山崎 ナオコーラ 著
淡交社 出版
この著書の本を読むのは初めてですが、源氏物語をテーマにしたエッセイを書かれるくらいなので、源氏物語に詳しい作家のようです。『私は大学生時代は日本文学を専攻していて、卒業論文は「『源氏物語』浮舟論」とうタイトルで書いた』と、記されています。
わたしは、源氏物語を読んだことがないので、著者による解説を興味深く読めました。特に印象に残った解説は、1. 時代設定、2. 草子地 (そうしぢ)、3. 読者によって付けられたあだ名の 3 点です。
源氏物語の時代設定について、わたしは考えたこともなく、紫式部が生きた時代の物語だと漠然とイメージしていましたが、執筆時よりも 50 年か 100 年くらい前を想定して書かれたようです。そう推測される根拠のひとつに役職名があり、桐壺更衣 (きりつぼのこうい) で知られる『更衣』という役職は、紫式部の時代にはもう存在しなかったそうです。
草子地とは、作品内に入りこんでいる書き手の批評などです。源氏物語は、どこかの女房が書いた物語という設定になっています。そのため、ここでいう『書き手』というのは紫式部ではなく、その架空の女房が物語を書きながら自らの意見を述べているかの如く書かれているようです。具体的には、『文章と文章の合間に、「こんな文章を書いてしまいましたが……」「このあたりは読みづらい文章ですよね……」といった、書きながら喋っているような声を紛れ込ませている』そうです。
桐壺更衣などは、後世の読者が名づけたあだ名だそうです。(著者による現代訳でも、名前らしきものは登場せず、『その存在』などとなっています。) 光源氏の生みの親という重要な登場人物でさえ、作中で呼び名がでてくることはないそうです。着替えを手伝う『更衣』という役職があり、桐壺帝付きの更衣なので、『桐壺更衣』という呼び名が定着したと知って、わたしは驚きました。
興味深く読めるエッセイではあるものの、すんなりと読めない部分もありました。夕顔のことが『この時代のこの性別の人間には、遊女になる以外に金を得る手段はほとんどなかっただろう』とか『この時代のこの性別の人で自分から恋愛を進める人はほとんどいないので稀有だ』と書かれてあり、『女性』ではなく、『この性別』になっている意味がわかりませんでした。
エッセイの終わりのほうで、『不必要なシーンでは性別の区分けを書きたくない』という著者の思いが書かれていて、夕顔を女性とするのは、不必要な区分けに含まれるのだと、はじめてわかりました。源氏物語の主人公の恋愛において、性別の区分けが排除対象になるのは意外でした。そのいっぽうで、源氏物語で語られる場面やことがらを現代のルッキズム、ロリコン、マザコン、ホモソーシャル、貧困問題などに引き寄せて読む姿勢に共感できるものもありました。

