2022年07月19日

「さよならに反する現象」

20220719「さよならに反する現象」.png

乙一 著
KADOKAWA 出版

 以下が収められた短篇集です。「フィルム」というのは、8mm フィルムのことで、これからの時代、こういったものをテーマとする作品は少なくなるのだと思います。ただ、以前読んだ「さみしさの周波数」に収められている「フィルムの中の少女」といい、この「フィルム」といい、フィルムから連想されるアナログな雰囲気と非科学的といわれる現象は、なんとなくぴったりとくるので、こういった作品も残ってほしいと思います。

- そしてクマになる
- なごみ探偵おそ松さん・リターンズ
- 家政婦
- フィルム
- 悠川さんは写りたい

 わたしにとって乙一作品といえば、「SEVEN ROOMS」です。どれだけ時が経っても、読んだときの怖さが忘れられません。2006 年に読んだにもかかわらず、その強烈な恐怖感だけは今も残っています。

 いっぽう、この短篇集は、どこかユーモラスな雰囲気を醸す作品が多く、これまでわたしが抱いていた印象を覆すのに充分で、作家のふり幅の広さが感じられました。ただ、なかには、くすっと笑える要素がありながら、同時に恐怖も残す作品もありました。

「悠川さんは写りたい」には、可笑しみと怨念が違和感なく混ざりあっています。心霊写真をつくるという変わった趣味の持ち主の烏丸さんと、すでに亡くなっている悠川さんのやりとりが、ある意味滑稽でありつつ、お互いにうまく補っているような印象を受けます。そして、最後の最後に、悠川さんの復讐が一抹の恐怖を残します。それまでの和やかさとのギャップに驚かされて読み終えることができました。
posted by 作楽 at 21:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 和書(日本の小説) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年05月04日

「魍魎回廊」

20220504「魍魎回廊」.png

宇佐美 まこと/小野 不由美/京極 夏彦/高橋 克彦/都築 道夫/津原 泰水/道尾 秀介 著
朝日新聞出版 出版

 ホラーミステリーのアンソロジーです。各作家の作品名は次のとおりです。

宇佐美 まこと……水族
小野 不由美……雨の鈴
京極 夏彦……鬼一口
高橋 克彦……眠らない少女
都築 道夫……三つ目達磨
津原 泰水……カルキノス
道尾 秀介……冬の鬼

 そうそうたる顔ぶれのアンソロジーなので、どれもおもしろかったのですが、意外にも「冬の鬼」が、わたしにとってのベストでした。意外というのは、この作家がブレイクした「向日葵の咲かない夏」を読んで苦手意識をもってしまい、それ以降、この作家の作品を手にしていなかったためです。

「冬の鬼」では、超自然的現象は何も起こりません。ひとりの女の日記が 1 月 8 日から 1 日ずつ遡るかたちで続き、1 月 1 日で終わります。ただ、冒頭の 1 月 8 日の日記は、次の 3 行のみで、さっぱりわからないまま読み始めることになります。
++++++++++
遠くから鬼の跫音 (あしおと) が聞こえる。
私が聞きたくないことを囁いている。
いや、違う。そんなはずはない。
++++++++++

 それに続く数日は、不幸なできごとを経験してもなお、穏やかな日常とささやかな幸福を噛みしめるかのような内容が続きます。ただ、なぜ硝子に新聞紙を貼ったのか、なぜ S は、女に地図を書いてやらなかったのかなど、やや腑に落ちない描写が散見されます。そしてそれら伏線がすべて回収される 1 月 1 日の日記を読んだとき、1 月 8 日に書かれた『聞きたくないこと』が何なのか、次から次へと想像が膨らみました。

 作中では、鬼が何を囁いたのか書かれていません。それでも、女が聞きたくないことをあれこれ想像した自分のなかから囁き声が聞こえ、その非情な声に自分が少し怖くなりました。
posted by 作楽 at 21:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 和書(日本の小説) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年05月03日

「鉄道員 (ぽっぽや)」

20220503「鉄道員 (ぽっぽや)」.png

浅田 次郎 著
集英社 出版

 以下が収められた短篇集です。

- 鉄道員 (ぽっぽや)
- ラブ・レター
- 悪魔
- 角筈にて
- 伽羅
- うらぼんえ
- ろくでなしのサンタ
- オリヲン座からの招待状

 死んでしまえば何も残らない、わたしは、そうであればいいと思っていますが、この短篇集を読んでいるあいだは、その考えも少し揺らぎました。

 たとえば、「うらぼんえ」では、自分のことに親身になってくれる人がひとりとしていない主人公ちえ子のために、祖父が盂蘭盆会に帰ってきます。天涯孤独な身の上のちえ子にとって叶うことのない願いが叶えられる場面に立ち会った気分を味わうことができ、また理不尽な目に遭いながらも前を向く気力を取り戻すちえ子の姿に温かい気持ちになれました。

 同じように「鉄道員 (ぽっぽや)」では、娘を亡くした日も妻を亡くした日も駅員としての職務をまっとうした男の前に、亡くなった娘が成長した姿を見せにあらわれます。たとえ彼がそのあと、たったひとりでこの世を去ったとしても、寂しくはなかったと思えました。

 また「角筈にて」では、左遷されてリオデジャネイロに赴く貫井恭一が道中、とうの昔に亡くなった父親とことばを交わします。彼は、小学 2 年生のある日、父親に捨てられたときのことを鮮明に覚えていて、それまで、捨てられた子だから負け犬になったと言われたくないばかりに、勉強にも仕事にも必死に励んできました。でも、左遷された新天地では、もう無理をせずともよいと、安らぎが訪れたようにも思えます。また、父親の思いに触れ、過去の辛い記憶にひと区切りつけることができたようにも見えます。

 それぞれ抱えるものがありながら、それを受け止めて次へと進むあたり、しんみりとさせられるだけでなく明るさが感じられ、この作家らしさがあらわれていたように思います。
posted by 作楽 at 21:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 和書(日本の小説) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年04月07日

「坂の途中の家」

20220407「坂の途中の家」.png

角田 光代 著
朝日新聞出版 出版

 主人公は、まもなく 3 歳になろうとする娘と夫の陽一郎と暮らす専業主婦の里沙子。彼女が、世間を騒がせた乳幼児虐待事件の補充裁判員になるところから物語が始まります。事件の被告人である水穂は、生後 8 か月の娘を浴槽に落として溺死させた罪に問われていました。

 里沙子は、裁判員のひとりとして客観的に水穂を見ようと努めますが、証言の食い違いが見受けられ、家庭という密室のなかの状況は、そう簡単には把握できません。さまざまな角度から仮説を立てて考えていくうち、自分と近い家族構成に身をおく水穂に、知らず知らず自分自身を見ていくようになります。そして結果的に、自分と自分を取り巻く環境についても客観視するようになり、彼女なりの結論に達します。

 そんな彼女のことばの一部に驚かされました。
++++++++++
憎しみではない、愛だ。相手をおとしめ、傷つけ、そうすることで、自分の腕から出ていかないようにする。愛しているから。それがあの母親の、娘の愛しかただった。
 それなら、陽一郎もそうなのかもしれない。意味もなく、目的もなく、いつのまにか抱いていた憎しみだけで妻をおとしめ、傷つけていたわけではない。陽一郎もまた、そういう愛しかたしか知らないのだ――。
++++++++++
 相手が劣っていると言い続けて敢えて傷つけ、優れている自分のそばにいるほうが良いと相手に思わせるのは、自己中心的な行ないであって、そこに相手に対する愛など微塵も存在しないと、わたしには見えました。つまり、幸せな家庭のなかの自分、従順な家族に頼られる自分、そういった理想に近い自分像を維持するために、自分とは別の人格をもつ者を利用しているように感じたのです。

 なぜ、愛ゆえにおとしめられたという結論に里沙子が至るよう描かれたのでしょうか。モラルハラスメントから逃れられないケースでは、里沙子のように愛されていると誤解することが多いのでしょうか。里沙子が自分の状況を客観的に見つめなおしていくプロセスに惹きこまれたあとだったので余計に腑に落ちませんでした。
posted by 作楽 at 21:00| Comment(0) | 和書(日本の小説) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年03月13日

「アイスクライシス」

20220313「アイスクライシス」.png

笹本 稜平 著
徳間書店 出版

 北極点を中心に広がる北極海は、北米大陸とユーラシア大陸に囲まれ、氷盤があるだけで南極のような大陸がありません。冬には容易に飛行機が離発着できる、その分厚い氷がなくなれば、その下に埋蔵されている膨大な化石燃料が手に入りやすくなるだけではなく、北極海航路を簡単に行き来できるようになり、その経済効果は、計りしれません。

 その事実がこの小説の出発点になっています。1 月のある日、ロシアが開発した純粋水爆 (起爆剤として原爆を使わない水素爆弾で、放射性降下物を生成しません) の実験が北極海で実施されるところから物語は、始まります。実験地点では、爆発の影響で急激な海水温上昇が起こり、大地のように見えていた氷盤に亀裂が次々と入って、一気に不安定になります。

 その近くでは、油田探索調査が実施されていました。日本の資源探査会社とそのクライアントである米国の準石油メジャーから成る 7 人の調査チームは、水爆実験について事前に何も知らされておらず、突然探査基地が海に沈むかもしれない状況にさらされます。しかも、極地特有の雪あらしの真っただ中で、飛行機による救助も望めません。

 最初は、調査チームの生還が叶うのか気になって、ページを繰る手が止まらなかったのですが、途中から単調に感じられるようになりました。その理由は、ふたつの単調さにあります。ひとつは、景色の変化が乏しい点です。雪あらしのために視界が悪く、氷盤の状態が悪くなるといっても、そう大きな変化は望めません。そのためか、極端な思想の持ち主がひとり登場人物に入っているのですが、それでも単調さは否めません。もうひとつは、良心のある人とない人がわかりやすく分かれている点です。国益を振りかざして国民を犠牲にする、良心なき政治屋連中と、それに逆らってでも一丸となって民間人を守る軍人たちといった、わかりやすい構図が少し単調に感じられました。

 北極の氷盤がなくなったときの経済効果を巡って、経済大国が芝居を打つといった設定はリアリティもあり、おもしろいと思いますが、小説を終わりまで支えるには少し足りないのかもしれないと感じました。
posted by 作楽 at 19:00| Comment(0) | 和書(日本の小説) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする