2023年04月02日
「Matilda」
Roald Dahl 著
Viking Books for Young Readers 出版
Matilda は、たった 5 歳半ながら、いろんな面を併せもつ魅力的な主人公です。天才的な頭脳と好奇心をもち、学校に通う前からチャールズ・ディケンズやジェイン・オースティンなどの作品を読破できるだけでなく、桁数の多い四則演算も暗算で答えを得られました。そのうえ優しくて、大人顔負けの心配りができます。そうかと思えば、いたずらが大好きという、子供らしい面もあります。
そんな子供がいれば、周囲の大人は神童と大騒ぎしそうなものですが、両親は、Matilda をただただ邪険に扱います。学校の担任の先生 は、Matilda の可能性を信じ、飛び級させるよう校長先生に進言しますが、校長先生は頑として認めません。この校長先生は、Matilda に対してだけではなく、公私にわたって問題があり、人を人とも思わない極悪非道な人物なのです。
この展開で、どういった結末が用意されているのか、まったく予想がつかなかったのですが、驚きのハッピーエンドを迎えます。とてもわかりやすい勧善懲悪で終わったことにも驚きましたが、そこに至る伏線にも驚かされました。Matilda の父親が自慢げに話していた中古車ディーラーの仕事も、Matilda が負けん気が強くていたずらという手段で仕返しする一面をもつことも、Matilda の担任が面倒見がよくて利己的なところが少ない先生だということも、すべてここにつながっていたのかと思いました。
めでたしめでたし、そう言って本を閉じたくなった、児童書らしい結末を楽しめました。
2023年02月08日
「Danny the Champion of the World」
Roald Dahl 著
Viking Books for Young Readers 出版
児童書に分類されるロアルド・ダール作品をある程度読んだつもりでしたが、今回の作品は、これまで読んだものとは随分雰囲気が違っていて、少し戸惑いました。
この作品では、主人公の Danny が、生後 4 か月のときに母親を亡くしたことを語りはじめ、成長にともなって父親との暮らしがどう変わったかを振り返り、9 歳のときに経験した印象深いできごとで終わっています。結びで、最高に楽しくて胸躍る時間を一緒に過ごせる父親だと彼が語るのを待つまでもなく、母親がいなくとも、貧しくとも、Danny が幸せいっぱいだと伝わってくる作品です。
戸惑ったのは、父親との忘れられない思い出として語られているのが、密猟という点です。密猟する森の所有者が、常に人を見下しているような嫌われ者であっても、飢えをしのぐためではなく楽しみのために密猟するのは、児童書のストーリーとして少し抵抗を感じました。しかも、Champion of the World は、密猟の最高のアイデアを生み出したことによるタイトルなので、しっくりこないまま読み進め、密猟が成功裡に終わって万々歳とならなかったことに、なんとなく安堵しました。
読み終えて思ったのは、ユーモアと意外性に溢れる展開に、この作家の持ち味が発揮されていたということです。
この作品では、気になることが 2 点ありました。ひとつは、主人公 Danny が眠る前に父親に語ってもらう話のひとつとして「The BFG」の Big Friendly Giant が出てくる点です。気になって、これまで読んだ児童書作品の発表年を調べてみました。
1961: James and the Giant Peach
1964: Charlie and the Chocolate Factory
1972: Charlie and the Great Glass Elevator
1975: Danny, the Champion of the World
1982: The BGF
1983: The Witches
「The BGF」は、この作品から生まれたのでしょう。もうひとつ気になったのは、Aniseed Ball です。Danny がとても美味しいと絶賛しています。地中海あたりで広く食べられているボイルド・スイーツ(Boiled sweets:飴玉のようなもの)の一種で、なかにアニスの種が入っているようです。読みながら、いつか食べる機会があればいいと思いました。
わたしが一番気に入っているロアルド・ダール作品「The BGF」の始まりを知ることができたのは意外な収穫でした。
2022年09月27日
「THE BFG」
Roald Dahl 著
Quentin Blake イラスト
Puffin Books 出版
ロアルド・ダールの児童向け作品も、「Charlie and the Chocolate Factory」、「Charlie and the Great Glass Elevator」、「The WITCHES」、「James and the Giant Peach」と読んできたので、なんとなく共通点がわかったように思えました。
(1) まっすぐな子どもが登場し、その子なりの幸せを手にすること
(2) (人物だったり、モノだったり、場所だったり) 突拍子もないものが存在すること
(3) ロアルド・ダール作品に登場する単語の辞書 (Oxford Roald Dahl Dictionary など) が出版されるほど、造語がふんだんに使われて、ことば遊びを楽しめること
(4) 空想の世界だけにとどまらず、現実社会の好ましくないところも、(おもにユーモアとして活かされ) 描写されていること
本作品に登場する子どもは、孤児院に暮らす Sophie です。ある夜、witching hour になっても眠れなかった Sophie は、この本のタイトルになっている BFG を見てしまったせいで、 BFG に連れ去られてしまいます。
BFG とは、Big Friendly Giant の略です。BFG は、全住人 10 名の Giant Country の一員ですが、そのなかで一番小柄 (それでも 7m を超えます) で、唯一人間を食べたりしない友好的な存在です。(Giant にわざわざ Big と付けるのは、名前だけでも大きく見せたいということなのでしょうか。)
巨人などという手垢のついた登場人物が、この作品における突拍子もない存在なのかと、読んでいる途中で落胆しかけましたが、違いました。この巨人には、特殊な能力がありました。トランペットのような道具を使って夢を吹き込むことにより、人にその夢を見させることができるのです。
夢は、Dream Country と呼ばれる、夢が生まれる場所で集めることができます。目に見えませんが、微かな音を発しているため、とても耳のよい BFG にだけその音が聞こえるため、BFG は、夢の内容を知ることもできれば、夢を集めて調合することもできます。実際、5 万もの夢を集め、瓶詰めにして保管していました。そのなかの楽しい夢を子どもたちに届けるため、人影のない夜、街に出かけて、偶然 Sophie に見られてしまったのです。
ふたりは、ある目的を果たさんとバッキンガム宮殿に出かけます。宮殿での執事と BFG の掛け合いは、自身と執事が重なって見え、読んでいて楽しい気分になれました。ロアルド・ダールの豊かな想像力も、溢れるユーモアも、本作の著者について最後に明かされる秘密などの結末も、わたしのなかでは、これまで読んだロアルド・ダール作品のなかで最高だったように思います。
ロアルド・ダール作品をなんとなくわかった気になっていましたが、もっと知りたいと思えた作品でした。
2021年05月17日
「Charlie and the Great Glass Elevator」
ロアルド・ダール (Roald Dahl) 著
Penguin 出版
「Charlie and the Chocolate Factory」の続編です。(全体に影響があることではありませんが、本作の初版が発行された 1972 年を舞台にした物語であることと Charlie が 10 歳くらいに見えることが、この続編で明らかになりました。)
前作の終わりで、チョコレート工場のオーナーである Willy Wonka は、Charlie が工場を経営できるようになったら工場を譲るつもりだと宣言し、それに備えて Charlie には家族と一緒に工場に住んでもらうと言い出しました。そして、Wonka、Charlie、Charlie の祖父 Joe の 3 人でガラスのエレベーターに乗って Charlie の家に向かい、彼の両親と祖父母 3 人がエレベーターに乗りこんだところで前作は終わりました。
上下の直線移動をイメージさせる『エレベーター』という名前で呼ばれているこの乗り物は、その名前のイメージとはかけ離れていて、冒険へと誘う、どこへでも行ける乗り物です。
前作は、チョコレート工場内で完結するお話でしたが、今作では、宇宙空間へも人が生まれる前の世界 (MINUSLAND) へも冒険に出かけ、空間的にスケールアップしました。さらに、前作では、ありとあらゆるお菓子を発明し尽くした印象を与えていた Willy Wonka は今作で、若返るための薬やら老いるための薬やら怪しいものを色々開発していたことを明かし、それらを Charlie の祖父母に差し出して大騒ぎになります。
思わぬ冒険、未知の生物との遭遇、寓話を思わせる失敗譚などが盛りだくさんですが、韻を踏んだ独特のリズム、思いもよらない直喩、あちこちに散りばめられた造語、この先も波瀾万丈の展開が待ち受けていそうなエンディングなど、ほかの作品で感じたロアルド・ダールらしさを今作でも満喫できました。
一種の『どこでもドア』とも言えるガラスのエレベータで行く冒険の細部は、自然科学に沿っている部分もありますが、それ以上に荒唐無稽な作り話が練られていて、ほかのロアルド・ダール作品同様、おとなが読んでもおもしろいと思います。
2021年04月29日
「James and the Giant Peach」
ロアルド・ダール (Roald Dahl) 著
Penguin 出版
「The WITCHES」と同じく、両親と死に別れた男の子が主人公のファンタジーです。たった 4 歳で孤児になった James Henry Trotter は、とても意地悪な Aunt Spiker と Aunt Sponge に引き取られ、丸々 3 年間こき使われて過ごしたあと、素敵で不思議な体験をします。
顔じゅう髭だらけで禿頭の小柄なおじいさんに遭い、石にも水晶にも見える米粒大のものが何千と入った小袋をもらいます。その小さな粒は、緑色に輝いて美しいだけでなく、不思議な魔法の力をもっているとおじいさんは言います。小袋の中身を水に入れ、自分の髪の毛 10 本を加えて一気に飲み干すと、素晴らしいことが起こり、二度と惨めな思いをせずに済むと言うのです。
胸躍らせた James は、しかし、その大切な小袋の中身を桃の木の近くでぶちまけてしまい、緑の粒は地面に吸いこまれたかのようにひとつ残らず消えてしまいました。おじいさんは、緑の粒を逃してしまったあとは、最初に緑の粒を見つけた者が魔法の恩恵に浴すのだと言っていたことから、James は、自分がチャンスを逃したと覚ります。
こうして魔法の力により、タイトルにある Giant Peach が生まれ、紆余曲折を経て、James は、この大きな桃を乗り物に、緑の粒で同じく巨大化した 7 匹の仲間、Old-Green-Grasshopper、Centipede、Miss Spider、Silkworm、Earthworm、Glow-worm、Ladybird と共に冒険します。
なんとなくジャックと豆の木の片鱗が感じられる物語ですが、どうでもいいようなところで正確だったり、桃に乗って旅する空は空想の世界だったり、地上と空のコントラストは読んでいると楽しくなりました。
たとえば、Centipede (ムカデ) は、足が 100 あると周囲から言われると、正しくは 21 対だとやり返します。(調べてみたところ、オオムカデ科の場合、21 対の足があるようです。)
また、Green-Grasshopper は、その名前から緑色をしていることがわかりますが、自らのことを short-horned grasshopper だから、バイオリンを奏でるように演奏できるのだと自慢しています。いっぽう、触覚が長いバッタ類は、翅をこすり合わせて音楽を奏でるので、バイオリンというよりバンジョーのような音色だと言うのです。さらに、自分の耳は、おなかにあるが、cricket (コオロギ) や katydid (キリギリス) は、前足に耳がついていると言って、James を驚かせます。
これら昆虫の描写と正反対にあるのが、空の描写で、Cloud-Men なる集団が空における自然現象を担っています。彼らは、図体が大きいわりに子供のように振る舞い、雹を降らせても虹をかけても楽しそうです。
物語の最後、James と 7 匹の仲間たちは、とんでもない場所にたどり着き、偶然による見事な着地を果たします。おばたちに虐められていた頃とは正反対の James のハッピーエンドに束の間幸せな気分に浸ることができました。