ながたみかこ 著
笠間書院 出版
ひとの性格や感情をあらわすことば、なかでも和語 (大和言葉) や時代を感じる古風な表現を中心に構成されています。古い言い回しを自分のボキャブラリーに加えると、古い作品を読んだとき、より楽しめる気がします。
同時に、そんな古風な表現のニュアンスを理解できるひとがこれからは減っていく気もしました。たとえば、『あぐらをかく』は、なんの努力もせずにその立場のうまみを吸っているさまをあらわしていますが、著者は、『最近は和室が減ってあぐらをかく人も減ってきているので、この語もそのうち死語になってしまうのかもしれません』と書いています。
ほかにも、武張る (武士のように猛々しい様子を見せること)、腰巾着・根付衆 (いずれも、人に付き従って離れないさま)、昼行燈 (ぼんやりとしていて役に立たない人のこと) なども、武士、腰巾着、根付、行燈を見る機会が減るとともに、具体的なイメージがわかりづらくなるかもしれません。つくづく、ことばは生き物だと思います。
もちろんこの本で、知らない用語、用法、語源などを学ぶこともできました。ほのぼのとした良さが伝わってきたのは、円居る (まどいる) ということばです。『人々が輪の形で座ることを「円居」といい、そこで楽しく団欒することを「円居る」』というそうです。パンデミックを経験したせいか、温かいことばだと感じました。
また、いまほど便利な暮らしをしていなかったころの良さを感じたことばに、「可惜夜 (あたらよ)」や「かそけし」があります。「可惜夜」は、『明けてしまうのが惜しい、眺めのよい夜』という意味です。夜も煌々としている都市部で過ごしていると、夜らしい眺めに縁がありません。「かそけし」は、『目を凝らしてようやく分かるほどのわずかな光や、耳をすまさなければ聞こえないほどの小さな音。そういったかすかな状態』をいうようです。漢字だと「幽し」と書くようです。ひっそりとした奥深さが感じられます。
そのほか、『張り子の虎』に、『見かけ倒しで中身が伴わない人』という意味があることは知っていましたが、『張り子の虎は首がゆらゆらと動くように作られているため、首を振る癖のある人やイエスマン』を指すこともあるとは知りませんでした。
語源としておもしろかったのは、『あこぎ』です。『三重県の阿漕ヶ浦 (あこぎがうら) で密漁を重ねて捕えられ、簀巻きにされた漁師がいた』ことから生まれた表現だそうです。『笑壺に入る (えつぼにいる)』は、『笑い転げたり笑い興じたりなど、大きい喜びや笑いのようす』をあらわしていますが、ここから『ツボに入った』という現代の表現ができたようです。
似た表現が集められているので、それぞれの差異に目を向けたり、言い換えを考える機会をもてたり、楽しみ方は、そのほかにもいろいろあります。わたしにとっては、盛りだくさんでお得感のある本でした。

