2018年11月24日

「こうしてイギリスから熊がいなくなりました」

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ミック・ジャクソン 著
田内 志文 訳
東京創元社 出版

 帯などに『寓話』とあるのですが、わたしには教訓や諷刺といった要素はあまり感じられませんでした。以下の 8 つが収められた短篇 (連作) 集ともとれますが、翻訳家は、どちらかというと中篇小説のように捉えたのかもしれません。

 そう思った理由は、邦題です。原題は、"Bears of England" で、「イギリスの熊 (たち)」ぐらいの意味です。それに少し情報を加えたのは、8 篇の並びとも関係があります。

- 精霊熊
- 罪食い熊
- 鎖につながれた熊
- サーカスの熊
- 下水熊
- 市民熊
- 夜の熊
- 偉大なる熊 (グレート・ベア)

 タイトルにあるとおり、イギリスでは 11 世紀に熊が絶滅したのですが、その原因は狩猟だったようです。そこから推察するに、熊が現代のトキのように大切にされていた時期もなかったでしょうし、また絶えて久しい熊の存在が、現に目の前に存在する動物たちに比べ、妖精といった存在に近いと捉えられても不思議ではないように思います。

 実は、そう思えるような不思議なストーリーがこの本にはあります。虐げられ、悲しい思いをする数々の熊が、文章と挿絵で描かれています。熊を人と見ることもできますし、読者それぞれがストーリーを自由に見ることができる作品だと思います。

 読まれるときは、最後の訳者あとがきから読まれることをお勧めします。
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2018年09月29日

「遅番記者」

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ジェイムズ・ジラード (James Preston Girard) 著
柴田 京子 訳
講談社 出版

 友人の本棚で見つけて貰いうけた古い本ですが、わたしにとっては当たりでした。連続殺人犯を追う捜査をメインに、犯人を追う側の家庭の崩壊と再生がサブストーリーになっている一般的な展開なのですが、少しひねりがきいています。

 まず、タイトルにある遅番記者は、夜間対応の遊軍のような記者です。窓際とはいわないまでも華々しい仕事をしていないその記者が連続殺人犯担当の捜査員に張りついて取材することになります。警察官と同じように事件を追うものの、事件を見る角度がやや異なり、それがこの作品の個性のひとつになっています。

 さらに、冒頭では連続殺人犯を追うことがメインストーリーのように見えていましたが、気がつくとサブストーリーと思っていた犯人を追う側の家庭の崩壊と再生がメインと入れ替わったように見える点も珍しいように思います。

 連続殺人犯の被害にあった女性たちの大部分は、事件に巻きこまれるようなタイプではないことから、普通の人が過ごす何気ない日常が一瞬にして奪われてしまう危険性が世の中に潜んでいるという事実が、事件を追う者に突きつけられます。それによって、日常は、いつ失われてもおかしくないものという感覚が遅番記者に伝わり、物語の展開に影響を与えると同時に物語に占める割合も大きくなっていきます。

 最後に、連続殺人犯の逮捕においても、意外な結末が用意されていて、犯人を追う側の意外な落着とともに、終わりまで目が離せない展開になっています。

 古典的な構成だと思って読み始めましたが、その枠におさまらない部分も楽しんで読めました。
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2018年09月28日

「天国通り殺人事件」

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シュテファン・スルペツキ (Stefan Slupetzky) 著
北川 和代 訳
東京創元社 出版

 オーストリアの作家による作品です。普段オーストリアの作品を読む機会が少ないので、期待して読んだのですが、2 つの点で物足りなさを感じました。

 ひとつは、人物描写が少ない点です。主人公ですら、価値観や信念のような内面も過去も描かれていないため、人間らしさに欠けて見えます。

 もうひとつは、中途半端な位置づけの作品だという点です。

 最初に殺人事件が起こり、主人公が犯人に取り違えられるような状況に陥ります。次に主人公は、自身が犯人ではないことを証明すべく真犯人を見つけだすために行動を起こします。ここまでの展開は、コージーミステリのお決まりパターンですが、コージーミステリの素人探偵のような微笑ましさは感じられません。肝心の主人公が元刑事という設定で、素人探偵役には無理があり、また彼の行き当たりばったりな行動が笑いを誘うユーモラスな展開ともいいがたいものがあります。

 では、ミステリとして謎解きを楽しめるかというと、それも難しいように思いました。素人の読者にもわかるような手がかりがないだけでなく、元刑事が探偵役になっているわりには推理も展開されません。

 このシリーズは、すでに 4 作品刊行されていて、本作は、ブルグドルファー・ミステリ大賞を受賞しているそうです。ユーモア (どちらかといえばブラックユーモア) が売りの作品かもしれませんが、日本語にした時点で失われたのかもしれませんし、オーストリアの文化やウィーン語に疎いわたしには伝わらないものだったのかもしれません。でも、わたしには合わない作品でした。
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2018年08月15日

「遭難信号」

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キャサリン・ライアン・ハワード (Catherine Ryan Howard) 著
法村 里絵 訳
東京創元社 出版

 失踪とか行方不明というのは、自らの意思で存在を消し去ろうとした可能性も事件に巻きこまれた可能性も考えられ、それだけで謎めいて見えます。そこにどんでん返しを仕込みたいとミステリ作家が思うのも自然かもしれません。

 この作品のなかで、ひとつの話題としてそのタイトルが挙げられている「ゴーン・ガール」も、最後に驚くような展開が待っていましたし、この作家もそういった作品を意識して書いたのかもしれません。

 クルーズ船に乗ったあと行方不明となったサラの恋人アダムは、サラに何かあったに違いないと考えるいっぽう、警察は、成人女性が嘘のアリバイをつくって行方をくらました場合は家出だと考えるのが妥当だと判断します。

 単なる家出ならミステリとして成り立ちにくいこともありますが、アダムの視点だけでなくロマンという青年の子供時代の視点やクルーズ船のクルーの視点が差しはさまれてストーリーが進行すること、冒頭にアダムが海に落ちるシーンがあることから、ある一連の事件にサラが遭遇したに違いないと思われました。

 しかし、最後の最後で予想外の展開が待っていました。読み終えると、フーダニットでもハウダニットでもなく、ホワイダニット作品だったような印象です。大切な人が突然いなくなった人の心情としては『なぜ』行方不明となったのかを知ることは最大の関心事なので、その点をクリアにする結末に向かっていくのは、終わり方としては自然なのかもしれません。
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2018年08月07日

「春の宵」

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クォン・ヨソン 著
橋本 智保 訳
書肆侃侃房 出版

 帯に『切ないまでの愛と絶望を綴る七つの短編』とあります。帯イコール誇大広告のように思っていましたが、この帯は的を射ていると思います。

『絶望』というのは、やや誇張かもしれませんが、視線が過去に向いている作品がほとんどです。しかも、その過去が現在に影をおとす様子から、読んでいて気が滅入ることもありますが、作品としてはよくできていると思います。

 なかでも上手いと思ったのは、些細な疑問を徐々に明らかにしていくプロセスと、登場人物の心情を語りすぎない、解釈の余地を残した描写です。さまざまな事柄がうまく結びついていくいっぽうで、疑問のすべてを解かず想像に委ねる部分が残されています。

 たとえば「カメラ」は、最初の一文で唐突に、ある道がアスファルトではなく石畳なのはなぜかという疑問から始まり、次にカメラに話題が移ります。なぜカメラより先に石畳が登場したのかわかったときには、いろんな『なぜ』が解き明かされ、登場人物に寄り添う心情になっていました。

 そのほか「三人旅行」、「おば」、「一足のうわばき」、「層」も、変えられない過去というか、こだわってしまい忘れられない過去が描かれていて、それぞれが何かしら読んでいるわたしの過去に絡んでくるようでした。

 帯にある『切ないまでの愛』に最もぴったりとくる「春の宵」は、切なすぎるあまり、「逆光」は幻想的な雰囲気のせいで、自分に重なる部分は感じられませんでしたが、どちらも共感できる作品でした。
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