2024年12月21日

「はじまりはジャズ・エイジ」

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常盤 新平 著
講談社 出版

 グレート・ギャツビーの舞台となった時代、ジャズ・エイジは、映画にもよく登場します。わたしのなかのイメージでは、『桜』のような時代です。燦然と輝くいっぽう、呆気なく終わってしまう、そんな印象をもっています。もう少し背景を知りたいと思ってこの本を読み、日本との違いがこれまでよりもわかった気がしました。

 著者は、ジャズ・エイジを『禁酒法が実施された 1920 年 1 月 16 日に始まり、ウォール街の崩落があった「暗黒の木曜日」といわれる 1929 年 10 月 24 日までの不思議な時代』と呼んでいます。さらに、『1920 年代は、アメリカ文化が都会化した時代であり、ニューヨークが社会的にも知的にもアメリカの中心になった時代である』と、書き、『それまでの勤倹貯蓄によって新事業をおこすという「生産の倫理」は、大量生産される新しい商品のマーケットをつくるために必要な「消費の倫理」にとってかわられ』たとも、いっています。しかし、そのあとのできごとをこう記しています。『20 年代は 30 年代によってあっさり否定されてしまう。それも、無残に。1920 年代という時代が存在しなかったかのように扱われる。30 年代は 20 年代がつくった負債を払わされる時代だったので、そのように扱われても仕方のないところがあった』と。

 わたしたち日本人も大量消費の時代、高度経済成長期を経験しましたし、過去の負債を払わされるのと似た経験をしたのかもしれません。しかし、わたしたち日本人が経験したことがないと思われる点を著者は指摘しています。それは、禁酒法です。

 著者は、『禁酒法という世にも不思議な法律があったから、1920 年代というあの変わった時代が存在したのではないか』と書き、『少なくとも、アル・カポネというギャングスターが実業家として自称しても、社会が受け容れるはずがなかった』といいます。そのうえ、『禁酒法は、法律を破っても平気だという風潮を生んだ』らしいのです。

 日本で、破っても仕方のない法律として、わたしが最初に思う浮かべるのは、食糧管理法、配給以外の食料を取り締まった法律です。生きる権利を求めて日本人が法律に違反していたよりもずっと以前に、アメリカでは自由を求めて法律を破っていたのです。わたしがジャズ・エイジに華やかさをイメージする理由は、そのあたりにあるのかもしれません。

 しかし、誰もがジャズ・エイジを楽しんでいたのではないようです。『物欲のアメリカに愛想をつかした若いアメリカ人はたいていパリに行った』と、著者は書いています。思うように海外への渡航できなかった日本の感覚からすると、ヨーロッパに逃げ出したひとたちにさえ、自由や華やかさが感じられます。

 自ら経験しなかった時代のことだけに、この本から多くを得られた気がします。
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2022年01月24日

「マザーグースのミステリー」

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藤野 紀男 著
ミネルヴァ書房 出版

 マザーグースの歌を下敷きにした部分が「鏡の国のアリス」にあって、少しマザーグースを学びたいと思い、手にした本です。

 タイトルにある『ミステリー』を見て、マザーグースには色々謎があると想像していたのですが、謎というほどのことは、あまり載っていませんでした。たとえば、誤訳があることを著者はミステリーと呼んでいますが、1 世紀近く前、英語を読める人が少なく、辞書も充実していなかった当時、日本語に訳されたものに今より多く誤訳が見つかっても不思議だとは思えません。

 ただ、マザーグースを通して当時の暮らしを学ぶことができました。印象に残った 2 点のうちのひとつは、羊毛の輸出税やエンクロージャ― (領主や地主が貸してあった耕地や農民の共有地を柵などで囲い込んで、羊牧場化してしまうこと) が招いた庶民の苦労が唄われているものです。
Baa, baa, black sheep,
Have you any wool?
Yes, sir, yes, sir,
Three bags full;
One for the mater,
And one for the dame,
And one for the little boy
Who lives down the lane.

著者による訳は次のとおりです。
メェー メェー 黒羊さん
羊毛を持っていますか?
ハイ ハイ もっていますよ
3 つの袋にいっぱいにね
1 つの袋はご主人に
もう 1 つの袋は奥様に
そして残りの 1 つの袋は
路地の先に住んでいる坊やにね

 the mater が国王、the dame が裕福な貴族階級、the little boy が一般庶民を指しています。集成本のなかには、一般庶民がさらに苦しんでいるバージョンが収められているものがあり、その場合、最後の 2 行が次のようになっています。
But none for the little boy
Who cries in the lane.

路地で泣いている坊やには
何にもやらないよ

 この唄に対し、著者がミステリーと呼んでいるのは、これが羊に課された輸出税 (約 67% という高率) を唄ったものか、エンクロージャ―を唄ったものか、はっきりしない点ですが、輸出税を唄ったものと著者は考えているようです。

 もうひとつは、妻がモノのように売り買いされる唄です。
When I was a little boy
 I lived by myself,
And all the bread and cheese I got
 I laid upon a shelf;
The rats and the mice they made
 such a strife,
I had to go to London and
 buy me a wife.

The streets were so broad and
 the lanes were so narrow,
I was forced to bring my wife home
 in a wheelbarrow.
The wheelbarrow broke and
 my wife had a fall,
Farewell wheelbarrow,
 little wife and all.

僕がまだ小さかったころ
 一人きりで住んでいた
持っているかぎりのパンとチーズを
 棚の上に並べといた
ネズミたちの争いが余りに
 ひどすぎたので
妻を買うためにロンドンへ
 行かなくてはならなかった

街路は広すぎたし
 路地は狭すぎたので
妻を手押し一輪車に乗せて家まで
 連れ帰らなければならなかった
手押し一輪車は壊れ
 妻は落っこちた
手押し一輪車も妻も
 みんなさようなら

 妻売りはイギリス結婚制度史にあった習俗で、文献に残る記録だけでも 17 世紀から 20 世紀初期まで見つかっているそうです。教会が離婚を禁止していた時代に民間で始められた離婚獲得の方法だろうという人もいるそうです。それにしても、唄に残るほど一般的だったとは驚きました。
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2021年10月02日

「世界の日本人ジョーク集」

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早坂 隆 著
中央公論新社 出版

 著者は、『日本人ジョークは日本に対するイメージの発露であり、日本人独特の普遍性を含む結晶なようなもの』と、まえがきで語っています。的を射た意見だと思います。

 自分を含む日本人がどう見られているかに注意を払ってジョークを読み進めたなかで、わたしたちも、そろそろ変わるべきだと思ったのは、集団行動に関するものでした。
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 ある豪華客船が航海の最中に沈みだした。船長は乗客たちに速やかに船から脱出して海に飛び込むように、指示しなければならなかった。
 船長は、それぞれの外国人乗客にこう言った。
 アメリカ人には「飛び込めばあなたは英雄ですよ」
 イギリス人には「飛び込めばあなたは紳士です」
 ドイツ人には「飛び込むのがこの船の規則となっています」
 イタリア人には「飛び込むと女性にもてますよ」
 フランス人には「飛び込まないでください」
 日本人には「みんな飛び込んでますよ」
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 ダイバーシティやインクルージョンを目指すなら、もうひとつ変わる必要があると思ったのは、議論をしていく姿勢だと思います。
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 国際会議において有能な議長とはどういう者か。
 それはインド人を黙らせ、日本人を喋らせる者である。
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 働きすぎを揶揄される次のようなジョークも身に沁みました。
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 イソップ寓話のアリとキリギリス。世界の国々ではこんな話になるだろう。
 アメリカの場合。
 ヴァイオリンばかり弾いていたキリギリスだが、その腕前がテレビプロデューサーの目に止まり、一躍スターに。キリギリスは大金持ちとなった。
 旧ソ連の場合。
 アリは玄関先で倒れていたキリギリスを助け、食べ物を分け合う。しかし、結局は食糧が足りなくなり、アリもキリギリスも死んでしまう。
 日本の場合。
 アリもキリギリスもカロウシする。
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 わたしが一番気に入っているというか、揶揄されても一向に暗い気持ちにならなかったのは、ベストセラーに関するジョークです。
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 それぞれの国で最も読まれている書物とは?
 アメリカ……新約聖書
 イスラエル……旧約聖書
 イスラム諸国……コーラン
 日本……マンガ
 中国……毛沢東語録

<結論>世界で読まれているのはファンタジーばかりである。
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2021年04月28日

「アメリカ 50 州を読む地図」

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浅井 信雄 著
新潮社 出版

 正直なところ、アメリカ 50 州のうち、わたしに区別がつくのは東海岸と西海岸の数州のみでした。

 それが本当に少しずつですが、南部や北部の州のことも区別がつくようになっていったのは、この本の影響が大きいと思います。本棚にずっと置き、州の名前がわからなくなると必ず引っ張り出してきたのが、この本です。

 この本を読んで以降、他国に比べ相対的に歴史が短い国であっても、過去のできごとが現在に大きく影響を与えているのは他と同じだと痛感します。印象に残った過去のできごとがいくつかあります。

 メーン州は、1820 年にマサチューセッツ州の一部が分離されてできた州です。その分離の理由が、驚きです。当時、北部の自由州と南部の奴隷州のあいだの微妙な勢力バランスが保たれることが連邦維持のために必要な状況にありました。それなのに、南部のミズーリ州を新たに奴隷州に加えることになったとき、バランスをとるために北部の自由州もひとつ増やさなければならなくなり、北部のマサチューセッツ州をふたつに割り、メーン州を自由州にしたそうです。これは『ミズーリの妥協』と呼ばれています。

 東海岸に位置するコネティカット州は、1636 年に事実上州憲法として認められる『基本的議事規則』を定め、これを参考に合衆国憲法が起草されたともいわれています。州のニックネームは『憲法州』です。州都であるハートフォードは、保険産業発祥の地とも呼ばれ、いまも保険会社が数多く集まっています。最初は海上保険からスタートし、物を輸出するときのリスクに対応したのが発想の原点だったそうです。

 わたしが勤める会社の本社があるノース・カロライナ州には『リサーチ・トライアングル・パーク』があります。文字どおり、研究開発機関が集まっているのですが、思いのほか歴史が古く、第二次世界大戦後、ローレイのノース・カロライナ州立大学、ダーラムのデューク大学、チャペルヒルのノース・カロライナ大学を結ぶ三角地帯に、IBM などの企業と環境・林野行政の研究部門が加わってでき、日本企業からの参入も相次いだそうです。

 第 7 代アンドリュー・ジャクソン大統領は、(カロライナが南北に分割される前の生まれで、出生地は未調査地域だったため、推測の域を出ないそうですが) 現在のサウス・カロライナ州に生まれたと言われています。また彼は、書類を承認するとき、(All Correct ではなく) 発音どおり Oll Korrect と書くのがくせで、それが『OK』の語源になったという説があるそうです。真偽のほどは不明ですが、大統領という立場とのギャップが印象的なことばの由来です。

 逸話も楽しめる 1 冊だと思います。
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2020年10月27日

「分裂国家アメリカの源流」

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水川 明大 著
PHPエディターズ・グループ 出版

 米国資本の会社に勤めているので、ほかの国に比べて米国を知っているつもりでいましたが、その建国については何も知らなかったと、この本が気づかせてくれました。

 この本の初めには米国の 1 ドル札、5 ドル札、10 ドル札が掲載されています。それらに描かれているのは順に、ジョージ・ワシントン、エイブラハム・リンカーン、アレグザンダー・ハミルトンです。

 ワシントンは、アメリカ合衆国の父と呼ばれ、初代大統領を務めました。リンカーンは、第 16 代大統領であり、government of the people, by the people, for the people の演説が有名です。

 著者は、ハミルトンが『アメリカ政府の父』であることは間違いないとしていますが、その割にはいままでわたしが耳にする機会があまりありませんでした。しかし、この本で彼の功績を読めば、『アメリカ政府の父』と呼ばれることも当然に思えます。

 その理由は数多くありますが、わたしが印象に残っているのは、以下の 3 点です。

1.中央集権的統一国家の確立

 わたしは、この本を読むまで意識したこともなかったのですが、北米大陸の 13 の植民地が英国からの独立を宣言したとき、ひとつの国家を作り、その国家が独立すると宣言したわけではありませんでした。(13 の植民地がそれぞれの独立性を維持しつつ、連合して行動を起こしたに過ぎません。)

 そのため当初は州のみが権限を有する状態だったのを、連邦が関税賦課、条約締結、貨幣鋳造などの権利をもつように変えました。

2.国立銀行の創設

 いまのアメリカの領土があるのは、現在の領土のちょうど真ん中あたりを占める 82 万 7000 平方マイルという広大な土地を買わないかとフランスから 1803 年に持ちかけられた際、購入することができたからだと言っても過言ではありません。その資金を調達できたのは、国立銀行がすでに設立されていたからです。この土地購入ひとつとっても、国立銀行が必要となると見越したハミルトンは、偉大だと思います。

3.憲法の広義解釈論の確立

 ハミルトンは『黙示的権限の法理』(憲法の広義解釈論) を完成させました。これは、憲法に記された権限を行使するために必要なあらゆる手段を用いる権利が政府にはあるという考え方、つまり、目的が合憲であれば、そのための手段も合憲であるという考え方のことです。前述の国立銀行も、憲法に定めはありませんが、合衆国政府に付与された権限を行使するために必要であるというこの広義解釈論をもとに創立されました。

 どの点をとっても、ハミルトンの先見の明に驚くほかありません。
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