2024年11月03日

「限りある時間の使い方」

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オリバー・バークマン (Oliver Burkeman) 著
高橋 璃子 訳
かんき出版 出版

 虚を衝かれた気がしました。著者は、産業革命以降わたしたちは、『「今」という時間を未来のゴールにたどり着くための手段に変えて』しまった結果、今を楽しむのではなく、未来の安心を手に入れるために今の時間を費やし、可能な限り多くのタスクを詰めこんで、時間をコントロールしようと躍起になっているといいます。そして、『今を犠牲にしつづけると、僕たちは大事なものを失って』しまい、『時間を支配しようとする者は、結局は時間に支配されてしまう』というわけです。

 言われてみれば、そのとおりだと思いました。同時に、時間を支配したいという欲求のために、わたしたちはどんどん短気になっていることにも気づかされました。著者は、『現代人がどんどん短気になっているのは、技術が進歩するたびに、人間の限界を超える地点に近づいている気がする』ことを理由にあげています。『たとえば電子レンジで 1 分で夕食を温められるようになると、今度はその 1 分が長く感じられ、1 秒で温まるべきではないかと思うようになる』わけです。

 わたしたちは、未来に不安はつきものであり、時間を支配しようとしても支配されるだけだという事実を受けいれ、忍耐を身につける必要があるようです。1 分かかるものには、1 分かける必要があるわけです。著者は、学者たちの執筆習慣を研究している心理学者ロバート・ボイスの研究を引用しています。『もっとも生産的で成功している人たちは、1 日のうち執筆に割く時間が「少ない」』ことがわかっているそうです。『ほんの少しの量を、毎日続けていた』からです。成果を焦らず、適切なペース配分を守って継続する価値があることを証明する調査結果です。

 さらに著者は、忍耐を身につけるコツを 3 つ紹介しています。1. 「問題がある」状態を楽しむ、2. 小さな行動を着実に繰り返す、3. オリジナルは模倣から生まれる。1. は、人生とはもともと、ひとつひとつの問題に取りくんで、それぞれに必要な時間をかけるプロセスなのだから、問題がない状態を目指す必要はないということです。2. は、先の執筆の例にあるとおり、少しずつでも繰り返せば、着実に成果はあがるのだから、続けることこそ大切だということです。3. は、結果を急ぎ過ぎれば、模倣の段階を過ぎて独自の成果を出すところまで辿りつけないということです。

 わたしも、何を焦っているかを忘れて、ただ焦っていたような気がします。もっと、もっとと先を急ぐのではなく、自らの器を知り、自分なりに成長しつつ、プロセスを楽しみながら、過ごせるようになりたいと思わせてもらえた気がします。
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2024年11月02日

「地面師たち」

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新庄 耕 著
集英社 出版

 解説によると、2017 年に東京・五反田の廃旅館『海喜館 (うみきかん)』の土地を積水ハウスが購入したあとに詐欺と判明した事件が本作のモチーフだそうです。わたしは、当該事件の被害額が 55 億 5 千万円と知って、普通ならありえないと思ったことを覚えています。本作では、モチーフとなった事件の倍近い被害額で描かれていますが、それでも真に迫った何かを感じました。そして、当時の事件を知ったわたしが『やるべきことを普通にやっていれば、起こりえない』と思ったのは、自身が追いこまれていなかったからに過ぎないと気がつきました。

 本作では、騙す側と騙される側に偶然が重なって、被害額 100 億円を超す詐欺が成功をおさめます。加えて、事件を追う側にも偶然が起こり、最後にはすべてが明らかになります。騙す側には、つらい経験があって、普通の生活から外れてしまった、いわゆる優秀なひとたちが、プロの詐欺師たちに加わっています。相容れないひとたちが思いがけず手を組むことによって、最強のチームができあがりました。騙される側は、追いこまれ、起死回生を切望し、うまい話の裏を疑う余裕を失っています。そして、詐欺師を追う側にも、定年を前にして多少の自由時間と悔いを残したくないという思いをもった刑事が存在します。

 これだけの偶然が重なると、嘘っぽくなってもおかしくないのですが、騙す側のひとたちを襲った不幸な事故や事件も珍しいことでもなく、騙される側の大手企業の役員が背負ったノルマも珍しいことでもなく、警察官が定年前に多少の感傷に浸ることも珍しいことではなく、架空の世界に浸ってしまいます。しかも、それらの事情が明かされる展開が円滑で、最後まで一気に読んでしまいました。

 さらに解説もおもしろく、厳しいビジネスの現実を知ることができました。本作をベースに映像作品をつくりたいと思った解説者大根仁氏は、映画やテレビドラマにすることはできないと知らされたそうです。映画会社は、グループ内に不動産部門をもっていますし、テレビは、大手スポンサーやビジネスパートナーに不動産部門があり、この手の作品を自粛するしかないそうです。なるほど、それで Netflix 配信作品になったのか……と納得できました。
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2024年11月01日

「新版 科学がつきとめた『運のいい人』」

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中野 信子 著
サンマーク出版 出版

 著者の脳科学の知見をもとに、どうすれば運がよくなるか示されています。すべて納得できたわけではありませんが、腑に落ちたものがいくつかありました。

 ひとつは、『割れ窓理論』です。これまで、治安に関係する話題でなんども耳にした理論です。軽微な犯罪がやがて凶悪な犯罪を生み出すという考えで、凶悪な犯罪だけを取り締まろうとするのではなく、軽微な犯罪を一掃することで、凶悪な犯罪も起こりにくくなることが知られています。この理論は、ひとにも当てはまると著者は考えています。自らを大切にしているひとを、粗末に扱うのは周囲のひとも抵抗を覚えるというわけです。ごみひとつ落ちていない道にごみを捨てるときの感覚とごみだらけの道にごみを捨てるときの感覚に違いがあるのと同じです。つまり、ひとから大切に扱われたいと思えば、まず自らが自身を好きになり、大切にすべきというものです。

 もうひとつは、『ランダムウォークモデル』です。何万回あるいは何十万回といったレベルで平均すれば、コイントスの表と裏は半々で出現することが期待されますが、最初の数十回あるいは数百回は、表裏どちらかに偏ることも多々あります。ここに、実現したい夢があったとします。その道のりにおいて、プラス方向、つまり夢に近づくできごとと反対のマイナス方向のできごとは、コインの表裏と同じで、マイナスばかりが続くこともありえます。著者は、運がいいひとは、たとえマイナスばかりが続いてもゲームからおりず、最小限の損失になるよう努力して次のチャンスに備えているといいます。つまり、ランダムウォークを想定し、長期的視点をもって、自分が『これぞ』と思っているゲームからはけっして自らおりない、だから夢を実現できるのだというのです。たしかに、粘り強いひとのほうが運をひきつけるのかもしれません。

 実験結果など客観的な数値をもとに理論を証明しているわけではないので、真実か疑ってしまいたくなる考えもありますが、脳の癖を知っている著者の意見には一定の説得力がありました。
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2024年10月12日

「犯人にされたくない」

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パーネル・ホール (Parnell Hall) 著
田中 一江 訳
早川書房 出版

探偵になりたい」に続く作品で、頼りない探偵スタンリー・ヘイスティングズが今回も奮闘します。現代の流れに疲れたときに読みたくなるシリーズです。主人公のスタンリーが『コスパ』や『タイパ』とは対極にあることをするからでしょう。

 今回の依頼は、妻のアリスを通して持ちこまれます。依頼人は、幼稚園に通う息子のクラスメートの母親パメラで、息子たちの幼稚園の送り迎えではお互い助け合う仲です。パメラは、恐喝されていると打ち明け、そのネタとなっているものを取り返してほしいと頼みます。そんな難しい依頼をされたあと、定石どおり殺人事件が起こり、恐喝犯が死んでしまいます。しかも、第一発見者はスタンリーです。

 自らが殺人事件の容疑者になったわけですから、事情を説明し、捜査は警察に任せればいいものを、パメラの秘密を極力守ろうと悪あがきをして、スタンリーは犯人捜しを始めます。かっこいい探偵を気取りたいという気持ちもないとはいえませんが、根っこの部分はお人好しなのです。

 そして稀に、真理というか本質を悟ったりもします。恐喝のネタがデリケートな問題だけに、分が悪くなってしまったスタンリーはこういいます。『わたしは苦い真実を学んだ。道徳観念というのは相対的なものなのだ。なにをしたかで道徳的と決まるわけではない。問題は、だれがしたかなのだ』。頼んだ張本人に責められても、黙って受けいれて穏便にすます、とどのつまりお人好しなのです。

 悲しいかな、素人探偵スタンリーは、警察を出し抜いたと思っていても泳がされていただけと知り、怖い目に遭ったうえに費用は嵩みます。いいことはひとつもないように思えますが、最後にちょっぴり胸がすくようなできごとがあります。スタンリーと刑事が手を組んで、悪人を少しばかり懲らしめ、気の毒な女性を助けます。こういった結末も、わたしがこのシリーズを好きな理由のひとつかもしれません。

2024年10月10日

「コレクタブル絵本ストア (Collectable Picture Book Store)」

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ピエ・ブックス 出版

 本書では、『どうしようもなく魅力に感じる、コレクションして手元においておきたくなる、そんなたぐいの絵本』を『コレクタブル絵本』と呼び、Fabulous OLD BOOK (ファビュラス・オールド・ブック)、press six (プレス シックス)、UTRECHT (ユトレヒト)、pagina (パージナ) といった書店のオーナーたちや山田詩子氏、立本倫子氏、長崎訓子氏といった、絵本の制作に携わるイラストレーターたちが、これこそ『コレクタブル絵本』だと思う作品を紹介し、武蔵野美術大学教授の今井良朗先生がヴィンテージ絵本とデザインについて解説しています。

 わたしが実物を見てみたいと思ったのは、イタリアのブルーノ・ムナーリ (Bruno Munari) の本です。『ページによって紙の種類が変わったり、紙でない素材でつくられていたり、ページに穴が開いていたり、切り込みが入っていたり。内容だけでなく、造本・判型・用紙など、本のあらゆる要素がデザインされている』そうです。

 そんな作品に、『絵本 (Picture Book)』に対する自らのイメージが偏狭だったと気づかされました。子供たちがストーリーを楽しむのを助ける絵が添えられた本のように思っていましたが、もっと幅広く、ヴィジュアルブックと呼ばれる作品、ストーリー以上にグラフィックデザインあるいはグラフィックアートを楽しむような作品もここには含まれています。

 今井先生は、『今の絵本はほとんどがオフセット印刷で、その点では、原画を忠実に再現するための複製手段という意味合いが強い』と説明したうえで、『古い絵本は木口木版、石版、描き版 (描き分け版) など、印刷の版式の特性がそれぞれにあって、そこを見るおもしろさも』あると紹介しています。1950 年代にはオフセット印刷が定着していたそうなので、それ以前の作品には、さまざまな制約があった分、工夫のあとが見られるということなのかもしれません。

 また、Fabulous OLD BOOK のオーナーは、『私が魅力的だと感じるのは、主に 1940 年代中期〜 60 年代 (第二次世界大戦以降〜ヴェトナム戦争の影響を受ける以前) のアメリカ絵本、つまり私の考える "いい時代のアメリカ" で出版されたものです。デザインだけでなく、印刷、紙質、製本などの点から見ても、質が高く、洗練された素晴らしい作品がたくさん出版されているのです』と語っています。大量消費以前の時代は、絵本というモノをつくる姿勢も、現代とは違って、効率よりも大切にされていたものがあったのかもしれません。

 ただ、わたしは、『昔はよかった』あるいは『昔の絵本はよかった』で終わってほしくないと思います。デジタル媒体ではなく、実体のある本を手にとって楽しんだり、感動したりすり読者がいれば、半世紀前と同じくらい、実験的な絵本や長く愛される作品がこれからも生まれてくると期待したいと思いました。

 今井先生は、次のように語っています。『可能性は、僕はまだまだ無限にあると思います。絵本というのはどんな表現でもできるものですし、ページがあるという点で 1 枚の絵とは違いますから。大事なのは背景にきちんとしたデザイン的な考え方や、絵本づくりに対する考え方や、子供との関係を持っていることではないでしょうか。(中略) 本をつくる、モノをつくるという発想をしなければね。絵本というのはあくまでも子供が手にとって、ページを繰って見るものなのですから。その原点にもう一度立ち返る必要があると思います。』

 子供たちがページを繰るたびに胸を高鳴らせるような、飽きることなくなんども手にしたくなるような絵本が、スマホに負けることなく、これからも大切にされることを願っています。
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2024年09月24日

「なぜ男女の賃金に格差があるのか:女性の生き方の経済学」

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クラウディア・ゴールディン (Claudia Goldin) 著
鹿田 昌美 訳
慶應義塾大学出版会 出版

 2023 年、にノーベル経済学賞を受賞した著者が、男女の賃金に格差がある理由を明らかにしています。

 著者はまず、高等教育を受けた女性がどのように働いてきたか、データをもとに解説しています。驚くべきは、その期間が過去 100 年以上にわたっていることです。標本数が少ない調査も含まれますが、それでも実施された調査を丁寧に解析したことが窺えます。1961 年のある調査結果に対し、『宝の山』を再発見したと著者が評しているのも納得できる内容です。

 さらに驚いたのは、大学卒業後の女性が世代によって、5 つのグループにきれいに分かれている点です。古いほうから、@家庭かキャリアか、A仕事のあとに家庭、B家庭のあとに仕事、Cキャリアのあとに家庭、Dキャリアも家庭も、と女性のキャリアにかかわる選択が遷移してきました。著者は、それを次のようにまとめ、それぞれの年代がそう選択した (できた) 理由を紐解きました。
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 その過程において、数々の法律が施行・改正されたり、著者が『静かな革命』と呼ぶ変化が起こったり、医学研究が進んだり、女性もキャリアをもつことができる環境が徐々に整ってきました。しかし、それでも、男女の賃金格差がじゅうぶんに小さくなったわけではありませんでした。

 次に著者は、その格差は、チャイルド・ペナルティだったと明らかにしました。子どもがいなければ、賃金格差と呼ぶのが適切か少し迷うほど差は小さくなるのが、次のグラフからわかります。
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 また、仕事の種類による格差の大小も明らかにしています。つまり、男性が選ぶ職業と女性が選ぶ職業に偏りがあることが格差を生んでいるわけではありません。
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 仕事の内容として、(1) 他者との接触が多い、(2) 意思決定の頻度が高い、(3) タイムプレッシャーが高い、(4) 構造化されていない仕事が多い、(5) 対人関係の構築と維持が求められることが多い、(6) 競争の度合いが強い、といった条件が揃っている場合、時間あたりの単価が高くなります。しかし、子どもをもつと、両親ともこういった仕事に就くことは難しくなり、女性のほうが時間の制約の少ない仕事を引き受ける傾向にあり、それが賃金格差となって数字にあらわれています。

 ただ、難しいのは、ここで明らかにされたのは、過去のことだということです。本書で現在と捉えられている時間もすでに過去になり、社会が変化するスピードは、さらに速くなっています。(1) から(6) の条件を満たさない仕事が増えていく可能性もあります。それでも、将来キャリアを構築したいと考える女子高生には、進路を決める前に読んでほしいと思う本です。どういった要素がどう賃金格差に影響を与えるのか理解するのは無駄ではないはずです。
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2024年09月03日

「ほめ言葉の法則―心理カウンセラーが教える 101 のテクニック」

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植西 聰 著
アスペクト 出版

 わたしは、頼みごとなどの下心が見え隠れする褒めことばを言われても、素直に喜べません。そのため、下心がなくとも、下心があるような印象を相手に与えてしまうことを恐れて緊張するせいか、なかなかうまくひとを褒められません。

 著者は、そういったときは、『より具体的に』褒めるよう勧めています。『文章が上手だね』ではなく、『テニヲハがしっかりしているし、文章全体のリズムがいいね』、あるいは『起承転結がしっかりしているね』といった具合です。これは、簡単に実践できそうな助言です。

 また、褒められて当然のことは避けるべきだそうです。たとえば、東大生に対し、頭がいいとか、勉強ができるなどと褒めても、相手にとっては言われ慣れた褒めことばで、コミュニケーションを円滑にする役割は望めません。『東大生が歌やスポーツにある程度自信を持っていたら、「歌がうまいですね」「運動神経がいいんですね」』などと褒めることを勧めています。

 著者は、『私は長年、人生相談を受けてきましたが、相談内容で最も多いのが、人間関係に関することでした』と書いています。わたしも、ひととのかかわりのなかで、どうすればいいのか、どうしたいのか、わからなくなることが多々あります。円滑なコミュニケーションには、褒めことばも重要な役割を果たすので、あまり身構えずに口に出せるようになりたいものです。
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2024年09月02日

「The Missing Piece」

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Shel Silverstein 著/絵
Harper & Row 出版

 以前、日本語で読んだことのある絵本です。誰にでも描けそうな、シンプルな丸い顔から、意外にもしっかりと表情が読みとれたことが印象に残っていて、古本屋で英語版を見つけたとき、衝動買いしてしまいました。文章から受ける印象をもとに顔の表情を解釈しているのか、顔がそれぞれ巧みに描きわけられているのか、自分でもわからず、なんども見返してしまった記憶があります。

 ただ、英語で読むと、日本語で読んだときとは印象が違う気がしました。日本語と比べてみたところ、この丸い存在との距離感に差があるように思えました。

 英語では、丸い存在が The Missing Piece を探しに行く場面は次のようになっています。
And as it rolled
it sang this song--
    "Oh I'm lookin' for my missin' piece
     I'm lookin' for my missin' piece
     Hi-dee-ho, here I go,
     Lookin' for my missin' piece"

 いっぽう、日本語は次のようになっていて、丸い存在のセリフ以外の部分も『ぼく』が語っているようになっています。
ころがりながら
ぼくは歌う
  「ぼくはかけらを探してる
   足りないかけらを探してる
   ラッタッタ さあ行くぞ
   足りないかけらを探しにね」

 英語で it sang this song とあるのと、日本語で『ぼくは歌う』とあるのでは、なんとなく受ける印象が違う気がします。it とあると、自分が第三者として it を見ている気がするのです。英語と日本語の主語の違いは、ほんとうに奥が深いというか、難しいです。

 だからといって、it を『それが』とすると、この丸い存在が妙によそよそしく感じられますし、違う言語である以上、同じにならないのが当たり前とわかっていても、この違いは興味深いと思いました。
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2024年09月01日

「ビーチコーミング小事典: 拾って楽しむ海の漂着物」

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林 重雄 著
文一総合出版 出版

 ビーチコーミングに興味をもったきっかけは、ガイドと一緒にヒスイ探しができるという、富山県の『ヒスイ海岸』の観光情報でした。

 さらに、この本を読み始めて、竜涎香 (りゅうぜんこう) が沖縄で見つかったというニュースを読みました。見つかった竜涎香は、たった 268 グラムで 442 万円もの値がついたそうですが、その生成過程を知り、さらに驚きました。『マッコウクジラはイカが好物で、オスの腸の中にまれにイカのくちばしを大量に含んだ黒褐色の塊ができ、いい香りが長続きする香水を作る原料の竜涎香になる。マッコウクジラを漢字で「抹香鯨」と表記するのは、この竜涎香に由来するとされる』と書かれてありました。ただ、極めて珍しいもののようで、著者は、約 20 年のビーチコーミング歴でも、竜涎香に巡りあったことはないそうです。

 海辺で、ヒスイなどの石や香水の原料を見つけられるなんて、思いもしませんでした。本書によれば、ビーチコーミングは、『浜辺』の beach と『櫛 (くし) けずる』の combing を合わせたもので、『浜辺を櫛けずるようにていねいに見ていく』というところから名づけられたそうです。

 著者は、ていねいに見ていくだけでなく、収集したり、分類したり、飾ったり、ビーチコーミングの魅力を伝えたりされているようです。数々の貝殻、特にベニガイ、ヒラザクラといったピンク色をした二枚貝やルリガイやアサガオガイといった薄紫色をした巻貝の写真を見ると、わたしもビーチコーミングを始めてみたいという気持ちが起こりましたが、この本を読み進めていくうち、いわゆる海ごみが浜辺に大量に打ち寄せられることを知り、ビーチコーミングよりビーチクリーンを先に始めるべきかもしれないとも思いました。

 フルカラーの本書は、ビーチコーミングにしろ、ビーチクリーンにしろ、浜辺を歩く際の良き友になりそうです。
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2024年08月31日

「水族館飼育員のキッカイな日常」

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なんかの菌 著
さくら舎 出版

 水族館で飼育員をしていた著者の体験が紹介されています。この本で知ったのですが、水族館は、博物館法という法律に定めのある博物館にあたるそうです。美術館などの学芸員になるのは狭き門のようですが、水族館も例外ではなく、競争率の高さは博物館全般に当てはまるようです。

 そんな狭き門を叩いて潜り抜けたものの、待っていたのは体力も必要な仕事だったようです。著者の経験では、水族館に泊まることがあっても宿直室がなかったため、キッズスペースや階段の踊り場でブランケットにくるまって寝たり、企画展や特別展などがあれば、睡眠時間を削って準備したりしたそうです。

 著者は、特別展の観覧者の様子を窺い、パネルなどで『渾身のボケがウケているのを確認』し、笑みを浮かべる人柄のようで、この本の、いわゆるヘタウマ 4 コマ漫画も文章もユーモアが溢れていて、思わず笑ってしまいます。

 それだけでなく、水族館の仕事もしっかり伝わってきて、なかでも『同定 (採集や調査の際、その生き物の名前を判別すること)』は、『長年のプロであっても四苦八苦する』ほど難しいというくだりは、生き物相手の仕事だと再認識しました。

 さらには、自らの方言にも気づけました。『ブリの学名は Seriola quinqueradiata とひとつだが、大きさと地域によって名前が変わる。40cm だとイナダ (関東)、ハマチ (関西)、ヤズ (九州)、60cm だとワラサ (関東)、メジロ (関西)、コブリ (九州) などとバラバラで、80cm になるとやっと全国で統一されてブリになる』とありました。ハマチが地域限定の名称だったとは心底驚きました。

 これらのトピックそれぞれを楽しめただけでなく、水族館の裏事情を知って、次から企画展を観るときは、準備してくれた方々が伝えたいことも受けとれるよう心して観ようという気になりました。
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