2025年12月16日

「鎖された声」

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エミコ・ジーン (Emiko Jean) 著
北 綾子 訳
早川書房 出版

 米ワシントン州の警察署に勤務するチェルシー・カルフーン刑事は 2 年前、エリザベス (エリー)・ブラックというティーンエイジャーが行方不明となった件を担当しました。そのエリーがいまになって森で発見されたところから、物語は始まります。チェルシーは、担当刑事として犯人を見つけ出そうと懸命に捜査しますが、エリーがあまり協力的ではなく、想像以上に捜査は難航します。

 エリーはなぜ、なにも語らないのか、どのようにしてエリーは監禁場所から逃げ出してきたのか、犯人は誰なのか、数多くの謎に包まれた事件は、エリーが発見されたときに身に着けていた服が過去に遺体で発見された行方不明者のものと判明したこと、その着衣に第三の行方不明者の血痕が付着していたことなどから、謎がさらに深まります。

 捜査が進むにつれ、エリーが拉致された事件も、エリー以外に拉致された女の子たちの事件も徐々に謎が解明されていくのですが、同時にチェルシーの過去、たとえば警察官になった理由やどんな後悔を抱えながら生きてきたのかも徐々に明かされていきます。

 帯には、『必ず騙される驚愕のサスペンス』とありますが、騙されるというよりは、想像もしていなかった事実やわたしたちが陥りがちな過ちが最後に明かされます。物語の終わりにこうあります。『マスコミに問いたい。世界に訴えたい。いつになったら満足するのか? 社会はいかにして男の手によって女性が殺される現実を受け入れるのか。チェルシーは少女たちを悼む。』

 男に拉致監禁された、エリーのような被害者は、当然のように社会から貶められます。不注意だったから、隙があったから、男の目をひいて被害に遭ったかのように言われます。しかし、それは完全に間違っていると著者は伝えたかったのではないでしょうか。悪いのは加害者だけであり、被害者に近しいひとたちにも非がない、そんな簡単なことを社会が理解しようとしない現実を著者は突きつけたかったような気がします。

 この作品では、被害者の周囲で、自分にはもっとできることがあったのではないかと自らを責め続けるひとたちが数多く登場します。そのいっぽうで、妻や子どもなど、自分よりも力で劣る存在を虐げる男たちも数多く登場します。その対立のなかで、チェルシーの過去の『ヴェールが剝がれだす』場面があります。前者だと信じ続けていたチェルシーの父親は実は後者だったのだと、チェルシー自身も認めざるを得なくなります。

 虐げられると、自らが悪かったのだと思ってしまいがちだが、それは誤りだと、著者は言いたかったような気がして仕方がありませんでした。警察小説としてもおもしろい展開でしたが、思いがけない指摘にわたしは狼狽えてしまいました。
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2025年08月31日

「密林の夢」

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アン パチェット (Ann Patchett) 著
芹澤 恵 訳
早川書房 出版

 原題は、「State of Wonder」です。タイトルどおり、さまざまな wonder が起こり、気持ちが揺さぶられる物語でした。自分に見えている世界は狭く、誰にとっても正しい答えなどないのだと思いました。たとえば、科学は、さまざまな事柄を明らかにしてくれますが、その科学をどう活用すべきかについては、万人にとっての正解はないようです。

 物語は、ヴォ―ゲル社の研究員アンダーズ・エックマン博士がアマゾン河の支流にある村で亡くなったと知らせる手紙が届くところから始まります。エックマンは、アニック・スウェンソン博士が現地で開発している新薬の進捗状況を確かめて報告する役目を担っていました。その後任をつとめるよう、同社のジム・フォックス CEO から指示され、またエックマンの最期の状況を知りたいと、妻カレン・エックマンから懇願され、主人公のマリーナ・シン博士は、ブラジルのマナウスに向かい、スウェンソンの居場所を突きとめようとしますが、思うようにいきません。物語の展開もそこで止まって膠着状態に陥ります。

 ただ、ストーリーに展開がなくても、この物語に惹きつけられてしまうのは、その描写です。特に、心情描写が巧みで、心動かされます。夫の遺体 (遺骨) がないため、カレンは無きに等しい望みを抱き、次のように語ります。
希望って、たちが悪いわ。希望を美しいものとかすばらしいものの部類に入れたのって、いったい誰かしらね。だって、美しくもすばらしくもないもの。希望は苦しみの種よ。釣針が口に引っ掛かった状態で歩きまわってるようなもの。自分以外の誰かの手で、その釣針を引っ張られるの。引っ張られれば歩かないわけにいかないじゃない? で、何歩か歩くと、また引っ張られる。
 師と尊敬する人物のことを絶賛するアラン・サターン博士に対し、その妻ナンシー・サターン博士は、次のように苦言を呈します。自らのパートナーが女たらしを人生の手本にしていることをどう思っているのか、手にとるようにわかります。
ある人の人生をばらばらにほぐして、自分の理想に当てはまらない構成要素は取り除き、理想どおりだと思えるものだけを寄せ集めて編みなおすなんて、おかしい。マーティン・ラップは偉大な科学者だった、ええ、それはわたしも認めるわ。誰に聞いても、本物のカリスマ性を備えた人物だったと言うから、きっとそうだったんでしょう。でも、それと同時に、ふたりの女に対して徹底的に不誠実だった。はっきり言って、わたしはそれが許せないの。あなたが、いずれこうなりたいと憧れてた相手が、死ぬまでずっと女たらしだったってことが、どうにも許せないの。
 マリーナがスウェンソンに会えたとき、スウェンソンはそれまでヴォ―ゲル社の人間を避け続けた理由を次のように語ります。スウェンソンの強烈な個性が伝わってきます。
企業はどこも同じです。科学を支援すると言いながら、その実、科学が必要とするものを真に理解しようという姿勢に欠けます。ラップ博士は人生のほぼ半分をこの地で過ごしました。植物学の分野であれほど画期的な仕事を成し遂げた人は、あとにも先にもラップ博士だけでしょう。それでも博士のなさったことは、広大な菌類の世界に手を伸ばし、たまたま手の届いたところの表面をちょっと引っ搔いただけなのです。科学の研究には膨大な時間が必要です。一生分の時間を費やしても足りないぐらいなのです。ならば、わたしが研究に人生を捧げれば、研究の資金提供者である企業も感謝するはずだと思っていませんか? それがそうでもないのです。ジム・フォックスのような人は、時間が必要だということを理解しようとしないからです。
 自らの好奇心に負けて憑りつかれ、続けてきた研究をあたかも企業のために膨大な時間を捧げたかのように語るスウェンソンが物語で重要な役割を担っているせいで、わたしのなかに疑念が生まれました。

 研究者が科学を究めるにしても、企業経営者が利益を追求するにしても、それは自らが支配者であるという傲慢な考えがなければ成り立たないのではないかと。なぜなら、マリーナからの連絡が途絶えたあとにフォックスがとった行動は、どこかスウェンソンに似ています。結局のところ、いろいろ理由をこじつけているものの、研究にしろ企業経営にしろ、真の理由は、そうしたいという衝動に抗えないだけなのかもしれません。

 そんなふたりを前にしたマリーナの困惑には、とても共感できましたし、彼女は、読者の代弁者でもあるのかもしれません。マリーナにとって、アマゾンの奥地に向かう旅は、過去や現実と向き合う機会になりました。わたしにとって、この物語は、自分を再認識する機会になりました。スウェンソンやフォックスのような極論を語る人物に近づくことのできない、なんとなく中庸に流される優柔不断なのかもしれないと。いろんなものを映しだしてくれる物語でした。
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2025年08月10日

「円環」

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アルネ・ダール (Arne Dahl) 著
矢島 真理 訳
小学館 出版

ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女」以降、北欧ミステリの人気は衰え知らずに見えます。本作品は、そんな北欧ミステリの人気作家による新シリーズです。ただ、北欧ミステリがひとつのジャンルとして日本に定着したとはいえ、まだまだわたしは、スウェーデンの人名に馴染めておらず、おもな登場人物でさえ、覚えるのにひと苦労です。

 そんな苦労を感じつつも、先の読めない展開に一気に読まされてしまいました。そして、終わりに待ち受けていたのは、意外な結末でした。昨今の地球温暖化・気候変動に対する危機感を煽るテロ行為に見えた連続殺人は、実はまったく異なる動機で引き起こされていました。作者が意外性を狙って仕組んだ展開だとは思いますが、一歩間違えば、とってつけたように見える流れです。しかし、犯人が怨恨相手を犯人に仕立てようとしていたことや犯人の執着が尋常でないことなどから、あまり不自然には見えず、純粋に驚かされました。

 楽しめたものの、あまりすっきりしない読後感が少し残念です。事件の詳細が、犯人からも捜査陣からも語られなかったのです。犯人は、なぜ 10 年も経ったあとに事件を起こしたのか、いつから緻密な計画を立てていたのか、なにを思って長年怨恨相手を監視しつづけてきたのかなど、数多くの疑問が残りました。

 また、事件だけでなく、捜査を指揮するエヴァ・ニーマンのチーム、国家作戦局のグループ Nova のメンバーの過去についても、さまざまな匂わせがあったものの、最後まで明かされない謎も残りました。巻末の解説によると、『作者はエヴァ・ニーマンを登場人物とする本を、少なくともあと 3 冊計画』しているそうで、そのためではないかと思いました。続きは来週とか、結末は映画でとか、そういった連続ドラマのような終わり方に感じられます。シリーズ作品であっても、次の作品が翻訳されるかどうかは売上次第という業界だけに、続きを読めるのか気になります。

 読み終えたあとも、謎の答えをもっと知りたくて、さらにページをめくりたくなるページターナー作品でした。
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2025年03月30日

「追伸、奥さまは殺されました 伯爵夫人のお悩み相談」

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メアリー・ウィンターズ (Mary Winters) 著
村山 美雪 訳
原書房 出版

 事件の解決を生業としない主人公が活躍するコージーミステリ―のなかでも、本作の主人公の立場が珍しいのは間違いありません。舞台は、1860 年のロンドンで、主人公アミリア・エイムズベリーは、伯爵未亡人です。彼女は、レディ・アガニというペンネームで週刊誌のお悩み相談欄で読者の相談にこたえています。しかも、25 歳という若さの未亡人でありながら、10 歳になる姪の後見人を務めています。

 連続殺人事件を扱う本作の最初の被害者は、元海軍提督の長女であり、公爵の婚約者です。転落事故として処理されたものの、その死の真相を目撃した侍女は、どうすべきか考えあぐねた末、レディ・アガニに相談の手紙を送り、その直後に第二の被害者になってしまいます。公園の池で溺死したため、第一の殺人事件同様、事故として処理されてしまいます。

 そこで調査に乗り出したのが、侍女は口封じのために殺されたと推理した、主人公です。レディ・アガニの正体が伯爵未亡人だと知られたくないアミリアは、警察を頼らず、自ら犯人捜しを始めます。

 キャラクター設定など、珍しさがてんこ盛りではあるものの、わたしの好みとは言い難いコージーミステリーでした。19 世紀が舞台とあって、数多く披露されるお悩み相談はどれも、怖い先生の前で優等生が吐露するささやかな愚痴といったレベルで共感しづらいですし、素人探偵の活躍はゆっくり過ぎて犯人候補がなかなかあらわれませんし、さらには、一緒に謎解きをする侯爵と主人公のロマンスは遅々として進みません。

 また、犯人捜しの動機もしっくりきませんでした。世間の目を気にして当然の伯爵未亡人という立場を考えると、会ったこともない侍女の事件を自らの身を危険にさらしてまで解決しようと主人公が執着する理由が腑に落ちません。すでに本作の続編も発表されているようですが、それも読みたいという気持ちには、残念ながらなれませんでした。
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2025年02月20日

「フロスト気質 上下」

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R.D. ウィングフィールド (R.D. Wingfield) 著
芹澤 恵 訳
東京創元社 出版

Hard Frost」の訳書です。日本語で描かれるフロストは、英語で読む以上におもしろいので、物語の細かな展開を忘れたころに日本語でも読みました。上司にいじめられながら、相も変わらず、よれよれになって数々の事件を捜査するフロストに、ときには同情し、ときには呆れ、今回も大いに楽しませていただきました。

 休暇をとったにもかかわらず、人手不足のために呼び戻されたフロストには同情を禁じえませんが、デートをすっぽかして仕事に行ったまま、ガールフレンドの家に花のひとつも持たずに、煙草欲しさにのこのこと出かけていく姿には、呆れてしまいました。

 それでもやはり、フロストは憎めないキャラクターだと、あらためて思いました。証拠を捏造するような警官なのに、糾弾したいとは思えません。こんなに灰汁が強く、それでいて共感できる人物を描く、この作家の力量を読むたびに感じます。そして、混沌としたこの世界の縮図をこの小説内で見事に構築している点も好ましく感じます。

 フロストがひとつひとつ地道に解決していく事件は、善と悪がわかりやすく対立する構図になっていません。盗みを働いている泥棒を見つけて反撃された女性を救うための犯行、家でたったひとり育児を続けた母親が心を病んでしまい起こった悲劇、軽い気持ちで犯行におよんだ子どもが逃亡中に命を落としてしまった不運。どれも、犯人が判明してよかったでは終わりません。

 さらに、『仕事』とは何かも考えさせられます。事件を解決し、犯人を逮捕するのが、警察官の仕事であり、フロストの役割です。法秩序の維持や被害者救済の観点から、司法の役目を果たすのは大切なことですが、限界もあります。フロストは、警部という立場で部下を管理し、警視からは定められた残業時間を超えないよう求められます。たとえば、誘拐された子どもがまだ生きていて、冷たい雨のなか森に捨てられているかもしれない状況でも、立場を気にする警視から、残業時間を計算しつつ、捜索人員を配置するよう要求されるのが現実です。

 子どもの命は大切だという正論だけで、サービス残業をさせることもできませんし、予算が無限におりてくるわけでもありません。そんななか、ただひたすら子どもの命だけを考えて警視の命令を受け流すフロストの姿勢は、書類仕事や整頓ができず、ひととの約束を守れず、だらしなく見える面があるからこそ、嫌味ではなく、希望に見えるのかもしれません。

 簡単には割り切れない小宇宙がこの小説のなかにあって、読むたびに考えさせられ、登場人物に魅了されます。
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