2025年09月01日

「書くひとのための感情を表すことば 430」

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ながたみかこ 著
笠間書院 出版

 ひとの性格や感情をあらわすことば、なかでも和語 (大和言葉) や時代を感じる古風な表現を中心に構成されています。古い言い回しを自分のボキャブラリーに加えると、古い作品を読んだとき、より楽しめる気がします。

 同時に、そんな古風な表現のニュアンスを理解できるひとがこれからは減っていく気もしました。たとえば、『あぐらをかく』は、なんの努力もせずにその立場のうまみを吸っているさまをあらわしていますが、著者は、『最近は和室が減ってあぐらをかく人も減ってきているので、この語もそのうち死語になってしまうのかもしれません』と書いています。

 ほかにも、武張る (武士のように猛々しい様子を見せること)、腰巾着・根付衆 (いずれも、人に付き従って離れないさま)、昼行燈 (ぼんやりとしていて役に立たない人のこと) なども、武士、腰巾着、根付、行燈を見る機会が減るとともに、具体的なイメージがわかりづらくなるかもしれません。つくづく、ことばは生き物だと思います。

 もちろんこの本で、知らない用語、用法、語源などを学ぶこともできました。ほのぼのとした良さが伝わってきたのは、円居る (まどいる) ということばです。『人々が輪の形で座ることを「円居」といい、そこで楽しく団欒することを「円居る」』というそうです。パンデミックを経験したせいか、温かいことばだと感じました。

 また、いまほど便利な暮らしをしていなかったころの良さを感じたことばに、「可惜夜 (あたらよ)」や「かそけし」があります。「可惜夜」は、『明けてしまうのが惜しい、眺めのよい夜』という意味です。夜も煌々としている都市部で過ごしていると、夜らしい眺めに縁がありません。「かそけし」は、『目を凝らしてようやく分かるほどのわずかな光や、耳をすまさなければ聞こえないほどの小さな音。そういったかすかな状態』をいうようです。漢字だと「幽し」と書くようです。ひっそりとした奥深さが感じられます。

 そのほか、『張り子の虎』に、『見かけ倒しで中身が伴わない人』という意味があることは知っていましたが、『張り子の虎は首がゆらゆらと動くように作られているため、首を振る癖のある人やイエスマン』を指すこともあるとは知りませんでした。

 語源としておもしろかったのは、『あこぎ』です。『三重県の阿漕ヶ浦 (あこぎがうら) で密漁を重ねて捕えられ、簀巻きにされた漁師がいた』ことから生まれた表現だそうです。『笑壺に入る (えつぼにいる)』は、『笑い転げたり笑い興じたりなど、大きい喜びや笑いのようす』をあらわしていますが、ここから『ツボに入った』という現代の表現ができたようです。

 似た表現が集められているので、それぞれの差異に目を向けたり、言い換えを考える機会をもてたり、楽しみ方は、そのほかにもいろいろあります。わたしにとっては、盛りだくさんでお得感のある本でした。
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2025年08月31日

「密林の夢」

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アン パチェット (Ann Patchett) 著
芹澤 恵 訳
早川書房 出版

 原題は、「State of Wonder」です。タイトルどおり、さまざまな wonder が起こり、気持ちが揺さぶられる物語でした。自分に見えている世界は狭く、誰にとっても正しい答えなどないのだと思いました。たとえば、科学は、さまざまな事柄を明らかにしてくれますが、その科学をどう活用すべきかについては、万人にとっての正解はないようです。

 物語は、ヴォ―ゲル社の研究員アンダーズ・エックマン博士がアマゾン河の支流にある村で亡くなったと知らせる手紙が届くところから始まります。エックマンは、アニック・スウェンソン博士が現地で開発している新薬の進捗状況を確かめて報告する役目を担っていました。その後任をつとめるよう、同社のジム・フォックス CEO から指示され、またエックマンの最期の状況を知りたいと、妻カレン・エックマンから懇願され、主人公のマリーナ・シン博士は、ブラジルのマナウスに向かい、スウェンソンの居場所を突きとめようとしますが、思うようにいきません。物語の展開もそこで止まって膠着状態に陥ります。

 ただ、ストーリーに展開がなくても、この物語に惹きつけられてしまうのは、その描写です。特に、心情描写が巧みで、心動かされます。夫の遺体 (遺骨) がないため、カレンは無きに等しい望みを抱き、次のように語ります。
希望って、たちが悪いわ。希望を美しいものとかすばらしいものの部類に入れたのって、いったい誰かしらね。だって、美しくもすばらしくもないもの。希望は苦しみの種よ。釣針が口に引っ掛かった状態で歩きまわってるようなもの。自分以外の誰かの手で、その釣針を引っ張られるの。引っ張られれば歩かないわけにいかないじゃない? で、何歩か歩くと、また引っ張られる。
 師と尊敬する人物のことを絶賛するアラン・サターン博士に対し、その妻ナンシー・サターン博士は、次のように苦言を呈します。自らのパートナーが女たらしを人生の手本にしていることをどう思っているのか、手にとるようにわかります。
ある人の人生をばらばらにほぐして、自分の理想に当てはまらない構成要素は取り除き、理想どおりだと思えるものだけを寄せ集めて編みなおすなんて、おかしい。マーティン・ラップは偉大な科学者だった、ええ、それはわたしも認めるわ。誰に聞いても、本物のカリスマ性を備えた人物だったと言うから、きっとそうだったんでしょう。でも、それと同時に、ふたりの女に対して徹底的に不誠実だった。はっきり言って、わたしはそれが許せないの。あなたが、いずれこうなりたいと憧れてた相手が、死ぬまでずっと女たらしだったってことが、どうにも許せないの。
 マリーナがスウェンソンに会えたとき、スウェンソンはそれまでヴォ―ゲル社の人間を避け続けた理由を次のように語ります。スウェンソンの強烈な個性が伝わってきます。
企業はどこも同じです。科学を支援すると言いながら、その実、科学が必要とするものを真に理解しようという姿勢に欠けます。ラップ博士は人生のほぼ半分をこの地で過ごしました。植物学の分野であれほど画期的な仕事を成し遂げた人は、あとにも先にもラップ博士だけでしょう。それでも博士のなさったことは、広大な菌類の世界に手を伸ばし、たまたま手の届いたところの表面をちょっと引っ搔いただけなのです。科学の研究には膨大な時間が必要です。一生分の時間を費やしても足りないぐらいなのです。ならば、わたしが研究に人生を捧げれば、研究の資金提供者である企業も感謝するはずだと思っていませんか? それがそうでもないのです。ジム・フォックスのような人は、時間が必要だということを理解しようとしないからです。
 自らの好奇心に負けて憑りつかれ、続けてきた研究をあたかも企業のために膨大な時間を捧げたかのように語るスウェンソンが物語で重要な役割を担っているせいで、わたしのなかに疑念が生まれました。

 研究者が科学を究めるにしても、企業経営者が利益を追求するにしても、それは自らが支配者であるという傲慢な考えがなければ成り立たないのではないかと。なぜなら、マリーナからの連絡が途絶えたあとにフォックスがとった行動は、どこかスウェンソンに似ています。結局のところ、いろいろ理由をこじつけているものの、研究にしろ企業経営にしろ、真の理由は、そうしたいという衝動に抗えないだけなのかもしれません。

 そんなふたりを前にしたマリーナの困惑には、とても共感できましたし、彼女は、読者の代弁者でもあるのかもしれません。マリーナにとって、アマゾンの奥地に向かう旅は、過去や現実と向き合う機会になりました。わたしにとって、この物語は、自分を再認識する機会になりました。スウェンソンやフォックスのような極論を語る人物に近づくことのできない、なんとなく中庸に流される優柔不断なのかもしれないと。いろんなものを映しだしてくれる物語でした。
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2025年08月21日

「大正銀座ウソつき推理録 文豪探偵・兎田谷朔と架空の事件簿」

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芥生 夢子 (あざみ ゆめこ) 著
アルファポリス 出版

 わたしは、あまりライトノベルは読まないのですが、これは楽しめました。探偵小説お決まりの謎解きがここでは二段階になっていて、それがタイトルの『ウソつき推理録』につながっています。一度目の謎解きも、もっともらしく聞こえるのですが、そのあと、実はこうだったという打ち明け話が待っていて、一度目で謎がすべて明かされたわけではなかったと判明する仕組みです。

 今回はどんな裏話があるのかと、第二弾の謎解きを推理しながら読んだのですが、三話いずれとも意外な展開で、一気に読んでしまいました。

 収められているのは、次の短篇です。

- 恋文は詠み人知らず
- からたちの花とオオカミ少年
- ハートの施錠と狐憑きの乙女

 わたしが気に入ったのは、「からたちの花とオオカミ少年」です。ひと捜しの依頼だったはずが、思わぬ展開になり、巧妙に仕掛けられた罠が明かされます。周到に伏線が張られているだけでなく、ある場面の一部分だけが見せられ、種明かしになってはじめてその場面の全体を見せられるあたり、ドラマのカット割りのようにストーリーが流れます。

 ライトノベルらしさが、作品のよさにつながっていた気がします。
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2025年08月20日

「つかみ大全 仕事で成果を出し続ける人の思考と一生ものの「伝え方」の技術」

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森田 翔 著
翔泳社 出版

 著者は、エーザイ株式会社で営業職に就いていた際、相手の行動変容を促すプレゼンテーションを研究して成果をあげたそうです。その後退職して現在は、効果的なプレゼンテーションがわからずにいるひとを支援するコンサルタントとして活躍中です。

 この本を読めば、数々のハードルを超えられる気になるので不思議です。プレゼンテーションの目的を達成するには、まず自らの行動を変え、そのうえ相手にも行動を起こさせる必要がありますが、本書では、どちらの内容もカバーされています。

 本書では、『マイクロソフト社のカナダの研究チームが 2015 年に発表した報告によると「現代人の集中力は 8 秒であり、金魚の 9 秒を下回る』と紹介されているとおり、ひとの集中力は長続きしません。そのなかで、相手の気持ちをつかみ続け、集中してこちらの話を聞いてもらうためには、数々の工夫が必要になります。

 著者は、『瞬時につかむ 12 個のアプローチ』、『強力に鷲づかみする 5 個のアプローチ』、『永久につかみ続ける 4 個のアプローチ』と、相手の心をつかみ続けるために踏まなければならない段階ごとに、どうプレゼンテーションすべきか明らかにしています。いずれも、自らの習性に照らしあわせてみて、理にかなっているように見え、論理的な分析の賜物だと感じました。

 たとえば、『恒常性維持機能 (ホメオスタシス)』という、あらゆる変化に対して自らの状態を一定に保とうとする機能がひとには備わっていて、この機能は思考においても働くそうです。つまり、新しいことに挑戦するには、『今すぐやるべき理由』を明確に伝える必要があるというのです。対策のひとつとして、『カリギュラ効果』をうまく活用すべきだと、著者は提案しています。『〜だけ』『〜まで』という制限を設けると、ひとの行動を促すことができるというものです。わたしも『期間限定』や『地域限定』といった文言には負けてしまうので、説得力を感じました。

 また、脳は、ウイルスや細菌同様に、知らない情報を見聞きすると、脳幹 (関門の役割を担う脳の部位) がそれを異物とみなし、排除しようとするそうです。そう処理されないよう、新しい情報は、すでに知っている情報と比較しながら、伝える必要があります。そのためには、相手がなにに詳しいか、事前に情報を収集し、たとえ話をわかりやすくするのが効果的です。

 このように、そうすべき理由が明確で、かつ、対処方法や事前準備の内容も網羅されているので、この本自体が読む『プレゼンテーション』のようでした。
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2025年08月11日

「イングランド銀行公式 経済がよくわかる 10 章」

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イングランド銀行 著
村井 章子 訳
すばる舎 出版

 この本は、イングランド銀行のエコノミスト、ルパル・パテル (Rupal Patel) とジャック・ミーニング (Jack Meaning) が書いたものですが、書いた理由は、暮らしをよりよいものにできる経済学を理解できていないひとが多いのは問題だと思ったからだそうです。

 わたしも、経済学が自身にどうかかわるのか、まったく理解していませんでした。興味をもったきっかけは、行動経済学です。ひとは、合理的に行動するとは限らないという研究結果に心底納得でき、経済学の入門書を読むようになりました。

 この本のなかにも、心底納得できた考え方が、いくつかありました。ひとつは、ノーベル経済学賞を受賞したニューヨーク大学のマイケル・スペンスの理論、『教育そのものが限界生産力ひいては賃金を押し上げるわけではない』というものです。『教育というものは誰に高い価値があって誰がそうでないかを雇用者に伝えるシグナルの役を果たすに過ぎない』というのです。つまり、『最も有能な学生の好成績は高度な教育を反映しているのではなくて、もともと知能が高かったことを表して』いるわけです。

 ほかにも、景気が下り坂であることを示す最も正確な短期的指標のひとつは「R 指数」(『ニューヨーク・タイムズ紙やワシントン・ポスト紙で「景気後退 (recession)」という言葉が使われた記事の数』)だという事実にも納得できました。著者は、R 指数の精度の高さに対し、『危機というものが自己実現的な性格を備えていることの表れかもしれない。大勢の人が心配し始め、景気について話したり書いたりするほど、景気は悪くなっていく』と書いています。不安というものは、客観的かつ合理的な根拠で完全に払拭できるものではない気がします。だから、一般消費者の心理が景気に影響を与えるのではないでしょうか。つまり、わたしたちは、気づかずに景気を左右しているのかもしれません。

 一般消費者がどう反応するか、わたしがいま気になっているのは、通貨です。この本のなかでも解説されていますが、わたしたちが『お金』と考えるものは、一般的に銀行券ですが、それ以外にも通貨には準備預金と預金通貨があります。預金通貨とは、銀行の口座残高に記載されて作られる通貨で、銀行が住宅ローンを貸し出したときなどに創造されます。この本によれば、預金通貨は、通貨供給量の 79%、一般のひとが使う通貨の 96% を占めるそうです。国でも、中央銀行でもない、民間の銀行が創造した通貨をわたしたちは信用して暮らしているわけです。ただ、そのことを自覚していないひとも多いと思います。わたしも経済入門書を読むまで知りませんでした。

 ただ、わたしはテクノロジーには興味があって、CBDC (中央銀行デジタル通貨) にも関心があります。著者がそれに対し、『現時点ではわからない』といっているので、少しわくわくしました。現在わたしたちは、民間銀行が創造した通貨を使っていますが、CBDC が導入されれば、国家が直接裏付ける通貨を使うことになります。そのとき、もし国民に選択肢が与えられれば、国民はどちらを選ぶのでしょうか。民間銀行は、どうなるのでしょうか。デジタル通貨を扱うプラットフォームはどのように構築されるのでしょうか。

 いろいろ考えると、もっと経済について知りたくなります。そして、この本は、平易なことばで身近なことがわかりやすく、ユーモアを交えて説明されていて、経済を学ぶ入口として優れていると思いました。
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2025年08月10日

「円環」

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アルネ・ダール (Arne Dahl) 著
矢島 真理 訳
小学館 出版

ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女」以降、北欧ミステリの人気は衰え知らずに見えます。本作品は、そんな北欧ミステリの人気作家による新シリーズです。ただ、北欧ミステリがひとつのジャンルとして日本に定着したとはいえ、まだまだわたしは、スウェーデンの人名に馴染めておらず、おもな登場人物でさえ、覚えるのにひと苦労です。

 そんな苦労を感じつつも、先の読めない展開に一気に読まされてしまいました。そして、終わりに待ち受けていたのは、意外な結末でした。昨今の地球温暖化・気候変動に対する危機感を煽るテロ行為に見えた連続殺人は、実はまったく異なる動機で引き起こされていました。作者が意外性を狙って仕組んだ展開だとは思いますが、一歩間違えば、とってつけたように見える流れです。しかし、犯人が怨恨相手を犯人に仕立てようとしていたことや犯人の執着が尋常でないことなどから、あまり不自然には見えず、純粋に驚かされました。

 楽しめたものの、あまりすっきりしない読後感が少し残念です。事件の詳細が、犯人からも捜査陣からも語られなかったのです。犯人は、なぜ 10 年も経ったあとに事件を起こしたのか、いつから緻密な計画を立てていたのか、なにを思って長年怨恨相手を監視しつづけてきたのかなど、数多くの疑問が残りました。

 また、事件だけでなく、捜査を指揮するエヴァ・ニーマンのチーム、国家作戦局のグループ Nova のメンバーの過去についても、さまざまな匂わせがあったものの、最後まで明かされない謎も残りました。巻末の解説によると、『作者はエヴァ・ニーマンを登場人物とする本を、少なくともあと 3 冊計画』しているそうで、そのためではないかと思いました。続きは来週とか、結末は映画でとか、そういった連続ドラマのような終わり方に感じられます。シリーズ作品であっても、次の作品が翻訳されるかどうかは売上次第という業界だけに、続きを読めるのか気になります。

 読み終えたあとも、謎の答えをもっと知りたくて、さらにページをめくりたくなるページターナー作品でした。
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2025年07月24日

「60 歳からの知っておくべき経済学」

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橋 洋一 著
扶桑社 出版

 共感できましたし、難しいことがわかりやすく説明されているとも思いました。前者については、たとえば、『持ち家は賃貸よりもリスクが高いから』、土地などの『資産もないのに、なぜわざわざ高いお金を出してまで家をもとうとするのか』と、著者が問うている点などに頷いてしまいました。また、官僚が国民の利益のためではなく自らの仕事を大きく見せるために働いていると感じているあたりも、頷けました。

 たとえば、消費が伸びないとき、減税すれば経済効果が期待できると思われても、滅多に減税されません。その理由は、減税よりも、手間がかかって政策コストの嵩む補助金のほうが財務省の好みに合うからだと著者はいいます。『補助金は税を集めて配るため、官僚、とりわけ財務官僚の存在感が大きくなる』いっぽう、『減税は税を集めないため、官僚からすると中抜きされるかたちになる』というわけです。著者は、減税と補助金の割合につき、『先進各国での各種政策における補助金と減税の比率を調べてみた』そうで、その結果、日本以外の先進国の補助金割合は 5 割以下で、日本は 8 割だったと明かしています。

 著者のわかりやすい説明のなかで印象に残っているのは、マンデル=フレミングモデルです。これは、財政政策だけでは、経済効果は望めないと証明したものです。

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 縦軸が金利、横軸が GDP になっている上のチャートに出てくる「MP 曲線」の MP は「金融政策 (Monetary Policy)」で、経済が過熱するとインフレが起こり、その抑制のために金利が上がるために右上がりの線になっています。「BP 曲線」の BP は、「国際収支統計 (Balance of Payments)」で、国際収支が均衡している状態の国民所得と利子率の組み合わせを示します。世界の金利に国内の金利が収束するため、ほぼ水平になります。「IS 曲線」の IS は「投資 (Investiment) と貯蓄 (Saving)」で、金利が高いほど投資が減って GDP が縮小するため、右下がりの線になっています。これら 3 つの線が交わる点の下がそのときの GDP、左が金利になります。(1) 財政政策のみ実施した場合、(2) 金融政策のみ実施した場合、(3) 両方実施した場合が説明されていました。

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 財政政策を実施すると、投資が増えた結果、IS 曲線が少し右にずれ、MP 曲線との交点が右上の@に移動します。すると、GDP が上昇すると同時に金利も上昇します。金利の上昇は、円高を招き、輸出産業が影響を受け、投資が減少して、IS 曲線が左にずれ、Aまで戻ってしまいます。つまり、財政政策だけでは、GDP は増えません。

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 次に金融政策のみ実施した場合、金利が下げられて MP 曲線が右にずれ、交点が@に移動後、投資が増えて IS 曲線が右にずれるため、下げた金利が上がってしまい、交点がAまで動きますが、GDP の上昇は残ります。

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 金融政策と財政政策を組み合わせて実施した場合、まず金融政策を実施するので、上記同様、交点がAまで動きます。その後、財政政策も実施されると、投資が増えて IS 曲線が右にずれて交点がBまで動きます。この図の例では、さらにそこで金融政策を実施して金利を下げ、さらに MP 曲線が右にずれ、交点がCまで移動することになります。

 たとえば、金利が上昇すると投資の抑制につながるなどの一般論と、この図さえあれば、経済効果に対する、金融政策と財政政策の影響度合いが理解できます。この本のタイトル、60 歳以上という年齢にかかわらず、すべての国民が知っておくべき知識だと思います。なぜ、このようなタイトルになっているかわかりませんが、良書だと思います。
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2025年07月10日

「理解という名の愛がほしい おとなの小論文教室。II」

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山田 ズーニー 著
河出書房新社 出版

 シリーズのうち、「おとなの小論文教室。」と「17歳は2回くる おとなの小論文教室。(3)」のあいだに出版された本作を読んでいなかったので、読んでみました。読んで、はっとしたことが、ふたつありました。

 ひとつは、コミュニケーションの成立要件です。お互いわかりあえないことは、よくあります。話しあったらわかりあえるという考え方を、わたしは幻想だと思っています。ただ、その理由について考えたことがありませんでした。

 著者は、仕事上のある経験を紹介しながら、『ゴールのズレているもの同士に、コミュニケーションは成り立たない』と、述べています。つまり、コミュニケーションが成り立つには、なんとなく同じ方向を向いているレベルではなく、きっちりゴールが一致している必要があるのです。たとえば、双方がそれぞれ重要なポイントと信ずる内容を語りあっても、双方のゴールが違えば、ポイントとなることがらも異なり、『「情報」が、「情報」にならず。「伝達」が「伝達」にならない』と、著者は説明しています。そんな対立を経た双方に、わだかまりが残ってしまうこともあり得るでしょう。

 では、どうするべきなのでしょうか。もちろん、ゴールを一致させるという意見もあるとは思いますが、著者は、妥協することなく、自らが目指したゴールを実現すれば、相互理解の道が開かれるといいます。わかりあえなかった相手がその成果を見て、こちらの主張に理由があったと納得し、また気持ちがつながることもあるというのです。

 もうひとつ、はっとしたことは、悪意の伝播です。著者は、『どうして、悪意は、強いものから、弱いものへ、権力のあるものから、ないものへ、おとなから、こどもへと、はけ口を求めるのだろう』と、書いています。悪意をぶつけられると、ひとは弱いから、悪意を第三者にぶつけて、自らのストレスをリレーしてしまいます。だからこそ、『自分が弱いから、まわりをよくして、世の中をよくして、まわりから支えていただく、という方向も考えなければ』と著者はいい、『今日、よい連鎖を自分から起こせるか?』と、自らに問うています。

 ぶつけられた悪意をより弱いものにリレーするのは、いともたやすいのに、よい連鎖を起こすのは、このうえなく難しく感じられます。だから、著者のように、今日、よい連鎖を起こせるか、自らに問い続けたいと思いました。悪意をぶつけてくるようなひとと関わってしまって運が悪かったで終わらせず、なにができるか考えた著者に好感がもてました。
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2025年07月09日

「Murder on the Orient Express」

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Agatha Christie 著
Pocket Books 出版

 長年にわたって読み継がれてきた作品には、やはり魅力があります。すでに読んだことがあって、犯人を言い当てるという、フーダニット最大の楽しみがなくとも再読してしまうくらい、わたしはこの作品が好きです。

 なにしろ、意外性がてんこ盛りです。殺人事件の犯人を見つけるといえば、犯人はひとりだと考えがちです。遺体発見時から、犯人がふたりではないかと仄めかされているものの、複数犯などという一般的な結末ではなく、被疑者たちからひとりだけ除外するという想像もしなかった展開には、いまでも斬新さを感じます。

 さらに想像しなかったのは、ハッピーエンドと受けとることもできる選択肢が殺人事件に用意されていることです。(探偵がすべての謎を解明し、犯人に罪を償わせるという流れになっていません。命をもって罪を償わさせられた結果、探偵が登場することになります。) 名の通った探偵、被害者が乗っていた列車の鉄道会社役員、検視を担当した医師がそろって出した結論が人間味に溢れています。緻密なトリックだけでなく、心の機微も丁寧に描かれています。

 また、登場人物の個性が見事に伝わってきて、人間観察を存分に楽しめます。特に、Mrs. Hubbard がふた言目には、「娘が」「娘が」という母親で、こういうタイプの女性はどこにでもいるのだと思っていたら、結末では豹変して驚かされます。

 ミステリーとしては短めなのに、これだけの要素が盛りこまれ、少ない量の食事で満腹になったときのような読後感があります。
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2025年07月08日

「すぐやる脳」

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菅原 道仁 著
サンマーク出版 出版

 すべきことに取り掛かれない自分をずっと不甲斐なく思ってきましたが、万人の脳がそうできているのだと、この本で学べました。人間を含む生物にとって、『「エネルギーを使う」という状態は、最も避けたい状態』なのです。そのため、『脳が「じっとしていよう」「エネルギーを節約しよう」というモードに自動的に』戻ってしまうようです。

 また、日本人の脳は、遺伝的に挑戦を避けやすくできているそうです。「幸せホルモン」という別名をもつホルモン、セロトニンが『十分に分泌されていると、安心感を覚えたり、幸せを感じたり、やる気をうまく出したりすることができ』、『新しいことを恐れず、大胆な挑戦をしやすくなります』。この『セロトニンの量の調節に関わるのが、「セロトニントランスポーター」(serotonin transporter) という遺伝子です』。「不安遺伝子」とも呼ばれるこの遺伝子の数が多いと『セロトニンを多く使い回せるため、安心感を覚えやすくなります』。残念なことに、『この「セロトニントランスポーターの数が少ない人」の割合が、世界でいちばん多い』のは、日本人だそうです。いろんなことに尻込みしてしまうわたしの性分も日本人らしい遺伝子を受け継いでいるせいかもしれません。

 だからといって、やる気を出せないわけではありません。やる気を出すための著者の助言のなかで、わたしが取り入れたいと思う方法がふたつありました。ひとつは、「ミラーニューロン」(mirror neuron) を活用する方法です。『ミラーニューロンとは、目にした相手の言動を、あたかも「自分自身の言動」であるかのように「共鳴してしまう」運動神経細胞』です。「ものまね細胞」と称されることもあるそうです。この細胞のおかげで、『周囲の人の行動に知らず知らずのうちに影響を受けて行動する、ということ』が研究で明らかになっているそうです。こうありたいと憧れる人物のそばに身をおけば、その人物のようになれる可能性が高まるのです。たしかに、自らの力だけに頼っても、挫折を繰り返してしまう気がします。環境の力も借り、違う自分になればいいのです。

 もうひとつは、「続ける」ためのコツです。三日坊主にならないためには、『「キリの悪いところ」でやめる方法』が有効だそうです。『あえて中途半端なところで終わらせる』と『「続きをやりたい」という欲求が強くなり、翌日にそれをできたことが脳への報酬になってドーパミンを放出』。結果、幸福感を得られるというわけです。こんなに簡単な方法で継続できるのなら、試してみる価値はあります。

 脳科学の本は、いつ読んでも興味深く、自分の脳すら知らずにここまできたことを痛感します。
posted by 作楽 at 20:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 和書(その他) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする