
澤田 誠 著
講談社 出版
脳科学は、わたしにとって興味深い分野で、この本のなかで特に興味深かったのは、『人間の脳は 100% 使われています。少なくとも私たちが普通に生活していれば、脳の中に使っていない部分はありません』という点と『マウスの特定の神経細胞を光で操作する「光遺伝学」という手法で行なわれた研究から』『人工的に記憶を消したり植え付けたりできることが分かって』きた点です。
自らの経験から、記憶は不確かなことだと誰もが知っていると思います。著者は、『順向干渉』(すでに記憶している古い記憶が、新たに入ってきた情報の記憶に干渉) と『逆向干渉』(新たに入ってきた情報がすでに記憶している情報に対して干渉) などを例にして、記憶の変容を説明しています。後者の例としては、事件の目撃者の記憶が、事件後新たに知った情報によって変容するケースがあげられます。変容してしまった記憶を取り戻すことはできませんし、記憶とはそれほど不確かなものなのに、さらに記憶を消したり植え付けたりする技術が現実になるのは、怖い気もします。
ただ、この本の主題は、思い出したいのに思い出せないことを減らすためにできることは何かという点です。まずは、記憶を蓄える神経細胞の減少を食い止めるため、血管の健康を保ち、適度な運動をし、質の良い睡眠をとる必要があります。
さらに、好奇心をもち、心を動かしながら過ごすことも大切です。記憶は、ポジティブな情動 (一時的で急激な感情の動き) によって強化されます。感情が動いたときの記憶は思い出しやすいということです。
記憶の種類としては、『エピソード記憶』(経験や体験にもとづく記憶) と『意味記憶』(名前や数学の公式など、現代社会で知識と呼ばれているようなものの記憶) があり、前者のほうが情動が動くぶん、後者より思い出しやすくなっています。そのため、意味記憶を丸暗記せずに、なぜそうなるのかという仕組みや理由を知って納得したうえで覚えると、心が動くので記憶に残りやすくなります。
脳の記憶の仕組みを知れば、これまでよりも記憶力を味方につけることができそうに思えました。