かれる場所です。

 連作短編となっている本作では、それぞれの短編にカフェのメニューにちなんだタイトルがつけられています。短編ごとにメインの語り手が代わり、どのように図書館にかかわるようになったのかなどが明かされます。

 風変わりな図書館で起こる、さまざまな小さな事件にしても、図書館にかかわるひとたちの過去にしても、理解しがたい点がいくつかあり、全体的にリアリティに欠けているという印象を受けました。そのいっぽうで、図書館や書店での日常業務は、妙にリアリティがあり、空想と現実を行ったり来たりしているような気分を味わいました。とりわけ、私設図書館を運営するための資金の出所や従業員の採用基準などは白昼夢のようでした。

 私設図書館の設定以外にも、随所に散りばめられた、実在の書籍に関する話題が、本好きには楽しいものの、本のなかの世界全体としては統一感に欠ける気がしました。
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2024年04月16日

「守護者の傷」

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堂場 瞬一 著
KADOKAWA 出版

 同じ著者の「黒い紙」は、企業の危機管理を専門とする会社が舞台になっていた点が珍しく思えました。本作の舞台も、神奈川県警の訟務課という耳慣れない部署です。警察が告訴されたときに対応する組織で、そこの巡査部長、水沼加穂留の視点で物語が進みます。

 水沼は、気になることがあると首を突っこまずにはいられない質で、訟務課に新たに加わった新崎大也について知ろうと躍起になります。新崎は、警察学校に行かず、特例採用の弁護士資格保有者として神奈川県警にやってきたのです。

 弁護士事務所に勤めるでも、自らの事務所を開くでもなく、警察職員になった新崎の意図が見えません。新崎の採用までは外部の弁護士に支援してもらって裁判に臨み、なんら支障がなかったのに、急に内部に弁護士を抱えることにした神奈川県警上層部の意図も見えません。

 同じ部署の先輩たちや元警察官の父親を巻きこみ、水沼は、新崎の目的を探ろうとします。真の目的がなんなのか、新崎が頑なに隠そうとするのはなぜか、先が知りたくて、一気に読んでしまいました。終盤は、警察という閉ざされた世界なら、あってもおかしくないと思える展開に惹きこまれました。

 前半の展開に、もう少しスピーディ感があってもよかったかと思いますが、勧善懲悪的かつ予定調和的な終わりで読後感は悪くありませんでした。
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2024年04月15日

「とっぴんぱらりの風太郎」

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万城目 学 著
文藝春秋 出版

 久々に万城目作品を読みました。主人公は伊賀の忍びのひとり、名は風太郎で『ぷうたろう』と読みます。厳しい訓練に耐え、ようやく一人前というときに追放されてしまい、文字どおり風太郎暮らしなってしまいます。

 しばらくして風太郎は、ふたつの不思議なできごとに巻き込まれます。ひとつは、因心居士 (いんしんこじ) という得体の知れない者にいいように操られる羽目に陥ったこと、もうひとつは、謎に包まれた高貴な方が祇園会に出かける際の護衛を忍び仲間を通して請け負ったことです。

 不思議な力をもつ、正体のわからない存在が登場するあたり、万城目作品らしいファンタジー要素が入っています。同時に大坂冬の陣・夏の陣が時代背景になっていて、歴史小説の要素も入っています。さらに、当時としては珍しかったであろう異国の話題も盛り込まれ、ちょっとしたユーモアも散りばめられ、てんこ盛りの長編ですが、不思議と長さが気になりませんでした。

 読み進めるにつれ、少しずつ不可解なことが解き明かされていくため、つい先を急ぎたくなりました。因心居士の狙いはなんなのか、高貴な方は、どこの誰なのか、なぜ狙われたのか、忍び仲間それぞれの抱える事情はなんなのか。

 そして何より、平和で安定した世に移っていくなか、不要となっていく忍びに残されたそれぞれの道を思うとき、現代のさまざまな消えゆく職業を思わずにいられませんし、不可能としか思えない約束を交わした風太郎が、命を賭してそれを果たそうとする姿から目を逸らすこともできません。

 読んでいるあいだ、時間を忘れてしまうエンターテイメント作品だと思います。
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2023年05月21日

「忘らるる物語」

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高殿 円 著
KADOKAWA 出版

 心の底ではわかっていながら、目を背けてきたことがそのままことばとして綴られている、わたしにはそう思えた作品でした。

 世の中に持つ者と持たざる者がいることは歴然とした事実です。時代によって『腕力』を持つ者が有利になることもあれば、『金銭』や『地位』を持つ者が有利になることもありますが、持つ者と持たざる者に隔たりがあることに変わりはありません。本作では、『人間の幸福は、たいてはどの女の腹から生れ落ちるかで決まった』と表現されています。

 本作の主人公、環璃 (ワリ) は、北原 (ほくげん) の月端 (げったん) の女王で、同じく王族出身の夫と 13 歳で結婚したあと 16 歳で子供を産み、底辺の人々が羨んだであろう暮らしをしていました。それがある日、月端を含むすべての国の頂点に立つ燦 (さん) という国の差し金により、夫を含む一族が根絶やしにされます。子とふたり生き残ったものの、子が人質となっているため、環璃は、燦に完全に支配された状態に陥ります。

 本作では、その『支配』がテーマのひとつになっています。『かつて自分たちを苦しめた支配であることに、支配に回った者は気づきもすまい』と、支配を受けた痛みを忘れて支配する側に立つ者の愚かさが指摘される場面があったり、支配される者に『牙を剥く以外の選択肢を与えそれを自主的に選ばせることで、喜んでこちらに同化させること』が本当の支配だと語られる場面があったりします。

 支配され苦しむ環璃が願うのは、確神 (ゲゲル) と呼ばれる確たる神とともに生き、子を取り戻すことです。確神とともにあれば、男を一瞬で灰燼 (はい) にする力を得られ、支配に屈することなく生きることができるのです。

 しかし、環璃に訪れた転機は意外なものでした。旅の途中で知り合った女性を信じ、彼女に自らの国を与え、彼女の過去を知りたいと願い、心を預けたことをきっかけに思わぬ道を辿ることになります。

『やっと、わたしのものを分け与えることができた、と環璃は思った』という一文を読んだとき、状況が本当に変わるのは、結局、人を大切にし、人から大切にされたときなのだと、目を背けていたことを直視させられた気がしました。
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2023年03月31日

「ロゴスの市」

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乙川 優三郎 著
徳間書店 出版

 漠然とながら、人が言語と向き合う姿勢とその生き方は互いに強く影響を与えあうのかもしれないと思いました。

 翻訳を生業として日々机に向かって過ごす男と同時通訳の仕事に従事し世界中を飛び回っている女との 30 年以上にわたる恋愛が軸のひとつになっている作品です。タイトルの『ロゴス』は、ここでは主に、『理性』をつなぐ役割の『ことば』を意味し、同じ言語を扱う仕事でありながら、翻訳と同時通訳のあいだにある、さまざまな違いを見てとれる内容になっています。また、語り手である男の仕事、翻訳は、抽象的でありながら、その仕事の難しさが同時にやりがいになっていることなど、知らない世界を窺い知ることができます。

 女のほうは、自分と男のことを『せっかちとのんびり』と形容していて、それがこの小説の核のようなものになっています。刻々と流れることばを瞬時に捉えて違う言語にする同時通訳と、それに比べると考える時間をもてる翻訳の仕事の違いが、それぞれの生き方にもあらわれているように思えるのです。

 いまの世代の子たちなら『親ガチャの勝ち組』といえる男の立場と、そうではない女の境遇を比べると、何かと急ぎ、焦り、たったひとりで決断して行動に移していくようになった女と、そんな彼女をずっと目で追いながら、思いをことばや行動であらわせずにいる男の対照が浮かびあがります。

 ふたりの関係の終わりを告げる手紙は、時代背景から察せられる部分と、ふたりが親密になった頃のできごとで暗示された部分から成り立っていて、ふたりの軌跡を確かめる内容になっています。わたしには、予定調和ともいえる終わり方に見えました。
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