稲垣 栄洋 著
SBクリエイティブ 出版
お酒の原料や製造工程に関する知識がなければ、楽しめる読み物です。著者が酒場でお酒を飲みながら語るウンチクに耳を傾けるかのように読めます。ただ、タイトルが少し紛らわしい気がします。おそらく、『酒』というものは『うまい』から、『うまい酒』なのでしょう。『うまい酒』と『まずい酒』では何がどう違うかといったことには踏みこんでいません。
わたしが一番興味をもったのは、製造工程ではなく、イネ科やブドウ科など酒の原料になっている植物の知識です。植物学者である著者がド素人でもわかるように説明しています。目から鱗だと思ったのは、イネ科の突然変異が農耕生活の始まりだったということです。イネ科の種子はもともと、栄養豊富ではあるものの、ほかの植物と同じように、熟すと地面に落ちていました。それが突然変異で、熟しても落ちない株ができ、それを人間は大切に育て、農耕が始まったそうです。それまでは、家畜に栄養価の高いイネ科の植物を食べさせ、その家畜を食べていました。乾燥した草原でも育つイネ科の植物を食べられるようになったことは、人類の歴史上、ひとつの転換点になったに違いありません。
突然変異はそれだけではありません。イネ科のイネは、ジャポニカ種とインディカ種に分けられますが、前者は後者の突然変異で生まれたと考えられているそうです。イネの原産地は中国南部で、そこから北上する過程で寒さに強いジャポニカ種が生まれたと言われています。日本で作られているのはおもにジャポニカ種で、日本酒の原料である酒米も含まれます。ただ、泡盛の原料になっているのは、インディカ種です。
イネ科植物は、『糖』を『デンプン』に変えて、種子に蓄えています。そのデンプンが咀嚼時に唾液中のアミラーゼという酵素の働きで、糖に分解され、効率よくエネルギーとなります。同時に糖は、陶酔感と幸福感をもたらす中毒性物質でもあり、長年わたしたちが栽培を続けてきた、おもな理由のひとつかもしれません。
ブドウ科では、山梨のワインでよく見かける甲州というブドウの話が意外でした。ブドウは、ラブルスカ種 (アメリカ種)、ヴィニフェラ種 (ヨーロッパ種)、ノブドウ (野生種) に分かれます。ワインの原料となるのは、おもにヨーロッパ種で、乾燥した土地に適しているため、日本の気候には馴染みません。いっぽう、アメリカ種はおもに生食用で、日本の気候にあっています。たとえば、デラウェアはアメリカ種です。いまでは、ヨーロッパ種とアメリカ種を交配して、さまざまな品種が作られています。たとえば、シャインマスカット、巨峰やそこから派生したピオーネなどが含まれます。ただ、例外もあって、甲州は、中近東からシルクロードを経由して、奈良時代に日本に伝わったと考えられていて、中国の野生種の DNA も含むヨーロッパ種由来だそうです。シャインマスカットや巨峰のような色味とは異なり、素朴な甘味が魅力的ですが、もともとの種がまったく異なるようです。
これからは、甲州を食べながら、大陸を渡って日本に伝わり、奈良時代から作り続けられてきたブドウだと思いながら、楽しめると思います。知っていると、食事をさらに楽しめるウンチクがいろいろありました。

