2022年06月06日

「10 の奇妙な話」

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ミック・ジャクソン (Mick Jackson) 著
デイヴィッド・ロバーツ (David Roberts) イラスト
田内 志文 訳
東京創元社 出版

 次の 10 篇が収められています。全体として、風変りな展開が多いというか、わたしたちが日常的に簡単に諦めてしまっている何かに固執してしまう主人公が多かったように思います。

- ピアース姉妹
- 眠れる少年
- 地下をゆく舟
- 蝶の修理屋
- 隠者求む
- 宇宙人にさらわれた
- 骨集めの娘
- もはや跡形もなく
- 川を渡る
- ボタン泥棒

「ピアース姉妹」では、ロルとエドナのピアース姉妹が、ふたりだけの暮らしに入り込んだ男に、「地下をゆく舟」では、定年を迎えたモリス氏が自ら造った手漕ぎボートを漕ぐことに、「蝶の修理屋」では、バクスター・キャンベル君が美しい蝶の数々に、「骨集めの娘」では、ギネスが地中に埋まった骨に、「もはや跡形もなく」では、フィントン・ケアリーが奥深い森に、「ボタン泥棒」では、セルマがボタンに執着し、追い求めます。

 特に印象深いのは、「蝶の修理屋」です。読む前は、『蝶』に『修理』ということばは似つかわしくないと思ったのですが、読み終えたときは、しっくりきました。主人公の男の子が蝶を修理することにのめり込んでいく心情にあまり違和感を覚えることなく読め、ふとしたきっかけにこんなことが自分にも起こるかもしれないという気持ちになったからかもしれません。理性では不可能だと理解していても、それを物語のなかでは現実として見てしまう感覚でした。

 この作品は、新たな着想を人に与えるのか、15 分ほどの実写映画になっています。映画では、再生や復活だけに焦点があたっていて、命を奪った者の最後を描いた原作の結末がなくなっています。そのため、物語の陰の部分が失われたように感じました。原作のほうがわたしの好みでした。

 「蝶の修理屋」に限らず、常識を外れた何かに魅入られてしまう不思議な感覚に襲われる物語がいくつかありました。タイトルどおりの短篇集でした。
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2022年05月22日

「クララとお日さま」

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カズオ・イシグロ 著
土屋 政雄 訳
早川書房 出版

わたしを離さないで」を読んだときのことを思い出しました。主人公キャシーが、どういう時代で、どういう立場に立たされているのか、知りたくて先を急いだ、あの感覚です。

 今回の語り手は、クララという AF です。この AF とされるクララは、ものの捉え方が独特で、何者なのか冒頭では掴めませんでした。そして AF の A が Artificial (人工) だとわかったとき、キャシーの存在理由を知ったときと同じ驚きを覚えました。

わたしを離さないで」でも、この作品でも、いまの時代にはいない存在が語っています。そして、キャシーもクララも自らの境遇を淡々と受け入れているように見受けられる点が似ています。人工知能が反乱を起こす映画などを見たときに覚えた違和感が、クララには感じられず、わたしたち人間の感情や価値観をクララの学習を通して気づくことができた気がします。

 臓器移植が可能になったり、クローンや遺伝子編集が実現したり、人工知能が人間と同等の知能をもつ日までもう 10 年もないという説が出てきたり、テクノロジーの進展によって、状況は刻一刻と変化しています。そして、そうした新しいテクノロジーを生みだす人たちがいるいっぽう、大多数はそれによって変化した環境に適応するのに精一杯なのではないでしょうか。そして、テクノロジーを生みだした人たちも、それがどう世界を変えるのか、実は正確にはわかっていないのかもしれません。

 クララを購入したクリシー・アーサーは、娘のジョジーにねだられてクララを選びました。しかし、クリシーは、娘には内緒で、クララに対してある役割を期待していました。娘が新しいテクノロジーの恩恵に浴することができるよう娘のために決心をしたものの、それに伴うリスクは受けいれがたいことで、苦肉の策として思いついたのでしょう。

 新しいテクノロジーによって、良いことばかりが起こるとは限りません。そして、自然が新しいテクノロジーに負けるとも限りません。それでも人々は、新しいテクノロジーを生みだし続けるいっぽう、それによって変化する世の中でなんとか各々の居場所や考えをもとうと迷いながら進むしかないのかもしれない、この小説を読み終えたとき、そう思いました。

 そんな人間とは対照的に、自分の役割を終えて冷静に過去を振り返るクララの結末に、なぜか心が休まりました。
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2022年01月02日

「瞳の奥に」

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サラ・ピンバラ (Sarah Pinborough) 著
佐々木 紀子 訳
扶桑社 出版

 『かつて』と『その後』と『現在』の 3 つの時点が最初に描かれ、その後、『かつて』と『現在』を行き来しながら物語は展開し、最後の最後に『その後』がなんの場面だったのかが理解できるようになっています。おもな登場人物は 3 人で、デヴィッドとアデルのマーティン夫妻とシングルマザーのルイーズ・バーンズリーです。このうち、物語の声となるのはアデルとルイーズで、最後の最後にアデルが何者なのかを明かす第 3 の声が登場します。

 夫婦は円満とは言い難く、精神科医のデヴィッドは、自らの秘書ルイーズと不倫していて、そのいっぽうでルイーズは、アデルと親しい友人関係にあります。メロドラマの様相を呈する状況ですが、読み始めてすぐサスペンスの要素に気づかされます。アデルは、ルイーズを意のままに操って何か良からぬことを画策しているのです。また、デヴィッドは、夫婦の結婚に関する秘密をルイーズに知られまいと必死に隠し、ルイーズは、アデルの思惑に気づくことなく、マーティン夫妻が隠していることが気になって仕方ありません。そんななか、それぞれの過去や関係性が徐々に明かされていきます。

 しかし、後半になってから、これはただのサスペンスではなく、超常現象も物語の要素として鍵になるのではないかと思わされます。夜驚症のせいで体調不調に陥っているルイーズに対してアデルは、かつて夜驚症に悩まされていた経験をもとに、克服法を教えます。その結果、ルイーズは、夢を自在にコントロールできると思うに至ります。

 夜驚症は、幼児・小児ではそう珍しくはありませんが、おとなにとっては珍しい症状です。それなのに、子供でもないアデルやルイーズが夜驚症を接点として、体験を共有していくことに作者の強い作為が感じられ、なんとなく非科学的な後味の悪い結末を迎えることが読み取れました。

 そして結末までいくばくかもない段階になって、超常現象が起こり、それまで辻褄が合わないと感じていたことに合点がいきます。物語の終わりに、アデルが何を画策していたのかが明かされ、予想どおり後味の悪い事実が判明します。

 驚く結末ではありましたが、超常現象に対して抵抗があるので、解明される謎は、読者に想像の余地を残しておいてほしかったと感じ、あまり意外性を楽しめませんでした。
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2021年12月12日

「鏡の国のアリス」

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ルイス・キャロル (Lewis Carroll) 著
河合 祥一郎 訳
角川書店 出版

 前作の「不思議の国のアリス」ほどは楽しめなかった気がします。ただ、その理由は、自分でもわかりません。著者の寂寥感のせいか、チェスを知らないせいか、アリスが目標地点に向かって突き進むせいか、折々に登場するマザーグースの歌を知らないせいか、それらのいずれか、あるいはすべてが関係しているのかもしれません。おそらく、ことば遊びに触れながら先が見えないまま進んでいった前作のほうが、わたしに合っていたのでしょう。

 著者の寂寥感は、前作の下地ができてから起きた変化に原因があるようです。オックスフォード大学クライストチャーチ校に勤務していたルイス・キャロルが、同校学寮長の次女アリスにせがまれて紡ぎだしたストーリーがのちに「不思議の国のアリス」になったのは有名な話です。しかし、「不思議の国のアリス」が世に出たころ、学寮の中庭で 13 歳になったアリスと偶然再会した著者は、彼女が物語をせがんでいたころの幼い少女ではなく、娘になりかけていたことに驚いたようです。訳者あとがきでは、本作は、前作とは違って、実在のアリスのためというより、自分の心のなかにいる小さなアリスのために書かれたものだとされています。もう戻らない時間に対する寂しさが滲みでていても不思議ではない気がします。

 トランプの世界を冒険した半年後、鏡の向こうのチェスの世界を冒険するという設定になっている本作は、景色がチェスの盤面のようになっています。『まっすぐな小川が何本もはしからはしまで横切っていて、そのあいだにはさまれた土地は、小川から小川までのびているたくさんの小さな緑の垣根によって、いくつもの正方向に区切られ』ていて、整然としています。

 そこで繰り広げられるチェスのゲームを見たアリスは、ポーン (歩兵) でもいいから自分も仲間に入りたい、できればクイーンになりたいという望みを赤のクイーンに漏らします。赤のクイーンは、8 つ目のマスまで行けばクイーンになれると答えます。そうして、8 つ目のマスまで進むという明白な目標ができ、そこに向かって物語は進みます。しかも、チェスの盤上を適当に進むのではなく、きちんとルールに則って駒は進んでいるようですが、チェスに詳しくないわたしは、展開についていけていないように感じました。

 その盤上でアリスは、いろんな登場人物に会いますが、一部はマザーグースの歌に登場する者たちです。ハンプティ・ダンプティやトゥィードルダムとトゥィードルディーのコンビなどです。もとの歌を知らないわたしにとっては、内容の理解が難しい描写もありました。

 ただ、前作同様、多くのことば遊びが盛り込まれていて、翻訳の過程でそれらが失われないよう工夫が凝らされているので、日本語でも踏韻などの音を楽しみつつ、登場人物の滑稽な物言いや所作に笑ったりできます。また、鏡の向こうに広がる世界だけに、時間軸が反対になっていて、過去から未来に進むのではなく、未来から過去に時間が流れていくという不可思議な状況に驚いたりもできます。しかし、基本的には、赤のクイーンがアリスに教えたとおりに物語は進行します。まるで、どんな子供も、おとなになるという、ひとつのゴールに向かって、決められたレールのうえを進んでいくかのように。枠にはまらない前作のほうが、わたしの好みに合っているのかもしれません。
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2021年11月11日

「パッセンジャー」

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 長篇小説の場合、目次がないこともありますが、本作には、女性のものと思しき名前ばかりが並ぶ目次があります。最初に見たとき、翻訳小説でよく見かける登場人物一覧かと一瞬勘違いしてしまいました。

 読み進めるうち、この目次にある名前は、主人公が次々と変えていく偽名だと気づきます。しかし、偽名を使って逃げなければならない羽目になった最初の原因はずっと謎のまま。身分証明書もなく転々と居場所を変える主人公の生活は、サスペンスそのものです。

 帯に『すべてが伏線。二度読み必須』と書かれてあり、スリル満点の主人公の逃亡を読み進めながらずっと、意外な結末を期待していましたが、読み進めていくうちに固まっていくイメージどおりの結末でした。いたるところにヒントがありましたが、特に役に立ったヒントは、登場人物一覧かと思うような目次と、原作が 2016 年に出版されている点です。

 なぜ主人公は逃げているのか、結末はどうなるのか、その 2 点が気になって、勢いよく読み進められましたが、サスペンスやミステリにもあって欲しいとわたしが期待するピースが欠けていたような気もします。それは、主人公が出会った青い瞳の女性の人物像です。

 主人公の逃亡が彼女のの視点で語られているため、彼女の価値観、行動力、個性などが詳細に描かれていて、主人公の人物像を作りあげることができたのとは違って、結末に大きな影響を与えたにもかかわらず、青い瞳の女性がどうしてそういう行動に出たのか、どのようにそんな結論にたどり着いたのか、はっきりとイメージできなかった点が少し残念でした。

 青い瞳の女性が目立ちすぎると、鍵を握る人物だとあらわになってしまい、先が見えてしまうと考えた結果の工夫かもしれませんが、矛盾する行動をとった人物のようにも思え、すっきりと読み終えられませんでした。
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