2021年11月30日

「出版翻訳家なんてなるんじゃなかった日記」

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宮崎 伸治 著
フォレスト出版 出版

 この著者が執筆した本を読むことは、もうないだろうと思いました。この本を書くことによって、出版業界で経験した辛い過去に対し溜飲をさげたい著者とそれに同調する読者という構図のもと、出版業界で働く個人事業主あたりが読者として想定されていたのかもしれません。わたしは、その想定読者からは遠い立場にいるので、得るものが何もなかったのでしょう。

 いわゆる下請法が整備されてきたことからもわかるように、企業規模が大きく圧倒的に優位な立場にある発注者に対し、零細企業や個人事業主などの受注者は、高いリスクを背負うことが予期されます。ゆえに、個人事業主などは、リスクを正しく評価し、可能な範囲でリスクをヘッジしつつ臨むことが必要になります。それを怠って被害に遭い、自分は世のために正義を貫いているという考えのもと、ユーモアの欠片もなく、相手が 100% 悪いという怒りを書きつらねても、それなりにリスクヘッジを心がけてきた人たちには響かないのは仕方のないことだと思います。

 もちろん、被害に遭われたことはお気の毒かと思いますが、出版業界に限った話でもありませんし、どう伝えるかについて、もう少し検討されても良かったのではないかと思いました。
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2021年08月29日

「女は三角 男は四角」

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内館 牧子 著
小学館 出版

 この著者のエッセイを見かけるとつい読んでしまうのは、彼女の考え方に共感できるだけでなく、話にちゃんとオチがあったり、自虐ネタがあったり、なんとなく関西での暮らしを思い出させてくれるからかもしれません。

 この本の自虐ネタで大いに笑わせていただいたのは、化石を作ろうとした彼女の体験談です。小学校 4 年生か 5 年生のころ、石のかけらにくっきりと葉っぱの模様がうつった化石を見て羨ましく思い、平べったい石を家の裏庭に並べ、その上に葉っぱを乗せ、飛ばないように別の石でおさえておいたそうです。

 それらの石が化石になっていないか頻繁にチェックしながら、周囲に「今、化石作ってんの。もう少し待っててねッ。今、毎日水かけてるから早くできると思うよ」と、言っていたそうです。中年になって、そのことを蒸し返されても、エッセイに活用し、そのうえ子供たちのいじめ論議に発展させる手腕は、あっぱれです。

 転んでもただでは起きぬ姿勢を見習いたいものです。
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2021年05月16日

「この国の品質」

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佐野 眞一 著
ビジネス社 出版

 本のタイトルを決めた理由として『いまの日本と日本人を形容するには、残念ながら、材質のクオリティーを無機質に問う「品質」という言葉こそふさわしい』と考えたからだそうです。

 著者は、無機質ではなく人間らしくあるために必要なことのひとつに『読む力』をあげています。読む力の減退について、『『読む力』は、何も活字だけに向けられたものではありません。人は相手の気持ちも『読み』ますし、あたりの気配も『読む』。風景も『読む』対象ですし、事前に危険を察知する能力も『読む』ことと密接不可分の関係にある。つまり、『読む力』とは、人間の身体の全領域にわたるこうした能力のすべてを指している』と説明しています。

 読む力については、著者が心酔する民俗学者宮本常一氏を見習うよう勧めています。もちろん、73 年の生涯に 16 万キロ、地球を 4 周するほどの距離にわたって『あるく みる きく かく』旅を続け、数々の功績を残した氏が素晴らしいことに異論はありません。(実際、わたしが好きな佐渡のおけさ柿にまつわる話を最初に知ったときは、少なからず感動しました。)

 ただ、わたしには、日本人に『読む力』がなくなったとは思えませんし、著者が勧めたように人々が宮本常一氏に共感できるようにも思えません。著者が自ら書かれているように、日本には貧困が増えています。そのため、自らの損得に直結する『読む力』のみが残り、それ以外の『読む力』は不要とされたように思えました。

 宮本常一氏の時代の貧乏と現代の貧困は違うと一般的には言われています。『自己責任』ということばで貧困も片付けられてしまう時代、貧困に苦しんでいなくともその多くが貧困に陥るのではないかという恐れに囚われ、損得勘定に走ってしまうのではないでしょうか。そんな時代に著者のことばが響くのか疑問に思いました。
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2020年12月12日

「愛と同じくらい孤独」

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フランソワーズ・サガン (Françoise Sagan) 著
朝吹 由起子 訳
新潮社 出版

 サガンが 18 歳のとき「悲しみよ こんにちは」を書いたということを、自分が 18 歳のときに偶然知って、とても驚きました。微妙な心理や社会の暗黙のルールを捉えた彼女に羨望を覚えたように記憶しています。

 この本は、サガンのインタビューをまとめたものです。タイトルは、インタビューのなかで作品のテーマは常に『孤独』と『恋愛』だと話していることから来ていると思われます。

 はっとさせられたことがいくつもありました。

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愛することはただ《大好き》ということだけではありません。特に理解することです。理解するというのは見逃すこと……余計な口出しをしないことです。
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人間は一人孤独に生まれてきて、一人孤独に死ぬのです。その間はなるべく孤独にならないように努めるわけです。人間は皆孤独だと《感じ》ていて、そのことを非常に不幸に思っている、とわたしは心の底から信じています。
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 サガンは、孤独 (ひとりの時間を過ごすことではない真の孤独) をまぎらわせるために人がまずすることが恋愛だと考えています。

 なかでも、これまで経験としてわかりすぎるほとわかっていたのに言葉にしたことがなかったと気づかせてくれた次の言葉は印象的でした。
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想像力は最大の美徳です。頭、心、知能、すべてに関わりがありますから。想像力はなかったらおしまいです。
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 そこにあることが見えていたのに、言語化できていなかった何かは、わたしのなかにまだあるのかもしれません。
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2020年09月01日

「ぶれない―骨太に、自分を耕す方法」

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平山 郁夫 著
三笠書房 出版

 あらゆる方の人生にあてはまる教えが詰まった本だと思います。そうは言っても、人生を豊かに過ごすための基礎といえる内容なので、もっと若いころに読みたかったと思います。

 印象に残ったのは、次のようなことばです。
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失敗しても失敗してもくじけずに努力する姿が「生 (せい)」そのものだと思う。そこに人間としての美しさがあり、美しさは必ず相手に伝わる。
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 この美しさが、品位や品格ということばで表現され、画品 (絵の品格) に影響すると述べられている箇所もありました。
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品位や品格というのは、無理やりひねり出すものではなく、自然とにじみ出てくるものだと思います。にじみ出るものが何もなかったり、希薄だったりすれば、どんなに技術的なことを取り繕っても、いつかは馬脚をあらわしてしまいます。何事についても、人間的な修行が大切だというのは、にじみ出る中身、品格を充実させるためなのです。
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 修行については、次のような表現で説明されています。
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石をみがくのと同じ気持ちで、『より美しく』という純粋な気持ちを持って自分をみがく。
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 純粋な気持ちというのは、損得勘定でもなく、どこかで役立てようという功利目的でもなく、自分を立ち上げていくことだそうです。

 もし、生きることが自分をみがくことだというのが本当なら、救われます。そしてみがくとどうなるかについては、こう書かれてあります。
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芸術家だけでなく、何事においても、技術のあるなしに関係なく、一番必要なのは世界観や理念でしょう。これをみがいてこそ人は大きくなり、みんなが納得してついてくるような『ぶれない人間』になるのだと思います。
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 この本を通して、この大家が、偉大なことを成し遂げただけでなく、品格ある偉大な方だという印象を受けたので、機会があれば、しまなみ海道にある平山郁夫美術館を訪れてみたくなりました。
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